七話目。スポットライト下にて

「でも、それって嘘ですよね。」

あくまで笑顔で、役者の演技に深く感じ入る観客のように、私は告げた。


「いや、信じられないかもしれないけど、でもこれは」

「残念ですけど、あなたの語った物語には、穴がいくつかあります」

先輩の発言は悪いけどぶった切らせてもらう。その先を、先輩に続くはずの「本当だ」という言葉を言わせるわけにはいかないのだ。


「まず1つ目。そもそも、そのような物語、信じろと言われても信じられるわけがないんですよ。何故私みたいなのを殺すのに一日を何回も繰り返す必要があったのか。何故最後だけ私を殺さずに終わったのか。非合理的にも程があります」

「いや‥でもそれに関しては否定も肯定もできないし」

こんな答えでは納得出来ないのは予想済み。‥‥というかこれを受け入れてもらっては困る。そもそもこれで引き下がるような人があんな長芝居を打つはずがない。これで引き下がるような人は、多分私と同類の人間だ。


「2つ目。ご友人は私の名前をうわ言で呟いていると言われていましたが、あの記憶の中には私の名前もあった。つまり、私の名前を思い出すことも、知ることもご友人には出来ないはず」

仮にどこかで私の名前を聞いたとしても、先輩の名前のようにノイズがかかって聞き取れないはずだ。だからこれは矛盾している。即ち、嘘であるということ。


「3つ目。もし私が殺された記憶を忘れたいのならあの記憶の中に、記憶の持ち主の主観が入っていないとおかしいんです。事実だけを忘れて罪悪感を、後味の悪さを残しているのはそれこそ意味がないというもの。」

「でも、その記憶はお前だけが見たもので、この話を聞いた後に作ることだっていくらでも」

「出来ないですよ。何故ならこのことを私は先輩がその話をする前に既に語っていますから」

先輩は、しまったというかのように拳をギュッと握りしめて。


「そして、4つ目。毎日のように私を殺すこと“だけ”を強制され続けてたんですよね。・・・その記憶の中には殺されなかったものも含まれていました。」

先輩は、死刑宣告でも受けたかのようにがっくりとうなだれて。


「もういい加減良いですよね?最初の一つはただ単に言いたかっただけなので置いておくとして。あなたの語った物語には3つの穴があります。二つまでならまだ記憶違いかな、と思えたのですが・・・流石に三つにもなるとこの話が本当なのかを疑わざるを得ない。その目線に立った時、一つ目の疑念も無視出来ないものとなります。残念ながら私にはそこまで現実味の無い話を、真実だとは思えません。」


「・・・でもこれ以外にこれより更に信憑性のある説明なんか付けることが出来ないと思うんだけど。何故なら、そもそも記憶そのものが同じ人物が何回も殺される、という記憶そのものが非現実的。」


「でもそれが誰かの記憶であることは確か。そしてそれは、先輩と視点は違うとしても同じ記憶を共有しているということは分かっている。そしてこの記憶が非現実的であり、論理的に説明出来ることではない、ということ。つまり一番自然なのは、」

息を吸う。続けようとする声は震えてしまった。


「この記憶が虚構だった。ということですね。」


「でも、これが確かには宮凪自身が一番よく分かってる。その仮説はこの話の前提であるこれが実際にあったことだってことを完全に無視しているでしょ。」

先輩がぼそっと呟いた言葉は、しかし私の仮説の弱点を捉えていた。

「でも、どんなことがあろうとこれが現実であることはこれが魔法や錬金術によるものだとしたら別ですが、私がその発想に至っている時点でそれはないということになります。それは確定。でも、どうやって虚構を記憶にしたか、それと私が繰り返し殺された理由がどうしても分かりません。忘れようとした理由も、今の私だったら、何かしらの理由があったんだろう、としか考えられないんです。夢オチ・・・では無いでしょうね。今の私が夢という選択肢を考えることが出来るなら。虚構だと考えるなら、記憶の持ち主のことも、繰り返し殺されたのに生きている理由も、自分が殺されてる記憶なのにのに安心感を感じる理由の半分もも分かるのに。」


最後のフレーズを聞いたと同時に、先輩は顔を上げる。それはあまりにも予想外、と言いたげな表情に感じた。

「あ・・・し・・・」先程よりも高さと声量を落として喋られるその声は上手く聞き取ることが出来ず。聞き返そうとしたところで、先輩に遮られた。

「じゃあ、記憶の持ち主は誰だと思っているの?」


「それは・・・私、です。この記憶が虚構だと仮定するなら、絶対にこの記憶を見ても何も感じることのない第三者は必要ないんです。登場人物が自分であるとしても、虚構であるのならそれを演じているのは私ではないため、文字通り客観視出来ます。私は私の名前を忘れていませんが、それは自分の名前は記憶として忘れることが出来ない例外だから。そして、よく考えてみたらこの記憶には感情が一つだけ残っていました。私の、すべての記憶を再生し終わった後の安心した、懐かしいような少し痛みも感じるような、そんなものが。私はそれを勝手に、見終わった後の今の私の感情だと勘違いしていました。でも、この記憶はただ私が加害され、殺されていくだけのもの。この記憶を見ただけではそんな温かい気持ちになれるわけがないんです。」


「そう・・・なんだ」

そして先輩はその正誤を告げるわけでもなく、また俯いてしまった。


「悔しいですね・・・全部思い出せたら。そうしたら分かるかもしれないのに。もう私は思い出すことも、知ることも出来ないので。例え先輩が話してくれたとしても。」

今まで忘れていた濡れた制服の重みが、いきなり体にのしかかってきたようだった。


このまま忘れたまま一生を過ごすのだろうか。きっと大丈夫だろう。自分が誰かに繰り返し殺されていたという問題は、一応、という留保付きではあるが解決された。じゃあもう良いんじゃないかと。悔しい気持ちを抱えたまま諦めれば良いんじゃないかと。

でも実は諦めが悪かったらしい私の目は、一筋の透明な雫を流した。堪らえようとして、喉の痛みが抑えきれなくなって、思わずプールサイドから目を背けてしまう。止めろ、何かの間違いだから、止まれ、止まれと念じるも虚しく一向に止まってくれる気配は無い。


「絶対に、絶対に後悔しない?」

上から声が降ってくる。なんだいきなり。後悔しないも何も今絶賛公開中、じゃない後悔中だ。認めたくはないけれど。


「記憶を消すま前のお前の努力を決意を、辛い思いも全て無駄にするかもしれない。また‥いやもっと更に辛い思いをするかもしれない。それでも、思い出したいの?」

思わずプールサイドを見上げる。一体‥一体この人は何を言っているのか。


「思い出したいです、絶対。記憶を消す前の自分が何を考えていたかは分からないけど、知らずに前に進みたくないです。」


先輩は、目を瞑って依然ただひたすらに青い空を仰いだ後、

「全部、俺の責任だから。俺のわがままだから。何かあったら俺を恨むこと。いいね。」


そして何か小さい、キラリと光るものを私に向かって放り投げた。

「これ、は。」


滲む視界で慌ててキャッチすると、それは均整の取れたダイヤ型。そして、とても綺麗な桜色をしていた。青色のもの同様、微かな懐かしさを感じさせるそれは、今の私には自分のものだと確信するに十分なものだった。


桜色の結晶を口に含む。口の中にほんのりと広がる甘い、どこか爽やかな甘酸っぱさを感じさせる味。微かに広がる桜の香り。味わうのも惜しんで飲み込んだ。

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