第3話 変化

 今朝も庭園は朝の光に照らされ輝いている。


 結局昨日アンソニーはお菓子を持って現れなかった。珍しいこともあるものだと思っていたらコック長の新作だという、見た目も華やかなケーキが運ばれてきた。メアリーが淹れてくれたお茶を飲む。


 なぜだろう……味がしない。


 話し相手がいないせいかとても静かだ。いつもはアンソニーが喋ってくれるのでそれに返事をするばかりだった。こんな私と毎日よく飽きもせずに話をしてくていると感心する。


 大きな動物のトピアリーの向こうを眺める。

 アンソニーの姿は見えない。

 別に期待しているわけじゃない。ただいつもと少し違うことが嫌なだけ。


 結局、彼が庭園に現れることはなかった。

 変ね……。

 こちらがまたかと思うぐらい会っていたから何だか不思議な気分だった。


 婚約の回答期限は明日に迫っていた。お父様にお答えしなくてはならない。

 アンソニーと過ごす平穏な時間は大好きだ。

 当たり前に享受していたが、もしアンソニーが他の令嬢と婚約することになったら……。もし私が他の方に嫁ぐことになったら……。

 その方と今までアンソニーと紡いできたような時間を過ごすことが出来るのだうか。




 私の足は答えを求めてお義姉様のお部屋に向かっていた。


「お義姉様、パトリシアです」

「パティ。さぁ、入って」

「はい。失礼いたします」


 ソファーに腰掛けるとお義姉様付きの侍女がハーブティを淹れてくれた。

 

「何かあった? パティ」

「お義姉様はお兄様と婚約された時、どうでしたでしょうか?」


 お義姉様が勧めてくれたお菓子を口に運ぶと、オレンジの香りが鼻腔に抜け甘いクリームが舌の上で溶けていった。


「美味しい……」

「婚約ねぇ。そうそうウィリアムってば毎日花束を抱えて私の屋敷に通ってきたのよ」


 初めて聞く話に目を丸くする。お兄様にそんな情熱的な一面があったなんて。


「毎日ですか?」

「そう、花に埋もれてしまうのではないかと思ったぐらいよ」


 当時を思い出したように、ふふふと笑うお義姉様はとても綺麗だった。


「この前久しぶりに花束を貰ったわ。あれはパティの差し金ね? ウィリアムってば、すまなかったって平謝りして、これからは毎日花を持ってくるからって言うのよ。また埋もれてしまっては大変だから急いで止めたわ。でもたまには欲しいってお願いしたの」


 愛おしそうにお腹を撫でるお義姉様。少し先だが私は叔母さんになる予定だ。婚約者も叔母さんもどちらも実感のない立場で、私ばかりが一人先に進めないでいる。


「お義姉様、またお訪ねしてもよろしいでしょうか」

「もちろんよ。いつでもいいのよ。せっかく同じお屋敷に住んでいるのだから」

「ありがとうございます」


 私が部屋を出ると扉の前にお兄様が立っていた。これが花束を抱えて日参していたお兄様か……。思わずジロジロと眺めてしまう。お兄様も一人の男性だったのかという気付きはとても新鮮だった。


「イライザの機嫌はどうだった?」

「ご自分で確かめられたらいいではありませんか」

「それはそうなんだが」

「頑張ってくださいませ」


 アンソニーも一人の男性であることは間違いないけど、いつもの会話にいつもの態度がどうしても幼馴染の枠の中に彼を押し留めようとする。


 それでもいつかはお兄様とお義姉様のような関係を築けるのだろうか。

 私は頭を軽く振ると静かに歩き出した。

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