プレゼント

「お疲れさまです、智さん。」

「やぁ、杏奈ちゃん。どうしたの?どうせ日曜日に来るんだから、わざわざ仕事帰りに来なくてもいいのに。」

会社と駅を結ぶ大通りから少し脇道に入った所。こぢんまりとした、雑貨屋。

不在のオーナーに代わって、今は杏奈達が留守を守っている、大切な店。

久し振りに仕事帰りに杏奈が店を訪れた今日は、ちょうど智が店に出ている日だった。

「それとも、僕に会いに来てくれたのかな?」

相変わらずの整った顔で微笑みながらそんな事を言われてしまうと、いくら智に馴れて来た杏奈でも、やはり鼓動はどうしても早くなってしまう。

「えぇ、まぁ、そんなところです。」

「それは嬉しい事を言ってくれるね。」

智は目を細めて微笑みを深める。

せめて顔の熱までは悟られまいと、杏奈は俯きがちに智の元まで歩み寄り、手にした小さな包みを差し出した。

「智さん、おめでとうございます。」

「・・・・えっ?」

一瞬間を置いて、智はポカンとした顔で杏奈を見た。

そんな顔をしてさえもキレイだなと、杏奈は思わず感心し、智の顔に見入ってしまいそうになったのだが。

数秒の沈黙の後、我に返ると慌てて言った。

「真咲さんから、今日が智さんのお誕生日だと聞いたんです。それで、お祝いにと思って。」

「・・・・あぁ、誕生日か、今日。」

智の顔に、徐々に苦笑が広がる。

「すっかり忘れていたよ。ありがとう、杏奈ちゃん。これ、開けてみてもいいかな?」

「はい、もちろんです!・・・・気に入っていただけるといいのですけど。」

杏奈から包みを受け取ると、智はその場で包みを開き始めた。

中から出てきたのは、青藍色の、小振りのボールペン。

「相変わらず、センス抜群だね、杏奈ちゃん。」

ボールペンを手に、智は顔を綻ばせる。

本当に心から喜んでくれているようで、杏奈には、智のバックに満開のトルコキキョウの花畑が見えるようにさえ感じた。

「でも何で、僕の欲しい物を知っていたのかな?」

「実は・・・・」

真咲からは口止めされていたものの、さすがに勘のいい智をごまかし切ることなど杏奈には無理な話だ。

智が意外にもアナログ派で、今でもスケジュールは手帳で管理していること。

その手帳に使う小振りのペンを前からずっと探していること。

真咲からの情報を元に、智のイメージに合うペンを見繕ったことを、杏奈は智に打ち明けた。

「そっか。そんなこと憶えてたんだ、真咲。」

「智さんは、真咲さんの親友ですから。」

「えっ?」

「真咲さん、言ってました。智さんがどう思っているかは分からないけど、智さんは俺の親友だって。」

一瞬目を見開き、わずかに頬を染めながら、智は杏奈から顔を背け、ボソリと呟く。

「いい年して、よくもそんなこっ恥ずかしいことを。」

(智さんが、照れてる・・・・)

智の意外な反応に、杏奈は驚いた。

と同時に、何故だか智がとても近しい存在になったように思えた。

「智さんにとっても、真咲さんは親友ですよね?」

「・・・・さぁ、どうだろう。」

智はいつもの整った顔で、澄まして答える。

そして、続けて言った。

「まぁ、いくら時給を貰っているからと言って、せっかくの休みをただの知人の為に使うほど、僕はお人好しではないけど、ね。」

「ありがとうございます、智さん。真咲さんが聞いたら、きっと喜びます。」

「言わなくていいから。」

やれやれ、と溜め息を吐く智に、杏奈は小さく笑った。



「智さんに、1つご相談があって。」

「真咲のこと?」

「はい、真咲さんに関係すること、と言った方が正しいかもしれませんが。」

智と共に店を閉める準備をしながら、杏奈は言った。

「ゆっくり話した方がいいかな。それだったら、玲美さんのお店でも・・・・」

「いえ、大したことではないので、歩きながらで。」

店を閉め、駅へと向かいながら、杏奈は智に話を切り出す。

「もうすぐじゃないですか、真咲さんが戻って来るまで。」

「そうだね。」

「私、真咲さんからプレゼントを貰ってばかりで、何のお返しもできていないんです。だから、戻ってきた時、お帰りなさいって、真咲さんにサプライズで何かプレゼントをしたいと思って。でも、何がいいか全然思い浮かばなくて。」

私とは趣味が全然違うみたいだし。

そう言って困り顔で溜め息を吐く杏奈を、智は驚きの表情で見た。

「プレゼントなら、君は今までにもたくさんしていると思うけど?」

「えっ?私は何も・・・・」

智の言葉に、今度は杏奈が驚く。

だが、智は穏やかな笑みを浮かべて、杏奈に言った。

「形あるものだけがプレゼントになるわけじゃない。真咲は君から数えきれないくらいのプレゼントを貰っていると思うよ。まぁ、真咲にとっては、杏奈ちゃんの存在自体がプレゼントみたいなものだろうし。」

後半部分はともかくとして、智の言葉に思い当たるものは何もなく、困惑する杏奈に、智は口の端を少し上げてニヤリと笑った。

「僕だったら、キーかな。」

「キー?」

「そ。スペアキー。」

ちょうど最寄り駅に到着し、智は杏奈に軽く手を上げる。

「ちょっと寄る所があるから、僕はここで。じゃあね、杏奈ちゃん。気を付けて帰るんだよ。」

そう言うと、智は来た道を戻り始めた。

(えっ、智さん、もしかしてわざわざ送って・・・・)

「あっ、ありがとうございました!」

慌てて声を掛ける杏奈に、智は振り返ることなく片手だけを上げて応じる。

その姿が小さくなるまで、杏奈はその場で智を見送った。



(キー、ですか。)

部屋に戻った杏奈は、手にしたスペアキーと暫し睨み合っていた。

『僕だったら、キーかな。』

杏奈の相談に、智はそう答えた。

(『僕だったら』というのは、どちらの立場で言っていたんでしょうか、智さんは。受け取る側の立場でしょうか。贈る側の立場でしょうか。)

聞きそびれてしまった疑問に、杏奈は頭を悩ませる。

(だいたい、なぜキーなんでしょう?)

やはりこれは、玲美の店でおいしいビールでも飲みながらじっくり聞いて貰うべきだったかと後悔したものの、そうしていたところで、智はきっと、全ての答えを与えてくれることは無いようにも思う。

(あとは自分で考えろ、ということですかね。)

誰かに何かを贈るということ。

それは、何を贈ろうかと迷い、考える時間も、きっと贈り物の中に含まれている。

その後も毎日のようにスペアキーと睨み合いを続けた結果、杏奈は結局、智の助言を参考に、真咲へのプレゼントをキーに決めた。

(ラッピングくらいは、した方がいいですね。でも、スペアキーをラッピングって・・・・?変?)

プレゼントは決まったものの、次はそのラッピングに頭を悩ませる日々。

真咲が店に戻る日まで、あとわずか。

杏奈はその日を心待ちにしながらも、キーのラッピングに頭を悩ませ続けていたのだった。

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