勝手な!? 浮気調査!

笹霧

勝手な!? 浮気調査!

 スマホのアラームが鳴ってる。起きなきゃ。

 ベッドから体を起こしハンガーに向かって手を伸ばした。着るのがもう3年目になる中学校の制服。見るたびに泉は思う。これが高校の、それも1年生の制服だったらと。永遠に追いつけないあの人の背中。

「追いつきたいよ……」

 泉は手にしていた物を握り締める。

「あ」

 泉が手に持っていたのはスマホだ。何か時間を気にしていた気がして、時刻を見る。出ようと思っていた時間。それより40分も過ぎていた。急いで着替えつつ親友の可奈に電話をする。

「可奈、光久先輩は!?」

『え、あー、バイトに出たね。今日もお兄ちゃん?』

「うん。急いで行くからもう切るね!」

『はいさー』


「ついた!」

 住宅街の中にぽつんとある1軒のカフェ。ここで光久先輩はバイトを週に2、3回している。泉は中には入らずに中の様子をうかがった。楽しそうに会話をしている様子。

「話しているのは女の人……島津さんだ」

  なんか凄い楽しそう。中に入って止めたい。先輩の彼女は、先輩の彼女は……まさか!

「あれは浮気……!?」

 可奈に後で聞かなきゃ。島津さんは光久先輩のなんなのか。先輩はかっこいい。だから私の他にいてもおかしくはない。けど、私が先輩のだ。

「先輩、愛人なんてダメですからね……!」

 泉は店に入らずにそうつぶやく。再び意識を先輩に戻そうとした時、先輩は店に入店した女性に連れて行かれていた。あれは島津さんの友人の太和田さん。

「あなたもですか!?」

 彼氏がいるからとノーマークだった。まさか彼女も先輩の愛人かもしれないなんて。腕を絡めているし、自転車に2人乗りして密着してるし、なんだか楽しそうだし……。

 泉は慌てて追いかける。自転車に追いつくのは大変だが、方角からショッピングモールに向かったのが分かった。


 ショッピングモールに着くと人が店の前で並んでいるのが目に入る。泉は光久先輩と太和田が並んでいるのを確認すると物陰に隠れた。目当ては看板に書かれた恋人限定パフェだろう。限定を食べたくて仕方なく呼んだのかも、と泉は迷う。

「どっちにしても羨ましいよぉ」

 光久先輩がスマホを見て席を立った。店を出て歩く先輩に泉も後を付いて行く。2階にエスカレーターを上がってフードコートの方へ。と思っていたら先輩は途中で現れた女性に腕を引っ張られていった。婦人服の店へと消える。

「今度は山浦さん!? 何で先輩が山浦さんと?」

 中に入ると山浦さんは光久先輩を鏡の前に立たせている。婦人服でも着せるのだろうか。

 なにそれ、見てみたい。

 しかしそんなことは無く、2人は腕を絡ませて鏡の前でポージングを決めている。あの人は店員なのに何をやっているんだろう。先輩はスマホを出して画面を見た。山浦さんと別れて再びフードコートの方へ。


 フードコートは休日だと満席になることが多い。今日もその日に漏れず空席が殆ど無い。光久先輩はきょろきょろと辺りを見回したあと右奥の方へ進んだ。泉も柱の陰から先輩の姿を追う。フードコートでは手を大きく振っている女の子が目立っていた。先輩はその方へ寄っていく。

「あれは先輩の高校のマドンナ……七里先輩、と守部先輩!?」

 い、いくらかっこいいからってあんな有名人も愛人にしてるの!? しかも3人でなんて……ダメです!

 落ち着こうと泉は息を整える。光久先輩の愛人候補はこれで5人目。だけど、あの2人は高校で先輩と会う可能性が高い。可奈から後で詳しいことを聞こうと泉は思った。

 フードコートの席で3人で座る男女。七里先輩が手を伸ばして光久先輩の前髪を触る。そのまま頬を伝って顎へ。七里先輩は目を閉じた。

「ダ、ダメです! キスなんて!」

 泉が慌てて飛び出す前に守部が七里の頭をはたいた。光久先輩は頭を下げてその場から去る。フードコートを降りる階段で先輩は足を止めた。誰かが先輩の袖を引いている。あれはラスボス。

「響谷先輩」

 先輩の幼馴染で歌が上手くて可愛いと可奈から聞いた女の子。確かに会ってみて強いと思えたけど、私の方がアレだもん。私の勝ち、私の勝ち、私の勝ち。

 光久先輩は響谷先輩の手を振り払い階段を降りていく。響谷先輩は追いかけなかった。


 人の波に足止めされ、一時光久先輩を見失う。自転車置き場に急ぐと今まさに自転車に乗った先輩が見えた。泉は走って先輩に呼びかける。

「光久、先輩!」

 ペダルにかけていた足を地面に置いて彼は私の方を見る。

「どうした、瀬戸さん」

「え、えと先輩は何をしていたんですか?」

「何って別に、人と会って話したぐらいだよ」

 知ってます。とは口に出さずに微笑む。乗りたい。一緒に乗りたい。

「そうなんですか。先輩はもう帰るんですよね」

「そうだ」

「後ろ、乗せて欲しいなぁって」

「良いよ」

「やった!」

 自転車の上に見える背中。そういえばここには……。バシバシと先輩の背中をはたく。

「い、いたいって。瀬戸さん?」

「なーんでも」

「じゃ、行くよ」

「はい!」

 自転車をこぎ始める先輩に思いっきり抱きつく。たくましい体に先輩のにおい。それにあったかい。

「……あんま抱きつかないで欲しいんだけど」

「嫌ですー」

 心地の良い暖かさに幸せを感じながら自転車は前へ前へと進んでいく。この暖かさに触れる度に、渡したくないと泉は思うのだった。

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