探偵のところに事件はやって来る②ラスト

 資産家で実業家のY崎氏は一代で財を築き、先月持病の悪化でこの世を去った。

「さぞかし、莫大な遺産を残したんでしょうね」

「いや、それがな……生前に作成した第一遺言書に『自分が亡くなったら、金庫の中に保管してある第二遺言書の内容に従ってくれ』と、弁護士を通じて親族と身内に伝えたんだよ」

「また、Y崎氏も凝った遺言書の残し方を」

「遺産関連の民事に警察が関与するワケにはいかないしな、と言って相談された手前。

知らんぷりをするのも、刑事としては不完全燃焼で気分が落ち着かない……そこでだ、レオがスッキリとこの問題を解決してくれないか……個人的なポケットマネーで依頼料は出すから」

 依頼料が支払われると聞いて、夢亜の目が輝く。

「困っている叔父さんを助けましょうよ先生……上手くいけばY崎氏の身内からの報酬みたいなのも、出るかも知れませんから」

 レオは、それが夢亜の本心だと思った。

 夢亜は意外と金銭絡みの事件には嗅覚が鋭い。



 翌日──レオ、夢亜、剣原の三人はY崎氏の屋敷に出向いた。

 すでに屋敷には、Y崎氏の親族数十人が集まっていた。

 レオの代わりに探偵助手の夢亜が、集まった親族や使用人たちに問いかける。

「金庫は、Y崎氏の部屋にあると言っていましたね……部屋に案内してください」

 Y崎氏の部屋に入ると正面の壁に埋め込まれるように、ダイヤル式の黒い金庫が目についた。

 すでに親族が、金庫の開けるヒントを探したのか、書籍棚の本はすべて棚から外され床に積まれていた。

 壁の額縁も斜めになっているところを見ると、額縁の裏も探索されたらしい。

 夢亜が、剣原警部補に訊ねる。

「金庫を開けるヒントは、この部屋の中にあるんですか?」

「あぁ、Y崎氏は死の直前に『自分の部屋のどこかに紙に書いて隠した』と、伝えて息を引き取ったらしい」

「屋敷の他の場所にはないとすると……高い天井に隠すコトはムリそうですね」

 しゃがんだ夢亜は、床板に付いている染みを発見する。

 それは、ソファの下に敷かれた部分カーペットの、目立たない場所にポツンとあった。

 夢亜がY崎氏の親族に質問する。

「ソファは調べましたか?」

「はい、どかしてソファの中も見ましたが、何も出てきませんでした」

「もう一度、ソファを動かしてください……少し気になるコトがあるので」


 ソファがどかされ、ソファの下に敷かれていたカーペットも取り除かれる。

 夢亜は板張りの床を、トントンと指で叩いた。

 その様子を見ていた親族の一人が言った。

「床の下には、古い梅干しが入った壺が数個置かれた、石室いしむろの空間があるだけですよ……そこも、調べました」

 親族の話しだと、Y崎氏は数世代前の先祖が趣味で漬けた、自家製の古い梅干しを食べるのが日課になっていたらしい。

 夢亜が質問する。

「床下の石室にあるのは、梅干しの壺だけですか?」

「あとは、得体の知れない不気味な塊が浮かんだ、茶色の液体が入った広口のガラス容器が一つ置いてありましたけれど……それだけです」

 しばらく考えていた、夢亜が言った。

「今一度、壺が置かれた空間を見せてください……ちょっと、確かめたいコトがあるので」


 板が外され、ひんやりとした人一人がやっと入れるくらいの広さがある、石を円筒に積み上げた石壁の空間が出現する。

 夢亜は、暗室から茶色の液体が満たされた広口瓶を取り出した。

 左右の金具でガラスのフタが閉じられた、両手で抱えるほどの大きさの瓶の中には、得体の知れない茶色の液体と瓶の中いっぱいに広がった。

 不気味な白っぽい塊が浮かんでいた。


 じっと、瓶の中に浮かぶ得体が知れない塊を見ていた夢亜が言った。

「謎は宇宙のごとく……解けました」

 そう言うと、夢亜はいきなり広口瓶のフタを開けて、中に入っていた茶色の液体と不気味な塊を床に撒き散らした。

 酸味の匂いが鼻をつく中、剣原警部補は白い塊の中から出てきたモノを見て。

「あっ!?」と、小さな声をもらした。 



 数日後──『地獄坂堂』の二階で、剣原警部補と夢亜が会話をしていた。

 剣原警部補が言った。

「それにしても、よく瓶中に浮かんでいた。

あの変な白い塊の中に、金庫を開ける番号と英文字を書いた紙が丸められて、薬の小瓶の中に入っているとわかったね」

「Y崎氏が日課で、古漬けの梅干しを食べていると聞いてピンときました……健康食品には人一倍興味があるんじゃないかと。

もっとも、高齢なY崎氏には古漬けの梅干しは塩分が高すぎて、あまり体には良くないのではと」


 剣原警部補が、頭を掻きながら言った。

「あの、茶色い液体の中に浮かんでいたのが。昨年〔昭和四十九年〕からブームになっていた、健康食品の『紅茶キノコ』だったなんて……初めて現物を見た、面目ない勉強不足だった」

「紅茶キノコは、紅茶とかお茶に砂糖を入れて。菌類みたいなモノを培養してエキスが染み出た紅茶を飲むみたいですよ……あたしは飲んだコトはありませんが、聞いた話しだと酸っぱくてマズいとか」


 普通の紅茶を飲んでいる夢亜に、剣原警部補が訊ねる。

「だけど、まさか紅茶キノコの塊の中に薬の小瓶が隠されていたとは」

「Y崎氏は、プルプルのゲル状の塊の中に密封した薬の小瓶を押し込んだ。あとは、紅茶キノコが勝手に増大して小瓶を包み隠す……開いた金庫の中から出てきた『第二遺言書』には、なんて書いてあったんですか?」


「『遺産の八割は、施設に寄付して残りの二割は親族で、ジャンケンでもして勝手に分配しろ』と、書かれていた……いやぁ、二割の遺産と言っても。それなりの金額があるから……親族間での遺産相続が勃発だ、近いうちに殺人事件にでも発展するかも知れない」

 夢亜は一言、興味がなさそうな口調で。

「そうですか」

 と、言って。読みかけだったSF小説の続きを読みはじめた。


探偵のところに事件はやって来る~おわり~

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