原稿時間

みこ

原稿時間

「う〜〜〜〜〜〜〜ん」

 真っ白な紙を目の前に、唸っている男女が二人。

 偉そうに腕組みをしている男子の方がトモタカくん。

 右手にお気に入りの鉛筆を持ち、突っ伏している女子がその幼馴染みのミキちゃんだ。

 ここはミキちゃんの部屋。高校生の部屋にしては大きめのちゃぶ台に、向かい合って座っている。

「思いつかない〜〜〜〜〜」

 ミキちゃんが、半泣き状態で顔を上げた。

「いや、そんな状態で手伝って〜って言われても、手伝いようがないだろ」

 あきれた顔で、トモタカくんが言う。

「だって〜〜〜〜。あと1週間で描き上げないと本にならないのにさぁ、まだ、何も描けてないんだよ!?」

 ミキちゃんは同人誌を描いている。どうやら来月のイベントに新刊を持って行きたいのだが、原稿が描き上がらないどころか、話すら思いつかなくなってしまってるらしいのだ。

 だん!だん!だん!と原作漫画を積み上げ、ミキちゃんがくだを巻き始めた。

「だって!今月の最新話を見てよ〜〜〜〜!!!この展開じゃ、考えてた話が繋がらないの!!!」

「じゃあ設定ちょちょっと変えて描くとか」

「それじゃあ、話自体が成り立たないの〜〜〜〜!!!」

「じゃあ落とせ」

「あああああああああああ」

 謎の雄叫びをミキちゃんが上げたところで、そんなミキちゃんにトモタカくんが勝てるはずもなく、アイディア出し大会が始まってしまった。


 ミキちゃんが好きなのは、ファンタジー世界を舞台にした少年漫画。一般的な人気作品……とは言えないまでも、長期的にそこそこのファンがいて、SNSでそこそこのファンの世界が広がっている、そんな作品だ。

 そんな作品で、ミキちゃんは一つの国の騎士と王様の二人をくっつけたBL漫画を描いている。作品内ではそれほど絡みはない……ように見えるけれど、そこいらの界隈では人気のカップリングらしい。

 そんな人気カップリングの供給を待ち望む人たちの期待を、ミキちゃんは一身に背負っているのだ。

「じゃあとりあえず、設定とか考えないで絡みだけ描けば?」

「そんな雑なのはいやなの〜〜〜」

 切羽詰まっている割には、ミキちゃんは謎のこだわりを捨てきらない。床に転がって、お気に入りのその騎士様イメージカラーのクッションを右手に、王様イメージカラーのクッションを左手に掴むと、二ついっぺんに抱きかかえた。

「じゃあなんか未来の設定で〜」

「う〜ん」

 いい返事はない。

「唸ってばっかじゃなくて、お前も考えろよ……」

 若干あきれ笑いでトモタカくんはミキちゃんを眺める。

 トモタカくんは気付いている。実は自分がミキちゃんとこうして二人でいることを楽しんでいることに。

「閃いた!」

 そう言いながら、ミキちゃんが突然起き上がる。

「学パロにしよう!」

 それを直観と言っていいのかどうか。残り1週間しかないからといって、楽な方へ流されていないだろうか。トモタカくんはそんなことを思ったが、それを口には出さなかった。

 何よりミキちゃんに生気が戻ってきたのだから、いい本ができるに違いないのだ。

 ああ、でも。高校を卒業したら、こんな時間はどれほど持てるのだろう。

 ふと思ってしまったことに、動揺を隠せない。

「なあ、付き合わない?」

 口から出てしまったことに、トモタカくん自身もびっくりした。今、言ってどうするんだ。言うときを間違えた。

 実際、ミキちゃんは「は?」という顔で、「付き合ってますけど?」と一言言うだけだ。

「いや、その二人のことじゃなくて……。あの……」

 まあ、ここまで口に出してしまったのなら、誤魔化すよりも言ってしまった方がスッキリするというものだ。

「俺……ら……」

 思ったより照れてしまい、自分でも顔が赤くなっていくのが解ってしまうくらいだった。

 顔を隠すように腕を上げる。

「ああああああああ!」

 すると、ミキちゃんが本日何度目かの雄叫びを上げた。

「それ、いい!!」

 両想いだったかとトモタカくんが顔を上げた瞬間、ミキちゃんが唐突にネームを描き始めた。

「…………は?」

「今の!今の顔を王にさせる話にするわ!!今の顔最高……!!」

「俺、今、告白してたんだけど!?」

「そんなことよりさぁ。大事なことがあるからさぁ」

 ミキちゃんが手を動かしたまま言う。作業に夢中のようだ。

 こうなるよなぁ。トモタカくんがしょうがない、といった風に黙ると、ミキちゃんが相変わらず手を動かしたまま口を開いた。

「私の旦那様になる人は、作業ができないといけないんだよね」

「あ〜……、俺、背景描けるよ」

「採用!」

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原稿時間 みこ @mikoto_chan

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