怪2
「な……何をしていらっしゃるのっ!?」
淑女として、大きな声を出すのは恥ずかしいことだ。
だが、アメリアは動揺を隠しておくことが出来なかった。
(他人の個室を覗くなど!)
淑女としてあるまじき行いだ。いや、淑女でなくともあるまじき行いだ。
アメリアの体が怒りを通り越した衝撃でわなわなと震える。公爵令嬢たるアメリアをこのように動揺させておきながら、少女は不敵な笑みを浮かべたままこちらを見下ろすばかりだ。
アメリアは動揺を抑えて、きっと目を怒らせて少女を見据えた。
下卑た罠にはめられ、王太子から婚約を破棄されるという恥辱を受け、嘲笑の的にされた。しかし、だからといって個室を覗くような侮辱を受けて泣き寝入りする訳にはいかない。
「あなた……このような真似をして、ご自分の品性が下がりますわよ!」
少女はくりっと首を傾げた。
「品性もくそも、トイレがあたしの仕事場だし?」
「くっ……」
アメリアはふらりとよろめきそうになり、気力を振り絞って耐えた。淑女の口から決して聞こえてはいけない言葉が聞こえてきたが、少女はあっけらかんとしている。
(この学園の女生徒に、このような言葉を口にする方がいらしただなんて……これも、殿下達が風紀を乱したことの影響……いいえ。学園内の風紀が乱れることを防ぐことが出来なかったわたくしの責任でもあるのだわ)
アメリアは激しい後悔に苛まれた。
(わたくしは、先ほどまで自分のことしか考えていなかった……)
思えば、貴族の規範たるべき高位貴族の令息令嬢が、身分の低い少女に侍ったりそれを止めることが出来なかったりと、散々に情けない醜態を晒したのだ。学園の生徒達が緊張感をなくし、学園内の空気が澱むのは当然のことかもしれなかった。
「申し訳ございません……あなたも、この学園の空気によって汚されてしまった一人ですのね。わたくしの力が及ばなかったばかりに……」
アメリアは恥ずかしさに顔を上げていられず、すっと目を伏せた。少女はそんなアメリアを見下ろしたまま、目をぱちぱち瞬かせた。
「いや、あたしはこの学校の生徒じゃないよ」
「え? そういえば、トイレが仕事場だとおっしゃっていましたわね。掃除婦の方でしたか。まあ、あなたのようなお若い方が……」
なるほど。淑女にあるまじき言動をするこの少女は平民なのだろう。きっと、家族を養うためにこんな時間まで働いているのだ。
アメリアは少女への認識を改め、頷いた。
「ご立派ですわ」
「なんか勘違いされてそうだけど、まあいいや。あたしは花子」
少女はニッと笑っていった。
「トイレの花子さんよ」
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