五話目。非日常にて
翌日。目覚めていつも通り支度をして、いつも通り学校に行って、いつも通り寝たり寝なかったり、上の空で授業を受けて。・・・いつも上の空で授業を受けているのはどうかと思うが。
自分が何かをしようとしていることが絶対にバレないように。極力いつも通り。
変わったことと言えば、栞と一緒のお弁当を食べている時に
「栞、二年生になってから変わったよね。」
と言われたことぐらいだろうか。理由を聞くと、他の人に対してあまりビクビクしなくなった。堂々とするようになった、と。
でも二年生になるまでの間に私にあったことと言えば、記憶を手放したこと、それぐらいしか無いのだ。記憶を失う前の自分は何を考えていたんだろう、どんな人だったんだろう。記憶のことをぼかして栞に聞いてみるも、栞はただ曖昧に微笑むだけだった。
そして授業が全て終わると栞に今日は予定があると告げて、終礼が終わるとともに教室から駆け出した。
目指すは少し離れたところにある、普通にしていれば人もほとんど通ることもないプール。水泳部が今日は学校のプールを使わないことは栞を通して確認済み。つまり不法侵入してもバレないだろうということ。
よい子の皆は真似しないでね! というテロップが頭の中をぐるぐると巡る。
シャワーの横を素通りして、制服のままで階段を駆け上がってプールサイドまで。スリッパはスタート台の上に綺麗に揃えておく。セーラーカラーからスカーフを解いて手に持つ。そしてそのままスタート台の上に体育座りをして。
ここから先はひたすら待機時間。要するに焦らしゲーである。(違う)
待ち合わせの時間まで十五分前、十分前、五分前まできたところで、階段からコツコツコツ、と足音が聞こえる。
待ち合わせまではまだ時間がある=つまり先輩ではない=見回りに来た先生だろう
という方程式が頭の中で瞬時に成り立った。
このままでは計画が破綻してしまう、と慌ててスリッパを回収。
慌ただしく履いてから隠れようとするもそもそもプールなんて場所に隠れる場所はほぼゼロに等しく、間一髪、ビート板をしまっている大きなカゴの裏に隠れる。
そもそも死角がほぼ無いからすぐに全体を確認することが出来る。そもそもこんな時期に水泳部でもないのにこんな場所に来る酔狂は自分ぐらいである。ぱっと見てからすぐに帰るだろう。
なんて、私にもそう思っていた時期がありました。
「あの、全然隠れられてないけど。何やってるの?」
声が上から降ってきて、しまったと身を硬くする。でも何処かで聞き覚えのある声な気がする。そうだ、私の名前を呼んだあの声。
恐る恐る顔を上げると、記憶の中で何度も何度も繰り返し見せつけられた、正直もう忘れることはなさそうなあの顔。
文字化け先輩改め、記憶の中の私を何度も殺した、ある意味連続殺人犯とも言えなくもないその男はビート板のカゴの裏で縮こまっている私を何やってるんだこいつ、という半分不思議がり半分呆れたような目で見下ろしてる。
正直それは自分が一番言いたいが。
そして、私はここでプラン1の失敗を確信した。そのまま何事もなく進めるために、意識をプラン2に切り替える。
もちろんプラン2なんてものは元々存在しないし一ミリも考えたこともない。
それでも先輩がここに来た、ということはある意味成功した、とも言える。この局面を上手く乗り切ればあるいは、という期待を持って口を開く。
「しゅ、趣味ですかね‥」
前言撤回。考えうる限り最悪の答えを叩き出した自分をタコ殴りにしたいという衝動も虚しく、羞恥に顔は熱くなるばかり。
当然のごとく先輩もただただ困惑している様子。自分殺しの連続殺人犯の前でここまで奇行に走り困惑させた女子高生って他にいるだろうか。いや、いない。(反語)確実にいない。(強調)もし居たのなら、私も含め天然記念物として保護されるのではなかろうか(反実仮想)
羞恥を隠すためにあははと愛想笑いをしながらのそのそとカゴの裏側から這い出る。
「それで、ここに呼び出したのってお前?」
残念ながら私はきっと違ってくれと心の底から願っているであろう先輩の期待を裏切りまくっていくスタンスで口を開く。
自分から盛大に墓穴を掘っておいてなんだがここから仕切り直していかないといけないと、大きく息を吸い込む。
「そうですよ。あなたを呼び出したのは、私です。」
そう言ってくるりと背を向け、一歩一歩進む。正直相手が相手だけに背中を向けるのは少し怖かったが、今からすることに対する高揚感が打ち消してくれた。私のようなものを命知らずと言うのだろう。止めてくれる人がいなかったら早死するに違いない。
スタート台に上がって着いて再び後ろを向くと、先輩はどうやら付いてきている様子。
それでいい、と心の中で呟いてわざと見せつけるようにスリッパを脱ぐ。
揃えたスリッパ、手に持ったスカーフ、プール、制服。これだけあればきっと私が何をしようとしているか、分かるはず。そしてきっと止めようとするだろう。
そのために近づいてくる。私は手に持ったスカーフを放り投げる。上は雲ひとつ見当たらない青空、下はそんな青空を映し出すプールの水。私が投げた赤いスカーフは、その間でゆらゆらと漂った後、水の上に浮かぶ。不覚にも一瞬見とれていたら、先輩はすぐそこまで来ていた。
「いきなり何を・・・」
相手がそう言い終わる前に、プールの方に向き直りに倒れ込む。
視界はスローモーション。別に死ぬわけでもないのにな、とぼんやりと思いながら水に、自ら沈み込もうとする。
先輩は焦って手を伸ばすも、その位置、その瞬間から伸ばしたところで届きやしないことは分かりきっている。
奇しくも傍から見れば先輩が私を後ろから突き飛ばしたかのような構図にも見えるだろう。
それでいい。私はスカーフに手を伸ばして、それでも手は届かずにそのまま水のベッドに包み込まれるように沈んでいく。
水が何の用意もなく突然飛び込んできたものをお布団のように優しく包み込んでくれるわけもなく、バシャンと音を立てて激しい水しぶきが立った。
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