怪4
仲間を捕まえてほしい。花子は確かにそう言った。
「花子さんは……誘拐犯の一味なのですね? けれど、本当は不本意で、仲間の目を盗んで逃げてきたのですね!?」
「そうじゃなくてー、あたしはこの世界の人間じゃないのよ」
花子はアメリアにこう告げた。
「あたしは、日本ていう国から来た、別の世界の怪異なのよ」
アメリアは首を傾げた。
「にほん……?」
「うーん。話すと長くなるんだけどー」
花子が首を捻ったちょうどその時、にわかに廊下の向こうが騒がしくなった。パーティーが終わって、生徒達がホールから出てきたのだ。
アメリアは花子を見上げた。
「花子さん、わたくしももう帰らなければなりませんわ。花子さんは、帰る場所がないのでしょうか?」
「そうね。この世界のトイレは居心地良くないのよ」
花子はそれまでの不敵な態度がうってかわって、しょぼっと悲しそうに肩をすくめた。
「あたしも軟弱になったもんだわ。昭和のトイレで生きてきたはずなのに、平成の間にすっかりウォシュレットと暖房便座が当たり前になってしまって、場所によっては自動消臭機能やフレグランスもあって……日本のトイレこそ至上! こんな異世界のトイレは嫌! 日本に帰りたい!」
言っていることはよくわからないが、帰る場所のない少女をトイレに置き去りにするわけにはいかない。
アメリアは「清潔なトイレが恋しい〜」と嘆く花子におそるおそる声をかけた。
「花子さん……もし、行くところがないのでしたら、わたくしの家に来ますか?」
一瞬、父の顔が思い浮かんだが、どうせ既に王太子に婚約破棄された娘に愛想を尽かしていることだろう。今さら、父の顔色を窺うほどの体面はアメリアにはない。
「うーん。でも、あたしはトイレにいるのがアイデンティティだから……」
「それは、ずっとここにいるつもりということ? 無理よ! あなたをトイレに置いていくことなど出来ませんわ!」
花子の正体はわからないが、自分より年下の少女をトイレに置いて家に帰ることは出来ない。さりとて、花子を衛兵に渡して後を頼んで帰ることも憚られた。花子は先ほどから、アメリアに何かを協力してほしいと頼んでいる。仲間を捕まえる、とか言っていた。もしや何か重大な問題だった場合、衛兵では対処できない。
(にほん、という国は聞いたことがないわ。わたくしが知らないということは、きっとずっと遠くの国なのね。ことによっては国際問題になる。お父様に相談するまでは、花子さんをあまり人目に触れさせない方がよさそうだわ)
アメリアは花子に訴えた。
「あなたの抱えた問題が解決するまで、協力は惜しみませんわ。だからどうか、わたくしを信じて」
アメリアの真摯な態度に折れたのか、花子は口を尖らせながらも頷いた。
アメリアはほっと息を吐き、個室から出た。そして、隣の個室から出てきた花子の全身を見て驚愕した。
「なっ、なんですの! その格好は!?」
思っていた通り、花子は十歳ぐらいの小柄な少女だった。けれど、アメリアが驚いたのは花子の年齢ではなく服装だ。
「膝が見えておりますわ!」
花子は見たことのない形の赤いスカートをはいていた。しかし、その丈は明らかに短すぎる。足が丸見えではないか。
「破廉恥ですわ!」
「えー、でも、これが花子さんの正装だし」
「にほん、という国の民族衣装ですの!? けれど、この国では目立ちすぎますわ!」
アメリアはあまりのことに目を覆った。
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