第4話《美味しいご飯》

この話には残酷な表現が含まれます。ご注意下さい。

■□▪▫■□▫▪■□▪▫■□▫▪



俺、何してたんだっけ…


どこだろう、ココ…


辺りには何も無い。


広がるのは干からびた大地と照りつける太陽。


俺の手足は痩せこけていて気持ちが悪い。


「あぁ……う……あ…」


喉はカラカラで上手く言葉を出すことも出来ない。


なんで俺はこんな所にいるんだろう。


母はどこに行ったのだろう。


こんな所に一人ぼっちなんて初めての経験だ。


喉が乾いたな…


水が欲しい…


お腹がすいた…


何か食料を見つけないと…


探さなきゃ…


どれくらい歩いただろう…


このままでは餓えて死んでしまう…


こんな死に方は嫌だ…


ハラガ減ッタナ


先の方に何かが見える。


その瞬間、景色が変わった。


体力の限界で幻覚でも観ているのだろうか。


でも、この景色は見覚えがある。


思い出した。6歳の時、母と来た場所だ。


あの時俺は初めて死を覚悟したんだ。


2週間、アメリカ大陸を歩いたが、何も無くてお腹が減ってもうダメだって思った時だ。


今の俺にそっくりだな。


あの時もこんな感じにやつれていたっけな。


でも、助かった。


これは酷い思い出なんかじゃない。


とても嬉しかった。楽しかった記憶だ。


俺がもうダメだって諦めた時。


星の綺麗な夜だった。


「星夜、ご飯、見つかったよ!!」


ほんとうにギリギリだった。


母も何も食べてなかったのに、一生懸命探し回ってご飯を見つけてくれたんだ。


あの時、母が持ってきたのはビーフシチューの缶だった。


「星夜は食べたこと無かったろ!お肉だよ!動物のお肉だ!!はは、だからほら、口を開けろ!これを食べて元気を出すんだ!」


俺を起こしてスプーンで口に運んでくれたビーフシチューの味は、今まで食べたことの無いようなとても美味しいモノだった。


お肉の塊がホロホロと口の中で溶けて、トロトロとしたシチューが俺の乾きを潤していく。そして次は、ちょっぴりしょっぱい涙の味がした。


母が泣いていたのだ。


「良かった…間に合った…良かった…良かった…」


いつもはあんなにかっこいい母が、俺のためにこんなにも顔をクシャクシャにして泣いてくれている。


あぁ、ほんとうに幸せだった。


初めて食べたお肉のおかげなんかじゃない。


母の愛が俺を空腹から救ってくれたのだ。


そう、これは幸せな記憶。


とても満たされていて、人生で1番美味しかったご飯の味だ。


ありがとう。母さん。


死ぬ前にまた会いたいよ、1人は寂しいよ。


「か…ぁさ…ん…」



■□▪▫■□▫▪■□▪▫■□▫▪


意識が段々と覚醒をしていく。


あぁ、夢を見ていたのだろうか。


なぜだろう。いつの間にか腹は満たされていて、幸せだ。


さっきまで餓えていたはずなのに。


口から何かが垂れる。


ぼやけた視界の焦点が合っていく。


ーーーー零れた雫は紅かった。


「よ…うやく、起きたのかい。星夜…

あぁ………よかった…よかった…よか…った。」


あの時と同じだ。カッコ良くて綺麗な母が、顔をクシャクシャにして泣いている。


だが、零れ落ちた雫は母の頬を紅く染めている。


ーーーーーーーー何かがおかしい。



嫌な予感が全身を支配する。


見たくない。


見たくない。


恐る恐る目線を移した母の身体には大きな穴が空いていた。


あばらの骨は露出し、はらわたは零れている。


今更確認した両腕は真っ赤に染まり、口の中には酷く嫌な鉄の味が広がっている。





その時俺はようやく理解した。























俺が母を喰ったのだと。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る