第2話・ミステリーは探偵のところに飛び込んでくる

夢亜が推理する①

 昭和五十一年〔1976年〕と、ある下町にある古書店【地獄坂堂】──その二階に間借りしている、へっぽこ探偵『八名垣獅子〔やながきレオ〕』

 その助手で古書店大家の孫娘『地獄坂夢亜』の二人は今日も退屈していた。

 SF小説の単行本を読みながら、夢亜が言った。

「ヒマですね……先生」

 ぐでぃと椅子に虚脱座りをしているレオが答える。

「そうだな」

「依頼、探してきてくださいよ」

「面倒くさいからイヤだ」

「そうですか……家賃はきっちり徴収しますからね、身ぐるみ質屋にでも入れて家賃工面してください」

「オレにブリーフ一枚で過ごせって言うのか」

 レオの言葉に、少しタメ息をもらす夢亜。

「そこまで、言っていませんよ……先生が働けば解決する問題でしょう」

 レオは、夢亜が読んでいる単行本について質問する。

「今日は何を読んでいるんだ?」

「『ノースウェスト・スミスシリーズ』の【異次元の女性】……SFです」

「ふ~ん」

 レオは、それ以上詮索しなかった。

 冷めた紅茶を一口すすった夢亜は、読んでいた単行本にしおりを挟んで閉じると、立ち上がってレオの座っている椅子の近くに行く。


 レオの机周辺には、少女マンガが積まれている。

 夢亜は、なんの気なしに積まれた週刊少女マンガ雑誌の一番上に置かれていた少女マンガ雑誌を手にする。

「週刊少女コミック? また少女マンガですか」

 ペラペラと数枚ページをめくって、巻頭カラーの作品を目にした瞬間──顔を真っ赤にした、夢亜がレオに向かって。持っていた少女マンガ雑誌を投げつけて怒鳴る。

「なんですか!! そのハレンチなマンガは! いやらしい!」

 開かれたページには、巻頭カラーで全裸の美少年が、寝具の上で横臥している姿が描かれていた。

 レオは放り投げられた、少女マンガ誌を手に取る。

「衝撃だろう、オレも最初に見た時は衝撃を受けた──今年から連載がはじまった、竹宮恵子の『風と木のうた』だ」

「先生、なんてものを読んでいるんですか!」


 その時、事務所のドアが勢いよく開いて。レオの叔父の剣原警部補が、叫びながら部屋に飛び込んできた。

「レオォォォォォ!」

 夢亜がポツリと呟く。

「あっ、また事件のはじまりだ」

 剣原警部補は、台所に向かうと水道水を一杯飲んで言った。

「ふーっ、毎日、毎日、鉄板の上で焼かれて嫌になっちゃうよ」

 レオが、台所からもどってきた剣原警部補に言った。

「子門真人の『およげ!たいやきくん』ですか……今、流行っていますね。また、何かありましたか叔父さん」

 剣原警部補が言った。

「レオ、酔っぱらって道路に寝ていて、朝起きたら顔に殴られたようなうっ血があったら……その原因はなんだと思う?」

「宇宙人に空飛ぶ円盤に連れ込まれて、なにかされたとか」

 剣原警部補は、両手をバツ印にすると口で「ブーブー」と否定した。

「我が甥っ子ながら情けない、探偵なら真面目に答えろ──そんなコトを言っていると、逮捕しちゃうぞ♪ ペッパー警部よ♪」

 夢亜が、すかさず剣原にツッコム。

「最近、デビューした二人組の新人女性アイドルのデビュー曲のマネですか、あの股をパカパカ開いて踊る足が太い田舎娘の……確かコンビの名前は」

「『ピンクレディ』だ……あの二人はビッグになる、刑事の直感で断言できる。ペッパー警部よ♪」

「だからって、警部補が警部のマネしなくても」

「今度、近々昇進して警部補から警部になる、剣原警部と呼んでくれ」

「それは、おめでとうございます」



※『風と木のうた』週刊少女コミックに1976年掲載された

竹宮恵子のマンガ【元祖BL】

当時の少女マンガ界に衝撃を与える。


※『およげ!たいやきくん』子供番組ポンキッキから人気がでた1976年〔昭和五十一年〕の大ヒット曲


※『ピンクレディ』1976年にスター誕生というテレビ番組からデビューした、女性二人組のユニット。次々とヒット曲を連発してピンクレディブームとなる。

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