怪3





「ハナコ、さん……ですか。わたくしはアーバンフォークロア公爵の娘、アメリアと申します」


 アメリアは名乗りつつ、眉を曇らせた。


「ご自分に敬称をつけるのは止した方がよろしくてよ?」

「だって、みんながそう呼ぶんだもん!」


 花子はそう言って頬を膨らませた。

 よく見ると、少女はアメリアより随分年が下らしかった。十歳前後ではないだろうか。


「あなた、もう夜も更けましてよ? 早くお家に帰った方がよろしいわ」


 家族が心配するだろうとアメリアが言うと、花子はきゅっと口を引き結び悲しそうな表情を浮かべた。


「……帰れないの」

「え?」

「あたしは、本当はこんなところにいたくない」


 花子の吐き出す本音が、アメリアを打った。


(なんてこと……)


 年端もゆかぬ少女が、帰る家もわからず、学園のトイレに一人で放置されている。


(この方は……無理矢理ここへ連れてこられたということ!?)


 そういえば、アメリアには思い当たることがあった。

 近頃、城下で少女が行方不明になる事件がたびたび起きていると、孤児院を慰問した際に修道女から聞かされた。相次ぐ誘拐に民はさぞ不安になっているだろうと、アメリアは宰相である父に報告したが、父が動いてくれたかはわからない。

 野放しになっている誘拐犯によって、花子もさらわれてここまで連れてこられ、トイレの個室に隠されていたのか。


 では、アメリアの個室を覗いたのは、助けを求めるためだったのだ。


(なんと愚かなわたくし!)


 淑女にあるまじき行いだのと、くだらぬ言葉で必死に助けを求める少女を突き放した己れの愚行にアメリアは恥じ入るばかりだった。


「申し訳ございません。浅はかなわたくしを許して」

「うん? なんかよくわかんないけど、あのさー、お願いがあんの」


 花子は仕切りの隙間から身を乗り出して言った。


「ええ。ご安心なさって。すぐにあなたを保護してもらいます」

「いや、保護とかはいらんからさー、あたしが帰るのに協力してもらいたいの」


 花子の言葉に、アメリアは力強く頷いた。


「もちろんですわ。わたくしに出来ることならば、なんでも協力いたします」

「ほんと?」

「ええ」


 アメリアはこの後のことを考えた。まずは花子を学園に常駐する衛兵の元へ連れて行き、事情を説明せねばならない。少女からの証言を得られれば、誘拐犯を捕まえることも可能かもしれない。


(はっ! 学園のトイレに誘拐した少女を隠していたということは、犯人が学園の関係者という恐れも……なんてこと!)


 アメリアは騒ぎ出した胸を押さえた。


(落ち着いて。今は一刻も早く、彼女を衛兵に保護してもらわなくては……)


 アメリアは個室の鍵に手をかけた。


「花子さん。とりあえず、わたくしと一緒に衛兵へ助けを求めましょう」

「えーへー? そんなのいいからさぁ、あたしが帰るためにあいつらを捕まえてほしいの!」

「当然ですわ! 誘拐犯人は必ず捕まえて裁きを受けさせます!」

「いや、捕まえてほしいのは、犯人じゃなくて、あたしの仲間達なの」


 花子はまっすぐにアメリアをみつめて言った。


「あたしの仲間の都市伝説を、捕まえてほしいの」


 アメリアは目を丸くした。



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