怪5
人目に付かないように花子を馬車に乗せ、なんとか帰宅したアメリアはどっと疲れてソファに座り込んだ。
王太子に婚約を破棄されただけでも大変な一日だったというのに、花子との出会いでさらに衝撃的な一日となった。
花子はもの珍しそうに部屋の中を見回している。
「とりあえず、着替えますわ。花子さん、あなたもこちらの国の服に着替えてくださる?」
「えー? でも、おかっぱに赤いスカートっていうのがあたしのキャラなのに」
花子は不満そうであるが、あの短いスカートで外を歩かせる訳にはいかない。
「確か、わたくしの子供の頃のドレスがあったはずですわ」
アメリアは古い荷物が押し込められている部屋へ行き、衣装箪笥を漁った。
「ありましたわ。赤がお好きなようですから、赤いドレスでよろしいかしら?」
差し出すと、花子は渋々受け取って着替えだした。アメリアもドレスを着替えてお茶を淹れる。
「さて、花子さんの仲間を捕まえるお手伝いをしてほしい、とのことでしたけれど……」
本題を切り出すと、花子はこくりと頷いた。
「さっきも言った通り、あたしはこの世界の人間じゃないの。こことは別の世界にある、日本という国から来たのよ」
花子は信じられないようなことをあっさりと言う。
「……信じられませんわ」
「あはは。まー、そりゃそうか」
花子は笑って頭を掻いた。
「んじゃあ、これならどう……」
言い掛けた花子の言葉を遮るように、廊下を走る足音がどかどかと響いた。
「アメリア! アメリアはいるかっ!」
アメリアはさっと顔色を変え、ソファから立ち上がり戸口へ駆け寄った。だが、アメリアが扉を開ける前に、怒りで顔を真っ赤にした公爵が怒鳴り込んできた。
「王家から婚約を破棄するという手紙が届いたぞ! 王太子殿下に婚約を破棄されただと!? 愚か者がっ!」
「……申し訳、ございません」
アメリアは父の前に立って、ちらりと背後を窺った。ソファに座っていたはずの花子の姿が見えない。どこかに隠れたのだろう。
「お前のような役立たず、今すぐ追い出してやりたいところだが、もう一度チャンスをやる! 王太子殿下に謝罪して破棄を取り消してもらうのだ!! わかったな!!」
「……お言葉ですが、それは無理ですわ」
「なんだと!?」
アメリアが小さく息を吐いて言うと、公爵は怒りに目を剥いた。
アメリアは怯むことなく続ける。
「王太子殿下はこれまでに一度も、わたくしに興味を示したことはございません。この先も何をしようとお心が変わることはないでしょう」
婚約した時からずっと、二人の間にあるのは形式的な付き合いだけだった。月に一度は王宮に呼ばれて向かい合って茶を飲み、誕生日に贈り物が届けられるだけの関係だ。王太子はアメリアに歩み寄ることをしなかったし、アメリアもまた、勉強の忙しさを言い訳に王太子に歩み寄ることを怠っていた。
一度、冷静になってみれば、自分にも非はあったのだと思える。だから、この上は王太子のことも彼を射止めた男爵令嬢のことも恨まずに、静かに日々を過ごしたかった。
だが、口答えした娘に、公爵は怒りを爆発させて手を振り上げた。
「この役立たずがっ!!」
殴られる、そう悟ったアメリアはぎゅっと目を瞑った。だが——
「ぐぎゃふっ」
衝撃は襲ってこず、代わりに珍妙な悲鳴が聞こえた。
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