雑貨屋さんの親友2

「よっ、智。」

コーヒーショップを出て智の店へと向かうと、タイミング良く店から智が姿を現した。

「ださっ。」

真咲を一目見るなり、智は真顔でそう言い捨てる。

「何の罰ゲーム?」

「相変わらず、随分な言いようやなぁ、智ちゃん。」

苦笑いの真咲をスルーし、智は杏奈に笑顔を向けた。

「やぁ、杏奈ちゃん。君も来てくれたんだね。」

「こんにちは、智さん。」

「そんなダサいの放っておいて、こっちにおいで。」

そう言うと、智は杏奈の腕を取り、軽い力で引き寄せる。

「こらっ、智っ!おまっ、俺の杏奈ちゃんに何す」

「さっさと服選んで着替えてくれば?」

抗議の声を上げる真咲に冷たく言い放ち、智はとまどう杏奈を連れて店の奥へと向かった。

「狭くて悪いね。休憩室だから仕方ないんだけど。お茶でも飲む?」

ロッカーが数台置かれた小部屋の中。

小さなテーブルを挟んで、杏奈は智と向かい合う形で席を勧められた。

「いえ、ついさっきまで、駅の近くで真咲さんとお茶をしていたので。」

「そう。」

テーブルに肘を乗せ、頬杖をついて智は杏奈をじっと見る。

やはり整った顔だ。整い過ぎていると言ってもいいくらいだ。

またも見入ってしまった杏奈の前で、智は表情を和らげ、笑顔を見せた。

「じゃ、聞いたかな?真咲の話。」

「は、はい。色々と。」

智の笑顔は、それはまた美しく。

思わず緊張してしまいながら、杏奈は思った。

(真咲さんがナンパしてしまったのも、分かるような気がします。)

「そ。」

満足そうに、智が頷く。

「あの頃、真咲はもう耳にタコができるくらい、会う度毎に君の話をしていたんだよ。やれ今日はお気に入りが見つからんかったみたいや、今日はめっちゃ可愛い顔して笑っとった、今日は会われへんかった~もうやる気出えへん~、とかって。でもある時突然言ったんだ。『俺、雑貨屋になって、あの子の事毎日笑顔にさせたるんや!』って。最初は、とうとう頭がおかしくなったのかと思ったよ。でも、真咲は本気だった。それからすぐここのバイト辞めて、老舗の雑貨屋で働いて色々勉強して準備して。あの店を開いたんだ。ほんとに驚いたよ。出会った頃は、まぁ事情はあったにせよ、全然やる気の無い奴だった真咲がさ、あっという間に自分の店を持ってしまうんだから。だから、僕はものすごく興味があったんだ。真咲を変えた君に。」

淡々と語られる智の話は、先ほど真咲から聞いた話と同じ内容ではあったのだが。

最後の一言に、杏奈はドキリとした。

「・・・・それで、実際のところ、どうだったのでしょうか?」

恐る恐る、杏奈は口にする。

「何が?」

「私の印象は・・・・」

「真咲の言う通りだった。」

「え?」

「こんな面白い子、なかなか居ないなって。」

(類友、でしょうかねぇ?)

そう思わずにはいられなかった。

今まで生きてきた中で、真面目と言われた事は数知れずとも、面白いと言われた事はそうは無い杏奈の事を、真咲も智も『面白い』と断言する。

いったい自分のどこが面白いのか。

尋ねようとするよりも一瞬早く、智が口を開いた。

「それから。」

頬杖を外して両手を机の上に置き、智は真っ直ぐに杏奈を見て、言った。

「真咲にとって、君は絶対的に必要な人なんだろうなって、思った。」


”なぁ、智!これとこれ、どっちがええか見てくれへん?”

店の方から、真咲の声が聞こえた。

「杏奈ちゃんも、一緒に見てみない?」

智の言葉に、杏奈は頷いて立ち上がる。

店に戻ると、真咲は鏡の前で両手にトップスを持ち、代わる代わる体に当てては迷っているようだった。

「なぁ、智。これとこれ・・・・あれ、杏奈ちゃんも一緒に選んでくれるんか?」

「はい・・・・お邪魔じゃなければ。」

「邪魔な訳あるかいな!」

嬉しそうにそう言って、真咲は智と杏奈の目の前に、2つのトップスを掲げた。

「なぁ、どっちがええと思う?」

(やはり、『こちら』の服でしたか。)

