きっかけ-4

(まさか、それって・・・・)

あまりに身に覚えのある話に、杏奈は驚愕の目を真咲に向けた。

「そや。杏奈ちゃんや。」

驚きで声も出ないとはこの事だ、と。

杏奈はただただ真咲を見つめる。

「杏奈ちゃんはな、俺があの雑貨屋を始める『きっかけ』になった人なんや。」

真咲は、懐かしそうに道向かいの雑貨屋を見ている。

「店に来てくれるお客さんがみんな、あないな笑顔になれるような雑貨屋になりたいなぁ、て。で、いつかあの女の子が店に来てくれて、あの笑顔を見せてくれたらええなぁ、て。そう思たんや。まぁ、でもまだ親に借金も返せてへんかったし、雑貨屋なんてどないすれば開けるんか見当も付かんかったし、色々大変やったけど。親説得して、姉貴にも協力してもろて。律子さんの店で色々勉強させてもろて。やっと店持てて『これからや~!』って思たとたんに、まさかほんまにあの時の女の子が来てくれるなんて、誰が思う?」

すっかり冷めてしまったコーヒーを口にして、真咲は照れくさそうに杏奈を見た。

「せやからな。杏奈ちゃんが来てくれて、俺の店の商品見て笑顔になってくれただけで、もう俺の夢は叶ってもうてたんや。でもな、人間っちゅーのは、ほんまに欲張りなもんやな。もっと杏奈ちゃんの事が知りたい。商品見て喜んでもらうだけやなくて、俺が杏奈ちゃんを笑顔にしたいて、いつの間にか思ってしもてたんや。まぁ、最初はなかなか距離も縮まらへんかったし、どないしたらええか分からんかったし、もうあかんわ~て、諦めかけた時もあったんやけど。」

あのお花見の時だ、と杏奈は思った。

『好きな人に近づく為に一生懸命やってるつもりやけど・・・なかなか満開の花になるんは、難しそうやし。でももし、満開にならんと散ってしもたとしても、この想いは少しでも、残ってくれるやろか・・・・』

この言葉とともに見せた、寂しげな微笑が記憶の中に蘇り、隣で穏やかに微笑む真咲の顔に重なる。

(やはり、あなたは笑顔の方がずっと素敵です。)

心の中でつぶやき、杏奈は改めて、真咲という人間に惹かれている事を自覚した。

「でも、欲張り万歳やな。おかげで、今杏奈ちゃんとこないしてここにおられるんやから。」

「真咲さん・・・・」

(事実は小説よりも奇なり、ですね。間違いなく。)

照れ隠しならぬ『幸せ隠し』で、杏奈はそんな事を考えてみる。

「でもあれやろ、最初俺のこと、苦手や思てたやろ?」

言いながら、真咲は悪戯っぽい目で杏奈を見る。

「えっ!あっ、あの、それは・・・・」

(えーっと、えーっと、どう答えれば・・・・)

何とかいい表現は無いかと考えを巡らせては見たものの、よい言葉は見つからず。

観念して杏奈は白状した。

「はい。苦手でした・・・・すごく。」

「『すごく』は要らんやろ。めっちゃ傷つくんやけど。」

苦笑する真咲に、杏奈は慌ててフォローを入れる。

「あっ、でも、悪い人ではない、とは思いました!」

「そら良かった。」

「それに、今は・・・・」

「ん?」

「苦手、じゃないですし。」

「それだけかいな。」

真咲は口を尖らせ、不満そうに目を細めて杏奈を睨む。

「いえ・・・・あの・・・・」

「なんや?」

「・・・・好き、ですし・・・・」

「ん、俺も。」

杏奈の言葉に満足したようで、真咲の満面の笑みを浮かべて杏奈を見た。

対する杏奈は。

(嬉しいけど・・・・恥ずかしい・・・・)

火照る頬を少しでも冷ますべく、冷めたコーヒーの残りをゴクリと飲み干した。

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