昭和の古書店で地獄坂夢亜が推理する〔ミステリー〕

楠本恵士

第1話・探偵は古書店の二階にいる

探偵のところに事件はやって来る①

 昭和五十年〔1975年〕──と、ある下町。

 携帯電話の個人所有率も低く。

 インターネットから大量情報も一般的にはなく。

 科学捜査も発達していなかったそんな時代。


 未来への夢だけは溢れていて、子供は夕方暗くなるまで外で遊び回っていられた──そんな昭和の時代。

 道路が舗装されていない下町の一角にある古書店──『地獄坂堂』そこの二階に、ひっそりと探偵業の看板を出している探偵事務所があった。


八名垣やながき探偵事務所』

 古書店の書籍倉庫を事務所代わりに借りている、ほとんど積まれた古書の匂いしかしない狭い事務所スペースに。

 歳の頃は十七・八歳のポニーテール髪の少女が一人、アンティークな椅子に座って古書の小説本を読み耽っていた。


 探偵事務所のドアが開いて、黒服の若い男が入ってきた。

 帽子掛けに被っていた山高帽子を掛けて、丈が短い外套マントを掛けている若い男に椅子に座って古書を読んでいた娘。

『地獄坂夢亜むあ』が訊ねる。

「どうでした? 依頼された迷子の子猫ちゃん見つかりましたか?」

 探偵の若い男。

『八名垣獅子レオ』が答える。

「探している間に、勝手に飼い主のところに帰っていて猫飯食べていた」

「そうですか……また、タダ働きですか」

「そういうワケだから、今月の家賃は……」

「はい、ちゃんと徴収しますよ。支払日までに、がんばって家賃揃えておいてください」


 夢亜はレオのところに押しかける形で、強引に探偵助手になった。

「しっかり働いてください、先生」

 家主の古書店店主で、夢亜の祖母に、家賃を安くしてくれるように頼み込んでくれた手前。

 レオは夢亜には頭が上がらない。

 レオが言った。

「最近、外を歩いているとやたらと近所の子供が、オレを指差して笑うのはなぜだろうな? 小さな子供はオレの姿を見て泣き叫ぶし、年長の子供は棒を持ってオレを追いかけてくる」

 夢亜が、レオを眺めながら言った。

「その黒づくめの格好に、問題があるんじゃないんですか……その格好をやめてみたら」

「これは、オレのじっちゃんから譲り受けたモノだぞ。オレのじっちゃんは田舎で」

「村に伝わる甲冑の裏側に書かれていた暗号文を解いたって言うんでしょう、その話し何回も聞かされました」

 夢亜は、読書を再開する。レオが夢亜が読んでいる単行本について訊ねる。

「いつも何、読んでいるんだ?」

「CL・ムーアの『ノースウエスト・スミスシリーズ』今読んでいるのは『大宇宙の魔女』……シャブロウが登場する話が載っています」

「シャブロウ?」

 レオが、夢亜が読んでいる漫画っぽい女性が描かれた表紙の単行本を、訝しそうな目で眺めた。

「それって、ミステリー小説か?」

「いいえ、SF小説です」

 レオは、それ以上、夢亜の読書嗜好を追求するのをやめた。


 椅子に座った黒背広のレオは、机の上に置かれた円盤ダイヤル式の家庭用黒電話を眺めながら、夢亜に訊ねる。

「一応、聞くけれど……調査依頼の電話は?」

「ないですよ、あったらメモに書き残しておきます」

「だろうね……はぁ、ちかれたびーっ」


 レオは、近くに置いてあった少女漫画雑誌を手に取ると、読みはじめた。

 それを見た夢亜が言った。

「また『キャンディ・キャンディ』読んでいるんですか……先生、少女漫画好きですね。

少女フレンドの『はいからさんが通る』とか……まぁ、あたしも人の読書嗜好にアレコレ言える立場じゃないんですけれど」

 夢亜が小説越しに少女漫画を読んでいるレオの、黒づくめ服装を見て言った。

「そう言えば、先生のその格好とよく似たキャラクター、子供向けの特撮番組で偶然観ましたよ……悪役で」

「そのせいか! 近所の悪ガキたちが『水晶玉を奪え!』って意味不明なコトを言いながら道を歩いているオレを。

棒を持って追いかけてくる理由は……なんて名前の悪役だ?」

「確か、ブラック指令」


 その時、事務所のドアが勢いよく開いて黄土色のトレンチコートを着た中年男性が、叫びながら部屋に飛び込んできた。

「レオォォォォォォォォォォ!」


 いきなり叫びながら部屋に飛び込んできた、トレンチコートの中年男性に最初は驚きながらも、落ち着きを取り戻したレオが言った。

「なんですか、叔父さん……また、何か問題でも発生しましたか?」

 黄土色のトレンチコートの中年男性──レオの叔父で県警の警部補をやっている『剣原警部補』が答える。

「よくわかったな、さすがわたしの、甥っ子だ……『ダイヤル式の開かない金庫があったら』レオならどうする?」

 剣原警部補は、警察の介入外の何かややこしい事件が発生すると。

 レオの探偵事務所にやって来て、謎かけのような言葉からレオに相談を持ちかけてくる。

 レオが答える。

「オレなら、金庫屋か怪盗に頼んで開けてもらうか……金庫を壊しますけれど」

 剣原が両手をXに組んで不正解のポーズをしてから、レオの方を両手の人差し指で指差して。

「死刑!」と巷で流行しているギャグを発した。

 お尻をレオの方に向けている、死刑!のポーズに呆れた夢亜が言った。

「警察官が、ギャグでも軽々しく死刑だなんて言ってもいいんですか……金庫を開けるダイヤルの番号とか英文字の組合わせがわからない、金持ちからの金庫の相談でも受けたんですか?」

「さすが、夢亜くん……よく金持ちのからの相談だとわかったな」

「いえ、ダイヤル式の金庫を所有しているのは金持ちの、資産家くらいですから……もしかして、先月他界した。資産家のY崎氏の身内からの相談ですか?」

 驚いた顔をする、剣原警部補。

「どうして、わかった!?」

「新聞でY崎氏が亡くなった記事を読んだのを思い出して……それに剣原警部補さん、言っていたじゃないですか……知人にY崎氏の親族がいるって」



※SF小説『ノースウエスト・スミスシリーズ』日本発行版は、漫画家の『松本零士』が表紙イラストを描いた、官能的な姿の女性が描かれている。そのイラストに惹かれて購入した読者も多い。


※「ちかれたびー」〔昭和五十年の流行語・疲れたの意味〕


※『キャンディ・キャンディ』〔マンガでのタイトル表記は・がハート〕昭和五十年に少女マンガ雑誌『なかよし』で連載がはじまった、少女マンガ


※「死刑!」昭和五十年くらいに流行した、少年チャンピオンに掲載されていたギャグマンガ『がきデカ』から生まれた流行ギャグ。

独自のポーズをしながら相手に向かって言うのがポイント。

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