取り敢えず候補と幼馴染の王太子

もりやこ

第1話

「ユーグ・ド・カフカスの婚約者候補にマルグリット・ド・サヴィニーを新たに加える」

「王太子殿下! 私そんなこと頼んでません!」


 学園の卒業式。会場に静寂が訪れた。

 何事かと集まっていた人々は口をポカンと開けて壇上の王太子殿下を見上げた。だが漸く状況を察すると今度は気の毒そうな顔をした。


「王太子の婚約者候補は頼んでなれるものじゃないんだぞ」

「だから頼んでません」


 必死に拒絶するマルグリット様のピンクブロンドの髪がふわふわと揺れている。


「とりあえず受けろ。これは命令だ!」

「そんなの横暴です」


 皆、確認するように周囲を窺い互いに頷き合うと、そっとその場を離れ始めた。


 私はその様子を柱の陰から見守っていた。

 そして私の向かいの柱の陰に、やはりこの事態を見守っている人物がいた。

 そう隣国テッサロニのピエール王太子殿下である。

 ピエール様は一心に何かを見つめている。


 ユーグはぐったりとした表情でマルグリット様と話を続けている。


 ユーグ・ド・カフカス王太子殿下。

 ここカフカス王国の次期国王であり、私シャルロットの幼馴染である。

 ユーグには幼少の頃に選定された4人の婚約者候補がいた。


 一人目は伯爵令嬢のルイーズ様。

 彼女は幼い頃から想い合っている方がいたらしい。

 幸い伯爵家は裕福であり野心家ではなかったせいか、可愛い娘のために1年前に辞退を申し入れた。

 候補者の中だけで比較すれば一番家格が下だったため受理された。


 二人目は侯爵令嬢のカミーユ様。

 彼女の弟である侯爵家嫡男が半年前に不慮の事故で亡くなった。

 弟に代わりカミーユ様に婿養子を取ることとなり侯爵家は辞退を申し入れた。

 侯爵家の存続に関わるため受理された。


 そして3人目の侯爵令嬢カトリーヌ様。

 彼女の父である侯爵閣下の不正が判明し、つい先日、貴族位のはく奪が決まった。

 これを受けて正式に婚約者候補から外された。

 カトリーヌ様には同情しかない。


 さて、最後の4人目。これが私、リオンヌ公爵家のシャルロットだ。

 と言っても事情を知っている人達からは『取り敢えず候補』と呼ばれている。

 なぜかといえば、それはまだお互いが小さかった頃に遡る。






 ユーグと二人で王城の庭園で遊んでいた時のことだ。

 お気に入りのリボンが木に引っかかってしまった。


「ねぇ、ユーグ。あのリボン取ってよ」

「あんなに高いところじゃ、手が届かないよ」

「ちょっと登れば大丈夫でしょ」

「危ないよ。今度新しいリボンをプレゼントするから、あれは諦めようよ」


 ユーグの言葉に思わずカチンときた。

 あのリボンは初めてユーグから貰った誕生日プレゼントだった。私の髪の色に似合うと思うからって、その時ユーグは恥ずかしそうな顔をして言った。

 周りの人間が用意したものかもしれないけど、なんだか凄く嬉しかった。 

 だからずっと大切にしていたのに、新しいのって……。


「私はあのリボンがいいの」

「でも……」

「意気地なし。それでも男の子なの。見損なったわ」


 ちらりとユーグを見る。

 すると拳を握って俯いていたユーグからすすり泣く声がした。


「何よ、泣くことないでしょ」

「……」


 ユーグは何も言い返さず、静かに泣き続けていた。



 そんなことがあったからだろう、私が候補者になったと知ったユーグは私だけは絶対嫌だと言い張ったらしい。ただ周囲の大人たちからしたらユーグと年の近い公爵家の令嬢が候補者にならないのは不自然だという理由で、暫定的に候補に残された。

