四話目。放課後、隠密活動にて

七時間の授業を寝たり寝なかったりしつつこなし、昼休みには栞のラブレターを書くことについての相談を受けながら過ごして、放課後になった。


栞の告白の衝撃も後を引いていたが、残念ながら私には更に考えないといけないことがある。


例の先輩についてどうするか。何をするかについては比較的固まっていたがそこまでどう導いていけば良いのか。


 なかなかいい方法が思いつかず、唸りながらながら靴箱に向かう。この状況を他の人に見られたら確実に変なやつだと思われるだろう。そして私の周りにはかなりの数の人間がいる。‥つまりはそういうことだ。


栞は手紙の最後の添削をするようだから今日は普通に一人で帰ることになる。その時まではそう思っていた。


 靴箱に至るまでの廊下。そのわずか数メートルの間に本日二度目となるあのダークブラウンの頭を見つけてしまった。


私が見ているのは後ろ姿。つまり、まだ見つかっていないと自分に言い聞かせつつそっとその動向を観察する。


先輩は人混みをやり過ごしながら自分の靴箱にたどり着いて靴を取り出し、こちらに気づいた様子もなく背を向けて靴箱を出る。


 三年B組十二番。靴箱は扉が付いていて外からは中が見えないもの、そして学校から配布されるダイヤル錠をきちんとかけている人は少ない。先輩も鍵を掛けていた様子は無かった。


つまり、やることはただ一つ。脳内の私がニヤリとほくそ笑む。

足りなかったピースがカチリと音を立てて埋まった。


 何も無かったかのような顔をしてまた自分の教室に戻る。良かった。栞はまだ手紙と格闘しているようだ。


その後ろに足音を殺して忍び寄り、肩をぽんっと叩く。栞は声にならない悲鳴を上げた。私には彼女が猫のように毛を逆立てている幻覚が見えた。


「あっなんだ、裕か‥‥びっくりした」

「びっくりさせてごめんね栞。突然で悪いんだけど便箋と封筒を一つ、くれないかな」

栞はまた突然の申し出に目を丸くしながら快く便箋と封筒をくれた。理由を聞かないでくれるのがとても助かる。

‥‥むしろそのせいであらぬ誤解をされていないといいんだけど。


 便箋にを開いてそのまま文を書こうとして、あの先輩の名前を知らないんだったと気づいた。どうしよう。栞に代筆‥してもらうわけにもいかないので宛名は無しで。この時点で既に怪しさ満点。自分の名前も書く気は無いから怪文書として処分されてもおかしくない気もする。それでも一縷の望みをかけて、ペンを走らせた。


「話したいことがあります。5月13日放課後15時40分、プールサイドに来てください」


 これだけのシンプルなことを伝えるためだけに、なぜこうも怪しい手紙になってしまったのか。

明日急にこの手紙を見つけて、しかもその日の放課後にプールサイドに呼び出されて来るようならそれはそれでどうかと思ってしまう。男性諸君のベタな期待を利用する形になっているものの、あの先輩は悔しいがそこそこ女の子たちにモテそうな顔立ちをしていたのでそれも怪しいかもしれない。

それでも来ることに賭けて準備をするしかないだろう。


 なんとなく足音を殺しつつ考えながら歩いていたらいつの間にか靴箱までたどり着いていた。辺りを見回すと誰もいない。私は迷わず先輩の靴箱を開けて手紙を中に入れ、扉を閉じる。


もう帰るね、と栞に伝えるために教室の方向へ足を踏み出した。


 家に帰って宿題をそこそこに済ませ、夕飯を食べてお風呂に入って、波風を立てないように気をつけて過ごすもいつもと同じように10時になったら寝ろと怒られた。詰めが甘かったか。

しぶしぶ眠りにつこうとしてもなかなか眠ることができず。自分の気分が高揚しているのを感じた。


 どうしてだろう、明日私が会うのは記憶の中で私を何度も何度も、しつこいぐらいに私を殺した人だ。それなのに何故。

もしかしたらまた殺されるかもしれない。その時はまた今みたいに何故か生きているなんてことはもう無いかもしれないのに。そこまでして思い出したいと思う理由は何だろうか。あの懐かしさと安心と微かな痛みの理由は?


そしてまた悶々と考え続けて気づいたら夢に移行していたようで、


 またあの声が、私の名前を呼んでいた。

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