星を見るよりも
(真咲さん、頑張っているかな。)
無事に雑貨屋の仕事を終え、部屋に戻って一息ついた日曜日。
杏奈はスマホの画面を前に、ぼんやりと真咲の事を想っていた。
真咲が店を離れる2年の間。
電話やメッセージで連絡は取り合っても、会う事はしない。
真咲と杏奈の2人で決めた事だった。
真咲曰く、
『会うてしもたら、絶対にすぐ、全部放り出して杏奈ちゃんのとこに戻りたなってまうと思うんや。』
とのこと。
ただ、智とはたまに会っているらしく、真咲はすこぶる元気だと言う。
「参ったよ、もう。真咲のやつ、突然僕のところに来ては、さんざん愚痴吐き出して帰って行くんだから。まぁ、別にいいんだけどね。僕はただ聞き流してるだけだからさ。」
智はそう言っていたが、きっと心の中では真咲の事を応援しているはずだ。
話を聞きながら少しだけ寂しそうな顔をしてしまったのを見逃さなかった智は、杏奈にこうも言っていた。
「男なんて、惚れた女にはカッコつけたいものなんだよ。愚痴ばっかり言う男なんて、カッコ悪いからね。あ、でも僕今がバラしちゃったら、意味ないかな。まぁ、真咲だから、いっか。」
(カッコ悪いなんて、思わないのに。私だって、頑張っているあなたのお話、聞かせてもらいたいのにな。これは、私の我がままですか?)
偶に交わすメッセージでも、偶にかかってくる電話でも、真咲は杏奈には一切弱音を吐くことも愚痴をこぼす事もしない。
いつも同じ内容だ。
杏奈やみんなは元気にしているか。
店を続けてくれて感謝している。
自分は元気で頑張っている。順調そのものだ。
(会いたい・・・・)
残りあと1年。
これまでの1年が、杏奈には驚くほどに長く感じられた。
あと残り1年もある。
このまま、耐えられるだろうか。
弱気な自分が顔を出した時。
スマホから、コールを告げる着信音が鳴りだした。
画面に表示された発信者名は、『雑貨屋さん』。
とたんに踊りだす心を抑え、杏奈は急いで電話に出た。
「もしも・・・・」
”杏奈ちゃん、今夜は星がめっちゃ綺麗やで。今、家やろ。窓から見てみ。”
通話が繋がるなり、真咲はそう言った。
(星・・・・?)
言われるまま、杏奈はスマホを片手に窓をあけ、夜空を見上げる。
「わぁ・・・・」
空気が澄んでいるのか、真咲の言うとおり、ここ最近では珍しいほどにたくさんの星が輝いている。
昼でも夜でも、空を眺めるのは好きだったはずなのに、忙しい日常に心の余裕を失くしていたせいか、最近では空を眺める事も忘れていたと言う事に、杏奈は改めて気付かされた。
(綺麗・・・・)
”今日はな、ナンタラっちゅう流星群の日なんやて。ええ天気やし、観測条件はバッチリや。もう流れ始めとる時間や思うんやけど・・・・あっ!流れた!”
スマホ越しの真咲の声は、変わらず穏やかで優しいが、流星群のせいか、幾分はしゃいでいるようだ。
元気な真咲の声が、弱気になっていた杏奈の心に、元気を与えてくれるような気がする。
”なぁ、杏奈ちゃんにも見えた?”
「いえ、まだ・・・・」
”あっちの方角やで?ほら、あの赤と白の縞々煙突の・・・・”
真咲が言う方角に視線を移したとたん。
スーッと長い尾を引いて、星がひとつ、流れ落ちるのが見えた。
「見えましたっ!」
”ほんまっ?!良かったなぁ、杏奈ちゃん。これからきっとええ事あるで。”
自分の事のように嬉しそうな真咲の声を聞きながら、杏奈はふと真咲の言葉が気になった。
赤と白の縞々の煙突。
確かに、この窓から見える景色の中にあるものだ。
それを、真咲は何故知っているのだろう?
何度かこの部屋に来たことはあったが、この窓からじっくり景色を眺めた事などそう無いはずだ。
ならば、何故・・・・
”ほな、もう遅いから切るで。おやすみ、杏奈ちゃん。”
電話を切ろうとする真咲を、杏奈はとっさに止めた。
「ちょっと待ってください!」
”なんや、どないしたん?”
「真咲さん、今どこに・・・・」
”えっ・・・・と、外や。”
真咲が珍しく言葉を濁す。
「どこの、外ですか?」
僅かな沈黙の後。
”ほんま、敵わんなぁ・・・・”
苦笑交じりの声が、スマホ越しに聞こえた。
”下、見てみ。”
言われて、窓から下を見ると。
(真咲さんっ・・・・!)
