三話目。他愛ない日常にて
そして迎えた翌日の朝。
記憶の中のあの人を探そうと意気込んだはいいものの、本日は木曜日。祝日でもなんでもない。
そして私も悲しいかな華の女子高生。学校生活というものがある。
既に友達は家の前で待機していて、私が出るのが遅ければきっと心配して呼び鈴を鳴らすだろう。
今更仮病で休むわけにはいかない。つまり完膚無きまでの敗北である。‥‥戦っていないけれども。
とりあえず今のところは捜索を諦めることにする。まあ元々捜索の手立てなんかなかったのだから気持ちの問題だきっと。
大人しく数少ない徒歩勢の友達、栞と学校へ向かう。‥徒歩勢の、というか元々友達自体栞以外に数人しか居ないのだけど。でも言い換えると他にも数人はいるということ。‥ただ名前が出てこないだけで。
そして、学校に到着する。そして、
‥誰が予想しただろうか。私はどこでフラグを建てただろうか。不幸にも心当たりしか無い。いやでも、この事自体は幸運と呼ぶべきだろうか。
栞と話しながら教室に向かっている際、見つけてしまった。否、すれ違ってしまった。
サラサラとした焦げ茶寄りの少し長めの髪、今の角度だと黒に近く見える目。そこまで考えたところで、目が合ってしまっていることに気づく。
どうしよう、見ていたことがバレてしまった。
ここだけ切り出すとさながら少女漫画。残念ながら美少女でない私は乙女ゲー的展開は御免被りたい。
今の私を支配しているのは今はまだ根にも干渉する予定がなかったのに目があってしまったことに関する焦りである。
そもそも相手は私を何回も何十回ももしかしたら何百回も殺した相手である。残念ながらその人との心の準備をしないままでの邂逅はご遠慮したい。したい人がいたら私は切に友達になりたい。でもコミュ障なので話しかけには行けない。
取り敢えず私は何も見なかった。そういうことにしておこう。
そうして、自己評価百点満点のポーカーフェイスをしてその人の横をそのまま通り過ぎる。
隣を歩く栞は心配そうな、不安そうな表情で。そしてその人はすれ違いざまにちらっと私の顔をもう一度見た後、そのまま通り過ぎた。
正直心臓ばっくばくだ。何故自分が平然に見せかけていられるのかが不思議なくらい。横から栞の気遣うような視線を感じるのはきっと気のせいだろう。
その人からある程度距離を稼いで、なんなら自分の教室までたどり着いてから栞に話しかける。正直生きた心地がしなかった。
「ねえ栞、あの人って誰か知らない?」
「あの人っていうか、先輩だよ。讚サ逕ー先輩。裕も・・・ごめん。なんでもない」
栞は何かに気を使ったかのように黙り込む。そのことも気になるが、そのことよりも
その先輩の名前が、私には聞き取れなかった。
まるでノイズがかかったかのような、この国の、いや人間の言語ですら無いような響き。百歩譲ってそういう名前なんだとしても栞はどうやって発声したのだろうか。ちょっとその声帯の仕組みを知りたい気もする。
「ごめん、先輩の名前聞き取れなかった。変わった名前なのかな。もう一回言ってくれない?」
「特に変わった名前だとは思わないけど・・・讚サ逕ー。讚サ逕ー先輩だよ」
そう言って栞は意を決したように口をつぐんでしまった。もうその先輩に関しては何も言わないなんて声が聞こえてくるほどに。‥それはつまり他に何か知っていると示すことと同義だということに気づいているのだろうか?
そして優しい友達である私はそのことには突っ込まずにスルーする。
そして、このやり取りで分かったことがある。先程はあんなことを考えてしまったが、バグっているのは栞の声でも、その先輩の名前でもない。私の頭だ。
‥成績が悪いとか突飛なことしか考えないこととかそいう意味ではなく。
先輩の名前がああ聞こえるのは私だけで、事実私の周りのクラスメイトはまるで何事もないように話している。
その理由は、私だけにしかそう聞こえていないから。
私と他の人達の相違点は何か。私には失っている記憶があるということだ。
恐らく、私が見つけられなかった桜色の結晶の方に封じ込めた記憶にきっとあの文字化けしたような名前の先輩‥‥もう普通に先輩と呼んで良いだろう。その先輩は関わっている。
そして青色の結晶の方にも先輩が、それこそ主演として映っている。
つまり、私は二重の意味であの先輩と関わる理由が出来てしまった事になる。
元々関わらないという選択肢は無かったとはいえ、思わず盛大なため息をついてしまう。ため息の強さを測る機械があったら恐らくギネス記録に惜しくもかなわないくらいじゃなかろうか。何故なら上には上がいるからである。
「裕、ど、どうしたの?」
突然盛大なため息をついた友達の顔を、栞は引きもせずに心配そうに覗き込んだ。
「なんでもないよ大丈夫。それより栞私に話したいことがあったりしないの?」
心配してくれる栞には悪いけど、このことを話すわけにはいかないだろう。いくら栞が優しい子だとは言っても数少ない友達に離れていかれたら私の高野豆腐メンタルなんてすぐに潰れてしまうといっても過言ではない。
そしてその友達は、
「あ、え、なんで分かったの‥‥?」
驚きながらも頬は嬉しそうに上気させて。目はキラキラと輝かせている。
どうしてこうなった。正直分かってなどいないし完全に話を逸らすための言葉の綾というか、とにかく思いがけないクリーンヒットを打ったらしい私はちゃんとした答えが出来るはずもなく
「う、うん。私栞のことなら何でも分かっちゃうからね!」
正直に言うと我ながらキモい。言う相手によってはストーカー扱いと言うかストーカー宣言と言うかそこらあたりのフラグを乱立させている答えである。
しかも普段の自分よりも明らかに声が高いしなんか裏返ってしまっているようにも感じる。なんならテンションも異様に高い。
しかし優しさがカンストしている純粋な我らが友人栞はそんなことなどつゆも疑わず、むしろどうやら心を動かされたようで。
「裕すごいね! それでね、これが相談したいことなんだけど、今は隣のクラスの去年クラスが一緒だった一年生唯一の解体同好会の子、いたでしょ、その人にお手紙で気持ちを伝えたいなって思って、でも勇気が出なくて‥‥」
ちらっと栞の机の方を見ると、確かにその机の上には可愛らしいレターセットがちょこん、と乗っていて、筆箱にはいつもは持ってきているのを見かけないペンが入っていた。
思っていたのとはまたジャンルも方角も違うが乙女にとっては天と地がひっくり返るような悩み。思わず椅子から音を立てて立ち上がる。
えっもしかしてこのことじゃなかったの、と今更ながら焦る栞と二人で立ち尽くしたまま顔を赤くしていると数学の先生が入ってきて、
慌てて席についたその瞬間に授業開始を告げるチャイムが鳴り出した。
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