 それ以来、私は『取り敢えず候補』になった。






 一人目のルイーズ様と二人目カミーユ様は既に辞退が受理され候補から外れている。

 残りはカトリーヌ様と私の二人のはずだった。

 そのカトリーヌ様が外された今、ユーグは次の候補者を立てようと必死というわけだ。そうしなければ、残りは『取り敢えず候補』の私だけ……。

 つまりユーグにしてみたら候補者がいないも同然。


 だからこそユーグは子爵令嬢のマルグリット様を候補に加えると宣言した。

 それなのにマルグリット様は先ほどから頑なに拒絶している。


 受けてくれればいいのに。


 マルグリット様は学園に入ってから出来たお友達だった。彼女の人懐っこい性格もあって、今では互いの家を行き来するまでになっていた。

 彼女みたいなタイプならユーグを責め立てたりしない。きっとお似合いなのに。


 もやもやとした思考の中を彷徨っていた私は我に返ると、人々が『取り敢えず候補』の存在を思い出す前にそっと会場を後にした。



 



 リオンヌ公爵家の庭園にある四阿。

 この季節まだ薔薇が咲くには早いが、それでも春の花々が辺りを彩っている。


 あの卒業式から数日が経過していた。

 学園も終わってしまい『取り敢えず候補』でしかない私は、正式に候補から外れるのを待つばかり。一応王太子妃の教育を受けてきたものの、それも教授陣のお墨付きを頂いて終了している。

 おかけで特段することがない。

 出来れば早くなり振りを決めてしまいたいけれど……。


 侍女が淹れてくれたお茶を飲んでいると侍従が来客を告げに来た。


「ユーグ王太子殿下がお見えでございます。いかがいたしましょうか」

「一昨日も昨日も来たわよねぇ。今日もなの?」


 このところユーグが来るのは当たり前になってしまい、もはや先ぶれさえも意味のないものになっている。

 王太子殿下って意外に暇なのかしらね?


「まぁお断りするわけにもいかないものね。こちらにお通ししてちょうだい」

「かしこまりました」


 下がっていった侍従と入れ替わりでユーグがやってきた。

 どうやら今日も沢山のお菓子と花束を持参したようだ。


「ようこそおいでくださいました。ユーグ様」

「なぁ、ロッティ聞いてくれよ」

「それよりユーグ様。花束を下さるのは嬉しいのですけれど、こう毎日ですと公爵邸が花で埋まってしまいそうですわ」

「それはすまない。だが、花束を渡すのはやはり礼儀だと思う」

「えぇ。それはそうでございますね」


 なまじ紳士な発言なだけに、ため息がこぼれる。

 そこに救いの声がした。


「姉上! 私もご一緒して構いませんでしょうか」


 くりくりとした丸い眼で見上げる姿に、思わずギュッと抱きしめる。

 侍女が心得たように椅子を運んでくると、ジャンは素早く隣に座った。


「なんでいつもジャンは邪魔をするんだ?」

「違うよ。僕は姉上をお守りするためにいるんだ」


 あぁ、可愛い。

 私はジャンの頭を撫でてあげる。ジャンの髪は子供特有の柔らかい質感でとても癒される。


「だから、聞いてくれよ。マルグリットが候補者になるのは絶対嫌だと言ってきかないんだ」

「そもそも何故、マルグリット様を候補者にしようと思われたのです?」

「それは俺を頼ってくる姿がとても微笑ましくてだなぁ」

「そうですわね。彼女は庇護欲をそそるタイプだと思いますわ」

「そうだろ? なんというか守ってやりたいと思わせるんだ。うん」

「では説得を続けるしかありませんね」


 ジャンを見れば、その通りだとばかりに頷いている。


「分かったよ。また来る」

「お気を付けて」


 また来るって言った? やっぱり暇なのかしらね?