”堪忍な、気付いたらここまで・・・・”
杏奈はそのままスマホを片手に窓を離れ、部屋を飛び出した。
”あれっ?杏奈ちゃんっ?!”
手に持ったスマホから、困惑したような真咲の声が聞こえてくるが、構わず1階までの階段を駆け下りる。
「”ちょっ・・・・杏奈ちゃんっ!”」
スマホ越しから聞こえる真咲の声が、直に杏奈の耳にも入ってくる。
視界に入る、1年振りの、真咲の姿。
「”・・・・杏奈ちゃん・・・・”」
スマホを耳に当てたまま、杏奈の姿を目にして驚く真咲に。
杏奈は駆け出して、思い切り抱き着いた。
「会わんつもりやったんやけど、な。」
真咲の腕がそっと、杏奈を抱きしめる。
「ナンタラ流星群っちゅうのが、どうしても一緒に見たなってもうたんや。でな、気付いたらここまで来とってん。で、電話してもうて・・・・」
久し振りに直に響く真咲の声が、何とも心地よい。
「でも、な。俺、気付いてん。俺がほんまに見たかったんは、流れ星やなくて、流れ星を見とる杏奈ちゃんの顔やったんや、って。せやから、顔見たらすぐ帰るつもりやったのに。」
「ずるいです、真咲さん。」
真咲の胸に顔を埋めたまま、杏奈は呟く。
「私には、顔を見せてくれないつもりだったんですか。」
「約束、してしもたからなぁ。全部終わるまでは、会わんとくて。」
「ずるい・・・・」
真咲の体に回していた腕を離し、杏奈は真咲の顔を見た。
少しほっそりした感じはするものの、優しい淡いブラウンの瞳は、以前となんら変わることなく杏奈を見つめている。
「せやな、ずるいな、俺。」
本当に、ずるい。
杏奈は思った。
こんな時にまであっさり非を認められてしまっては、もうこれ以上文句も言えないではないか。
「堪忍、杏奈ちゃん。」
「許しません。」
感情を抑えた口調で、杏奈は呟く。
「えっ・・・・」
驚く真咲に、杏奈は言った。
「本当に悪いと思うなら、今日は私と一緒にいてください。」
一瞬間を置いて。
返事の代わりに、真咲は杏奈を強く抱きしめる。
じわじわと伝わって来る真咲の体温が胸の中にまで伝わって来るようで、杏奈は久しぶりの安堵を感じていた。
「織姫と彦星みたいやな。」
立てた片腕を枕に、杏奈の隣に寝ころびながら、真咲は笑った。
「1年に1度の逢瀬、なんてな。めっちゃロマンチックやん。」
「私が引き止めなければ、会うつもりなど無かったんじゃないんですか?」
「それはもう言わんといてぇな・・・・」
シングルベットのため、2人で寝るには少し窮屈だ。
だが、その窮屈感が、今の杏奈には幸せに感じた。
ベットサイドに置いたトルコランプの優しい光が、真咲と杏奈を包み込む。
「会うてもうたら、離れられんようになってまう気がしたんや。決心が鈍ってまうって。でも、実際は逆やった。また明日から頑張らな!って、今俺思っとる。不思議やな。なんや杏奈ちゃんは、俺の心の栄養剤みたいや。」
「なんですか、それ。」
「えっ!今俺めっちゃええこと言うたのに!」
「ふふふっ・・・・そうですか?」
笑いはしたが、杏奈も同じ事を思っていた。
真咲のおかげで、明日からもまた頑張れそうな自分に戻っていると。
「あと1年や。待っとってくれるか?」
「はい。」
「おおきに、杏奈ちゃん。」
ほな、ライト消すで。
そう言って、真咲は腕を伸ばしてトルコランプの明かりを消す。
そして、その手を杏奈の手に絡めた。
「おやすみ、杏奈ちゃん。」
「おやすみなさい、真咲さん。」
杏奈も真咲の手を握り返した。
翌朝。
目覚めると、既に真咲の姿は無かった。
代わりに、テーブルの上に書き置きが残されていた。
おはよう、杏奈ちゃん。
杏奈ちゃんのお陰で、充電完了。フル充電や!
今日からまた、頑張るで!
必ず、あと1年で終わらすから。
絶対、待っとってや、杏奈ちゃん。
店の方は、無理せんといてええから。
いつも元気な杏奈ちゃんでおってな。
みんなにも、よろしく。
ほな、また。
真咲
(真咲さん・・・・)
杏奈は真咲の書き置きを胸に抱きしめた。
あと1年。
絶対に、真咲の雑貨屋を守り抜こう。
(とりあえず、今日は会社に行かなくちゃ!)
杏奈は慌てて、出勤仕度を始めたのだった。
(BGM『Strawberry Sex』 by 平井 堅)
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます