きっかけ-3
「さ~と~る~っ!何で俺こないにシフト入っとんのっ?!」
「どうせ暇やろ?」
「暇やけどっ!今時週休二日は当たり前やないのっ?!この週、一日も休み無いやんっ!」
「シフト減らしてもええけど、手取り減るで?」
「・・・・っ、わかったっ!働けばええんやろ、働けばっ!」
「その通り。それより、いつまで使てんの、その下手な関西弁。」
「ええやろ、別に。」
バイトを始めて1年経った頃には、べっぴんさんの智とは何でも話せるような仲になっとった。
智は、若いながらもバイトリーダーをしとって、店長からの信頼も厚い。
この店での正社員採用を目指しているらしい。
確かに、センスも独特で抜群やと思う。
涼しい顔して、実は一生懸命勉強もしてるようやし。
ただ、俺が智を信用できる人間や思たんは、そこやない。
智は、相手が誰であろうが、それがたとえお客さんであったとしても、自分が思った事を率直に伝える。
裏表が、全く無い。
色眼鏡で人を見る事をしない。
そないな奴やってことが、分かったからや。
せやから、智には全部話した。
俺が、姉ちゃんの関西弁好きの影響(という名の命令)で関西弁になってしもたことも。
大学時代に仲間や思てた奴らに裏切られて、親から借りた金全部使われてしもたことも。
関西弁の事はさておき。
大学時代の話には、智はただ一言、こう言うただけやった。
「いい勉強になったんちゃう?」
そしてそれ以降、あり得ないほどのシフトを俺に課し始めた。
「あ~・・・・しんど。」
週休0日が2週間続くと、いくら若い言うてもさすがにしんどい。
けど、これは智の優しさや。
そう思うと、文句なんか言ってられへん。多少は言うけど。
休憩時間、俺はほぼ毎日のように、駅向こうのコーヒーショップで過ごしとった。
コーヒーの味も悪ないし、何より安いし、おまけにケーキがめっちゃ旨い。
それに、通りに面した窓際の席に座れば、色んな人が通るし、ずーっと見とっても飽きひん。
その中でも、俺にはとりわけお気に入りの女の子がおった。
近くの高校の制服を着とるから、その高校の生徒なんやろう。
運がええと、たまに道向かいの雑貨屋に入るその子の姿を見る事ができる。
智みたいに、ずば抜けたべっぴんさん、っちゅう訳やないんやけど。
雑貨屋で、なんや気に入ったもん見つけたらしい時に見せる、その子の笑顔。
その笑顔を初めて見た時。
俺はすっかり、その笑顔の虜になってもうた。
(今日はどないやろな~。)
まだ外は真冬の寒さ。
暖かい店内におると、なんや眠たなってくる。
疲れと心地のええ暖かさに、ぼーっとした頭で外を見とった俺は、窓の外にお気に入りの女の子の姿を見つけた。
(あれ?どないしたんやろ?)
普段からおとなしそうに見えるその子だが、なんだか泣き出しそうな顔をしているように、俺には見えた。
いや。
もしかしたら、泣いとったのかもしれん。
寒さのせいもあるかもわからんけど、鼻の頭が赤くなっとるし、目の縁もなんや赤くなっとるように見える。
その子はうつむき加減で、いつもの雑貨屋に入って行った。
(何があったんや?大丈夫やろか?)
名前も知らんその子の事が心配でいてもたってもいられず、俺はコーヒーショップを出て雑貨屋へ入った。
店の中で、素知らぬ振りで彼女とすれ違ってみたが、やはり思ったとおり、彼女は泣いとったようやった。
けど、見知らぬ男が女子高生に声を掛けるなんて、怪しいことこの上無い。
焦れるような思いで、俺は彼女が見とる棚の前に回り、様子を窺った。
と。
「わぁ・・・・」
腰を屈め、小さな声を上げながら、彼女が笑顔を見せた。
それは、俺を虜にした、あのいつもの笑顔。
しばらくの間、彼女はそうして何かを眺めとったが、やがて
「ありがとう。」
と小さく呟いて、雑貨屋を出て行った。
(良かった・・・・笑てくれて。)
この時、心の底からホッとしたのを、よく覚えとる。
けど、いったい何が、あの泣いとった彼女の笑顔を取り戻してくれたんか。
俺は気になって、彼女が見とったもんを確かめた。
(これ・・・・か?)
そこにあったんは。
ユニークやけど、なんとも可愛らしい顔が描かれた、小さな起き上がりこぼしやった。
(ええなぁ・・・・。俺も、こないなもん扱う商売、したいなぁ。)
この時初めて、俺は自分の『夢』を持ったような気がした。
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