 私はお茶を淹れ直そうとする侍女を止めて、冷めたままのお茶を口にする。

 それにしてもこれ、どうしようかしらね。

 貰ったお菓子の山を眺めて呆然とした。






 次の日、私は四阿にいた。


 お茶を口にして、まだまだ減らないお菓子の山と格闘していた。

 すると侍従が来客を告げる。


「子爵令嬢マルグリット様がお見えでございます」

「まぁ。こちらにお通ししてちょうだい」

「かしこまりました」


 下がっていった侍従と入れ替わりでマルグリット様がいらした。


「ようこそおいでくださいました。マルグリット様」

「シャルロット様。聞いて下さい。ユーグ王太子殿下がどうしても婚約者候補になれとしつこいのです」

「まぁ、大変なのはお察ししますけど。そもそも、なぜ候補者になるのがそんなに嫌なんですの?」

「だって面倒なだけじゃないですか。それに私の家は子爵家です。とても王族に嫁げるような身分ではありません」


 ピンクブロンドの髪のふわふわ感と違って、よく現実を見ている。


「ご歓談中、失礼いたします。ピエール王太子殿下がお見えでございます。いかがいたしましょうか」

「はい? 先ぶれはあったかしら?」

 

 なぜテッサロニ国の王太子殿下がここに?

 ふとピエール様が卒業式に何かを一心不乱に眺めていたことを思い出した。

 あの時壇上にいたのはユーグとマルグリット様だけのはず。

 ピエール様がわざわざここに来るということは、つまり彼の目的の人はここにいるということ。

 ―――それはマルグリット様しかない。

 

「先ぶれは確かにあったのでございますが、それがついほんの前のことでして……」

「わかりましたわ。こちらにお通ししてちょうだい」

「かしこまりました」


 下がっていった侍従と入れ替わりでピエール様がいらした。


「ようこそおいでくださいました。ピエール王太子殿下」

「シャルロット嬢。マルグリット嬢。ごきげんよう。従者の手違いで思ったより早く着いてしまったようです。礼を欠いたこと謝罪致します」

「いいえ構いませんわ。ところでどのような趣旨でのご訪問なのでしょうか」

「未来の王妃候補がこちらにお二人も揃うとお伺いしたので、テッサロニ国として親しくして頂ければと思いましてね」

「まぁ、確かに候補ではありますが」


 ピエール様は私が取り敢えず候補と呼ばれていることはご存知ないのだろう。


「私はまだ候補になるとは言っていません。国の行く末を視野に入れて行動するなんて私には無理ですから」


 マルグリット様の怒りに合わせたようにピンクブロンドの髪が揺れる。

 その姿にピエール様の目がとろんとした。

 あぁ、やはりこの方の狙いはマルグリット様みたいですね。

 でもテッサロニ国にマルグリット様を連れて行かれては、ユーグの婚約者候補は『取り敢えず候補』の私だけにになってしまう……。


「マルグリット様が候補者になりたくないというお気持ちは分からなくはないですわ。でしたら説得を続けるしかないのではありませんこと?」

「その説得が難しいんですけど」


 がっくりと肩を落とすマルグリット様を優しく宥めるピエール様の目は、先ほどとは一変し猛禽類のようだった。

 ピエール様は本気みたいね。


「シャルロット様、また参ります」

「えぇ、お気を付けて。マルグリット様」

「マルグリット嬢、良ければ私が送っていくよ」

「宜しいんですか? ありがとうございます!」

「それじゃ、シャルロット嬢。また来ます」

「え、えぇ、お気を付けて。ピエール王太子殿下」


 みんなしてまた来ますって。暇なのかしらね?

