きっかけ-1
「近いうちに智のとこ服買いに行こ思てんねんけど、杏奈ちゃん、一緒に行かへん?」
そう真咲に誘われたのは、つい先日のこと。
最近有給の取得をしていないことを思い出した杏奈は、真咲の雑貨屋の休みに合わせて有給を取り、平日に真咲と出かけることにした。
「智さんのお店は、どこにあるんですか?」
「ん~、まぁまぁ近くやな。」
待ち合わせは、杏奈の勤める会社と真咲の雑貨屋の最寄り駅。
ごく普通の身なりで現れた真咲は、ごくごく自然に杏奈の手を取り、歩き出した。
真咲と手を繋いで歩く。
そのこと自体にはだいぶ馴れてきた杏奈だったが、いつもとはかなりのギャップの、いわゆる「普通の格好」をしている真咲の姿には、やはり違和感を覚えてしまう。
(今日は『どちら』の服を買うのでしょうかねぇ?)
密やかな楽しみの為に敢えて真咲には聞かず、杏奈は真咲に連れられて目的地へ向かった。
(あれ?ここって・・・・)
他愛もない会話を交わしながら電車に揺られている内に、杏奈はふと懐かしさを覚えた。
(久しぶり。)
その路線は、杏奈が高校に通っていた頃に使用していた路線。
(確か、次の駅。)
そう思った時。
「次の駅で降りるで。」
「えっ?」
真咲の言葉に、杏奈は思わず声を発してしまった。
「次の駅、ですか?」
「そや。懐かしいやろ?」
「・・・・え?」
(真咲さんに高校の場所お話したかな・・・・)
確かに先日、高校生の時の話を聞いては貰ったが、駅名までは言っていなかったはず。
不思議そうな顔の杏奈に、真咲が言った。
「智んとこ行く前に、ちょっとお茶でもしよか。」
「え?」
「俺も、杏奈ちゃんに聞いてもらいたい話、あんねん。」
淡いブラウンの瞳で穏やかに微笑む真咲に、杏奈は小さく頷いた。
駅を出ると、真咲は杏奈の高校とは逆の方向に向かって歩き出した。
その先には、高校時代に杏奈がよく通っていた小さな雑貨屋がある。
真咲は雑貨屋とは細い通りを隔てた反対側にあるコーヒーショップへ入った。
「あの窓際の席に座っとって。」
そう言って、真咲はレジカウンターへと向かう。
言われた通り、杏奈は通りに面した窓際の席に腰を降ろした。
その席は、斜め向かいにある雑貨屋が良く見える席だった。
(懐かしい・・・・そういえば最近、ずっと来てなかった。)
幼い頃から雑貨好きではあったが、杏奈が一人で雑貨屋通いをするようになったのは、責任感を持ってある程度の時間とお金を自由に使える高校生になってから。
まさに、今見ている雑貨屋が、原点の店だった。
「お待たせ。」
「ありがとうございます。」
コーヒーがふたつ、ケーキがふたつ乗ったトレイを持って、真咲が杏奈の隣の席に腰を降ろす。
「どっちがええ?」
(ケーキ?!)
予想外の事に杏奈がケーキを凝視していると、真咲は照れ笑いを浮かべて言った。
「俺、酒も飲むけど、めっちゃ甘党やねん。ここ来ると、必ずケーキも食べてまうんや。杏奈ちゃん、甘いもん苦手やった?」
「いえ、苦手ではないですが、朝からケーキを食べる事があまり無いので。」
「え?ケーキ食うのに、時間て関係あるん?」
しばし、2人で顔を見合わせる。
「生活習慣の違い、じゃないですかね?」
「せやな。」
とりあえず、と。
杏奈はミルクレープを、真咲はショートケーキを取り、お互いにコーヒーを一口飲んで一息つく。
「真咲さんは、よく来るんですか?このお店。」
「ん?ああ、智んとこでバイトしとった時な、しょっちゅう来てたんや。」
「バイト?智さんのお店でですか?」
「そや。ま、そん時は智もまだバイトやったけどな。」
懐かしそうな表情を浮かべ、真咲はショートケーキをおいしそうに頬張る。
「俺が大学卒業した後の事や。智はまだ大学行っとってな。」
そう言って、真咲は話をし始めた。
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