真咲が手にしていたものは、どちらも【いつもの真咲らしい】もの。

ただ、杏奈にはなぜかそのどちらもピンとは来なかった。

どちらを選ぶこともできず、困って隣の智を見ると。

「真咲はどっちがいいと思ってるの?」

整った顔に何の表情も乗せず、真顔で真咲を見ている。

「決め手が無いから、相談しとるんやん。」

「じゃ、どっちもダメだね。」

あっさり答え、腕組みをして呆れたように智は言った。

「決め手が無いものなんて、良く選ぶ気になるね。」

「相変わらずキッツイなぁ、智ちゃんは。」

肩を落とす真咲の後ろ。

杏奈はふと、1着のシャツに目が留まった。

「そんなんで良くここのバイトが勤まってたね。」

「まぁ、客商売は向いとるみたいやからなぁ、俺。」

軽口を叩き合う2人の脇をすり抜け、杏奈はそのシャツを手に取った。

肌触りの良い、柔らかい生地。

白地に、肩口あたりから脇腹あたりに掛けて、鮮やかな赤の細い線で、大きめの花が描かれている。

自分用には絶対に選ばないデザインだが、真咲になら似合うのではないだろうか。

そんなことを思いながらシャツを眺めていると、いつの間にか智が隣に立っていた。

「やっぱり、君は面白い子だね、杏奈ちゃん。」

「えっ?!い、いや、あの・・・・」

慌ててシャツを元に戻そうとする杏奈の手を、智が止める。

「褒め言葉なんだけどな。いいセンス、してると思うよ。真咲なんかより、ずっとね。」

そう言って、智は柔らかい笑顔を杏奈に向け、すぐ側で再び服選びをしていた真咲を呼びつけた。

「真咲っ!」

「なんや?」

「これ、どう?」

「あ~・・・・ええなぁ、これ。さすが、智ちゃん。」

一目見るなり、真咲はそのシャツが気に入ったらしく、嬉しそうに顔を綻ばせる。

「違うよ、僕じゃない。」

「え?」

「選んだのは、杏奈ちゃんだよ。」

「えっ!ほんまっ?!」

言いながら、真咲は手にしたシャツを抱きしめた。

「ほな、早速着てくるわっ!」

言うなり、先に選んでいたらしいボトムスを持って、先ほどまで智と杏奈がいた休憩室へと駆け込んで行く。

「相変わらず、分かりやすい奴。」

呆れたようにそう呟いたが、休憩室の方を見ている智の目は優しさに溢れているように、杏奈には見えた。


「あの。」

「ん?」

真咲の着替えを待つ間、レジの中に入って端末操作をしていた智に、杏奈は気になっていた事をぶつけてみる事にした。

「智さんは、なぜ関西弁を使わないんですか?」

「えっ?」

端末の画面から目を上げ、智は虚を突かれたような顔で杏奈を見た。

初めて真咲の店で智と会った時、智は確かに『関西出身』と言っていた。

だが、その日も、そして今日も、智は一切関西弁を使ってはいない。

ほんのちょっとのイントネーションからでさえ、関西出身であることなど気付きようもないくらい、完璧な標準語を話していた。

「そうだな・・・・願掛け、みたいなものかな。」

少し迷うように考えた後、智は言った。

「願掛け?」

「そう。」

はにかんだように微笑み、智は唇に立てた人差し指を当てる。

「真咲には、内緒だよ。」

一見すると、それは少女漫画の中から飛び出して来た、恋バナでもしている超絶美少女の微笑みのようで。

「はい・・・・」

杏奈はうっとりと見とれながら、誘われるように頷いていた。


「じゃ~んっ!どや、似合っとる?」

休憩室から出てきた真咲は、【いつも】の真咲の姿。

やはり、杏奈自身が身に着けることは一生無いと思うような服ではあるが、真咲にはとても似合っていると、杏奈は思った。

「いいんじゃない?ねぇ、杏奈ちゃん。」

「ええ、似合ってます。」

うんうん、と頷いて、智はさっそく会計を始める。

「じゃ、それとそれで・・・・」

「なぁ、智ちゃん。『親友割引』、あらへんの?」

「あると思う?」

「・・・・あったらええなぁって」

「ない。」

「くぅ・・・・冷たいっ!」

会計が終わり、レジから出てきた智が杏奈を見て小さく呟く。

「少し、無難過ぎかな。」

「えっ?」

「ちょっと待ってて。」

真咲は着てきた服を休憩室に取りに行っているため、側にはいない。

杏奈は言われるままに、その場で待っていたのだが。

突然、フワリと首もとに何かが触れた。

「ひゃっ!」

「うん、いいね。ほら、見てごらん。」

いつの間にか戻ってきた智に手を引かれ、大きな姿見の前で立ち止まる。

そこに映っていたのは、見慣れないスカーフを巻いた自分の姿。

「アイテムをひとつ加えるだけで、印象ってだいぶ変わるんだよ。これなら、あの格好の真咲と一緒に居ても、全然おかしくない。」

ごく普通のブラウスにスカート。そこに加えられた、決して派手ではないけれども、華やかさをプラスしてくれる、淡い色合いの可愛らしいスカーフ。

「本当ですね・・・・。」

答えながら、杏奈は気付いた。

真咲がなぜ、いつもの格好をして来なかったのか。

そして、気付いていながら口にはせず、無理の無い程度に杏奈の方を真咲に合わせようとしてくれている智の優しさに。

「じゃ、それ口止め料ね。」

「えっ?!」

「なんや、どないしたん?あっ、ええやん、そのスカーフ!」

荷物をまとめた真咲が、休憩室から出てくるなり、杏奈の首元のスカーフに目を止めた。

「あ、あの・・・・智さんに・・・・」

「ほんまかいな?!智がプレゼントなんて・・・・明日は雪でも降るんとちゃう?」

「失礼だね。僕だってプレゼントくらいするよ。これは、杏奈ちゃんへのお近付きの印。」

「そらええけど、近づき過ぎたらあかんで?」

警戒顔で、杏奈を自分の方へ引き寄せる真咲の姿に、智は可笑しそうに笑った。

「そんなに心配しなくても大丈夫だよ。彼女は真咲しか見てないんだから。ねぇ?杏奈ちゃん。」

「ちょっ、智さんっ!」

「せやな。」

「真咲さんまでっ!」

頬が熱を持ってくるのが自分でもわかり、杏奈は恥ずかしさに二人に背を向けた。


「ほなな、智。また来るわ。」

「あぁ。待ってるよ、杏奈ちゃん。」

「俺のことは待っとらんのかいっ!」

「うん。」

「・・・・ほんまに、も~・・・・」

店先まで見送りに出た智に、杏奈は頭を下げた。

「智さん、ありがとうございました。」

「こちらこそ。」

先に歩き出した真咲に気付かれぬよう、智は唇に人差し指を当てて、小さく笑う。

「杏奈ちゃん、帰るで~!」

杏奈は小さく頷き、もう一度頭を下げると、立ち止まって自分を待つ真咲の元へと駆けだした。

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