 私はお茶を淹れ直そうとする侍女を止めて、冷めたままのお茶を口にする。

 それにしてもこれ、どうしようかしらね。

 減らないお菓子の山を眺めて呆然とした。






 そのまた次の日、私は四阿にいた。


 私はお茶を口にして、相変わらずお菓子の山と格闘していた。

 今日はユーグの来訪を察知したのか弟のジャンが既に私の横を陣取っている。

 ジャンがお菓子に手を伸ばした。

 少しはお菓子の格闘を手伝ってくれるようだ。


 その時侍従が来客を告げた。

 この時間だとユーグよね。またお菓子が増えてしまう……。


「失礼いたします。ピエール王太子殿下がお見えでございます。いかがいたしましょうか」

「あら? 先ぶれはあったかしら?」

「はい、つい先ほど……」

「そうですか。わかりましたわ。こちらにお通ししてちょうだい」

「かしこまりました」


 下がっていった侍従と入れ替わりでピエール王太子殿下がいらした。

 てっきりマルグリット様と同じ頃に来るとばかり思っていたのに。


「ようこそおいでくださいました。ピエール王太子殿下」

「ごきげんよう、シャルロット嬢。こちらの紳士はどなたかな?」

「弟のジャンですわ。ジャンご挨拶を」


 ジャンが「はい、お姉さま」と言ってピエール王太子殿下にご挨拶をする。


「これは将来が楽しみな紳士だね」


 ジャンは得意げなの笑顔で私を仰ぎ見る。私はその頭を撫でてあげた。


「それで今日はどうされたのでしょうか?」

「実は折り入って相談があってね」


 ピエール様のお話が始まった。

 彼曰く、自分はピンクブロンドの髪をこよなく愛している。特にマルグリット嬢のピンクブロンドは見事の一言に尽きる。だから是非とも自分の婚約者にしたいので、彼女の友達である私の力を借りたいということだった。

 カフカス王国の王太子妃になるのを躊躇っているマルグリット様が果たしてテッサロニ国の王太子妃になるのかしら?と思うのだが、ピエール王太子殿下は自信があるのだろうか。


「実はお恥ずかしい話なのですが私は『取り敢えず候補』でして、マルグリット様に婚約者候補になっていただかないと候補がいなくなってしまうのです。それはユーグ様そしてカフカス王国として良いことではありません。ですのでお力になるのは難しいご相談かと思いますわ」

「姉上は『取り敢えず候補』なんかじゃないもん」


 可愛いジャンの訴えにピエール王太子殿下も目を細める。


「もちろんですよ、ジャン殿。全て私にお任せ下さい」


 こくこくと頷くジャンの頭にぽんと手を乗せたピエール王太子殿下は私に質問をした。


「シャルロット嬢。ご確認なのですが、貴女はユーグ殿のことは嫌いですか?」

「えっ?」


 私がユーグ様を嫌いかなんて考えたことがなかった。

 いちもユーグ様からお前だけは嫌だと拒絶されたことにばかり目を向けていた。


「別に嫌いだなんて、そんなこと考えことはありませんわ」

「では、好きですか?」

「えっ?」


 ユーグを好き? だってずっとただの幼馴染だと思ってきた。

 私が知っているのはユーグの気持ちだけだ。


「わかりません。ただユーグ様のお気持ちはわかります。ユーグ様は私の事を拒絶されたのです。だから『取り敢えず候補』なのですわ」

「なるほど。そろそろかな?」

「はい?」


 ピエール王太子殿下は私の背中の方にちらりと目を走らせると、私の側までやってきて小声で「失礼」と言って私のことを抱きしめた。

 へ?

 何が起きているのか分からないが、意外にがっしりとした腕の中にすっぽり埋まってしまい身動きがとれない。

 段々と顔が熱くなってくる。


「何をしている!」


 聞こえてきたのはユーグの怒気を孕んだ凄みのある声。

 こんな声、今まで聞いたことがない。


 ピエール王太子殿下は私の耳元に「見ていてごらん」と囁くと、漸く私の事を離してくれた。


「もう一度聞く。何をしている!」

「これはこれは、ユーグ王太子殿下。何をそんなに怒っていらっしゃるのですか?」

「ロッティは私の婚約者候補だ! ピエール王太子殿下は触れないでもらおうか」

「これはまた不思議な事をおっしゃいますね」

「何がだ!」

「ユーグ王太子殿下はシャルロット嬢だけは絶対に嫌だと言われたとお聞きしておりました。シャルロット嬢が何と呼ばれているかご存知ですよね? それならば私が『取り敢えず候補』をテッサロニに連れて帰っても構わないではありませんか」


 ピエール王太子殿下は再び私の事を抱きしめた。


「くそっ!」

 

