第2話 平民クラスの時間

 ----拝啓、故郷の父と母、2人の兄。そして愛する妹たちよ。

 グリンズ兄ちゃんは今、故郷から遠く離れた王都にある魔法学校に通っております。


 都会は凄いです。

 故郷そっちとは、全然違います。


 まず、あんなに面倒だった雪がありません。

 こっちでは季節の一時期しか降らないという、かなり独特な気候みたいですね。

 調べたら、常に雪が降り続けている故郷の方が異常だったんだけど。


 次に、魔物がいないこと。

 故郷の村では牛や豚なんかと一緒に、魔物が居る事は普通だったんだけれども、こっちでは王城勤めの騎士団が定期的に間引いているらしく、全然いないんだよなぁ。

 安全や安心は大事なんだけど、いささか過剰な気がするけどね。


 あと、人がクソみたいな奴らしか居ない事だろうか?

 この前も、重要な試験で堂々と負けろと言ってきたアホみたいな王子様がいたから、魔法で完膚なきまでにフルボッコにしたんだけど----


「まさか、その結果が平民クラス落ちとはねぇ~」


 さて、ここで故郷の父と母、そして愛する妹たちに、この実力主義(笑)な魔法学校のクラスについて説明しておこう。


 この魔法学校では、実力に応じて、あるいは貴族のメンツとやらで、4つの通常クラスと1つの最低クラスに分けられる。


 まず、4つの通常クラス。

 これらは貴族を中心としたクラスで、実力順にA、B、C、Dの4つのクラスに分けられる。

 上のAが一番強くて、Dが一番弱い、と言う感じかな?


 で、それとは別の、もう1つの最低クラス。

 『魔法は貴族のモノである』と言わんばかりに、ただでさえ少ない平民たちを1つとして意図的に隔離したEクラス、通称"平民クラス"。

 

「(……まぁ、クラス分けの際に、わざわざ最低クラスの平民クラスと言っていたし、学園側もそういう認識なのだろう)」


 いわば、ゴミ溜め。


 魔法の才能があると認めたが、いっさい関知しない。

 魔法の教育を行う先生も、魔法を取り扱った教本も、充実した設備も、なにも用意しない。

 毎日が自習という、なんともお気楽なクラス。


 それが平民クラスである。

 正直、暇で暇でしょうがない、ある意味すら分からないクラスである。


「(いやぁ~、びっくりしたよ。3年間ちゃんと通い続ければ一応は卒業資格は出してくれるのに、クラスメイトがどんどん居なくなるんだから)」


 俺としては、ぐーたらのんびり過ごせるから良いのだが、魔法を習いたいと思っている平民達にとっては辛すぎる環境だったのだろう。

 なにせ、頑張って努力して、魔法学校に入学したのにも関わらず、なにも教えてもらえないんだから。

 

 初めは30人近くいたクラスメイトも、今では10人足らず。

 しかも毎日、教室に通っているのは級長に選ばれてしまった哀れな生徒ぐらい……。




「で、そんな級長がどうして俺の部屋に居るんだ?」


 自室で手紙をサラサラーっと書き終えて、俺は今の今までずっと静かに待っていた級長にそう声をかける。


 長い艶やかで手入れされた黒髪と、まぶたを半分開いた半目の少年。

 少し太めの眉毛が特徴的な、故郷の雪を思わせるくらい真っ白な肌をした彼は、ゆっくりと立ち上がる。

 学校指定のローブを着崩さずに身に纏った、何ともご丁寧な彼こそ、我らが平民クラスの級長であるラスカである。


 うちの平民クラスで、初日から今日まで、およそ1か月。

 その間、平日は必ず教室に通い続けるという、徹底ぶり。


 真面目と言うか、要領が悪いというか。

 流石は級長、という所だろうか。


 まぁ、級長とは言っても、みんなでじゃんけんをして勝ったから選ばれただけなんだけど。

 たまたま級長として選ばれただけれども、ノワールは級長に向いてるよなぁ。

 平民なのにもかかわらず、級長は気品があって、田舎貴族の俺なんかよりも級長に向いている。


「グリンズさん、今は授業の時間ですよ? 自室ではなく、教室で皆で授業を受けましょうっ!」

「先生もいない、教科書もない、設備も不十分。そんな状況で、自習しか選択肢がない教室でなにしろと?」


 むしろそんなん、自室にいてくれても結構です、みたいな話じゃないの?

 俺はそう思って、自室でのんびりと過ごしてるんだけれども。


「えっと、そう言われると……そのぉ……」

「謝らないで良いからね、級長」


 と言うか、なんかラスカ級長に謝れると、こっちが恐縮しちゃうんだよ。

 謝らせているこちらが悪いなと思っちゃうし、実際、級長はちっとも悪くないので気にしないで欲しいんだよ。


 悪いとすれば、実力主義なのに堂々と不正を働こうとした第一王子。

 それと勝った俺を最底辺たる平民クラスに送っておきながら、第一王子をAクラスに送った学校事態くらいだろうか。


 それも、3年の辛抱だ。

 卒業すれば、もう関係ない。


 所詮はその程度、そのくらいのお話だ。


「級長も、毎日教室に行ってもなんにもならないから、3年間をどう過ごすかを考えといた方が良いよ。

 俺としては、図書館で本を借りたりして楽しんでるよ。今は、この『アーサー王と魔導書の出会い』っていう成り上がり物語がお勧めで----」

「……聞いてください」


 俺は折角来てくれたラスカ級長に、俺なりのお勧めを伝えたんだけれども----


 ----ラスカ級長の顔は、どこか強張っていた。



「このままだと平民クラスの全員、卒業できません! 王子がそう命令したんです!」

「あの王子ぃ~!」




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【Tips】平民クラス

 魔法学校が用意した、平民たちを収容するゴミ箱。平民を差別する魔法学校上層部たる貴族たちが作り上げた、勘違いした平民を振るい落とすための場所

 担任もおらず、教科書もなく、設備もボロボロ。"魔法学校は実力さえあれば誰でも入学できる"という理念を、形だけ体現した場所であり、実際、この平民クラスで卒業する生徒はほとんど居ない

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