 ユーグ様は私の手を強引に引いてピエール王太子殿下から引き剥がした。

 そして自分の腕の中に私がいることを確認するとギュッと抱きしめた。


「ロッティは私のだ! 誰にもやらん!」


 自分の身に何が起こっているのか分からない。ユーグが腕の力を強めた。

 そこにやってきた、いつもは無表情を貫いている侍従が、ぎょっとした顔つきで告げた。


「失礼いたします。マルグリット様がお見えでございます。いかがいたしましょうか」

「あぁ、良い頃合いだね。私がお相手するよ。ユーグ王太子殿下、マルグリット嬢は私がもらうよ。さぁ、ジャン殿もご一緒に参りましょう。それじゃ、お二人ともお幸せにね」

「なっ、おいっ」


 ピエール王太子殿下はジャンを引き連れると侍従と共に、マルグリット様をお迎えに行ってしまった。

 四阿に残されたのは私とユーグだけだ。


「あの、ユーグ様? そろそろ離して頂いても?」

「あっ、あぁ。済まない」

「それでユーグ様、先ほどのお言葉はどのような……」


 少し俯いていたユーグがゆっくりと顔をあげた。


「ロッティ。君が私の唯一の婚約者候補だ」

「ユーグ様。マルグリット様をピエール王太子殿下にとられてしまった今、文字通り婚約者候補は私一人だけしか残っておりませんわ」

「そういう意味じゃない」

「それでは……」

「俺が嫌だといったのは、君のことじゃない」

「はい?」

「俺が昔泣いたのはロッティのためにリボン一つまともに取れない自分が許せなかったからだ。そんな俺ではロッティと共に歩むのは相応しくないと思った。だから恥ずかしくない人間になるまでロッティを正式な婚約者にしたくなかった。でもずっと……俺はロッティだけだった。だから君は『取り敢えず候補』なんかじゃない!」


 ユーグが片膝をついて手を伸ばした。


 でもそれならこれまでは一体何だったというのだろうか。

 婚約者候補だった方々はそれぞれの事情で辞退されたり外されたりしたとはいえ、もし望んでいる方が残っていたらどうするつもりだったのか。

 

「それではなぜ候補者を4人もたてておいでだったのですか」

「そうじゃないんだ。他の候補者の方が『取り敢えず候補』なんだ」

「えっ?」


 ユーグは何を言っているのだろう。

 

「それぞれの家に形ばかりの婚約者候補になってくれと王家から依頼していたんだ。もちろんそれなりの便宜は図る約束をしていた。相手を油断させ長年にわたり不正を働いていた家をあぶりだすための策だった。もちろん公爵家は全て承知の上だ」


 お父様もご存知だったというの。

 確かに取り敢えずだと言われているのに、怒りもしなければ行き遅れの心配もしていなかったけれど。

 でも私はずっと耐えてきた。それにマルグリット様の件だって。


「でもマルグリット様を候補者にしようと躍起になられていたではありませんか。守ってやりたくなる存在だともおっしゃっていました」

「俺は『取り敢えず候補』がいる間に自分を鍛え直すつもりだった。それがまさかこんなに早く3人ともいなくなるなんて想定外だったんだ。俺はまだロッティに向き合う自信がなかった。だから俺の独断で子爵家に『取り敢えず候補』の件を打診した。だがマルグリット嬢本人がどこをどう間違えたんだか頑なに拒否するものだから、話しがややこしくなった」

「それならどうして毎日マルグリット様が候補者になってくれないと相談に」

「ロッティの顔が見たいからに決まってる!」


 なんてことだろう。不器用にもほどがある。

 テーブルに山と積まれたお菓子を眺める。

 私たちは幼馴染として近過ぎて、お互いが良く見えなくなっていたのかもしれない。

 私はユーグの手の上に自分の手をそっと置いた。


「正式に俺の婚約者になってくれないか」

「さっき自信がないと言っていたばかりではありませんか」

「でも他の誰にも渡したくない」


 ユーグの手が微かに震えている。あの頃と変わらないユーグに肩の力が抜けた。


「はい。よろしくお願いします」


 ユーグは目を見開き泣きそうな顔で微笑んだ。

 私は再びふわりと抱きしめられた。

 耳元から「ロッティ、ありがとう」というユーグの優しい声が聞こえてきた。

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