自動人形ラミナ

 その日のオリーゴ家の食卓はいつもよりも賑やかだった。突然の客人フィロは口の達者な男だった。旅人であるためか見聞が広くて、話題の尽きることがなく、冗談もうまい。その上、オリーゴ家所蔵の上質なワインが、フィロの口をことさら饒舌にしていた。


「フィロさんは、妹さまの結婚式にご出席なさるために、先を急いでいたとおっしゃってましたね」


 クレメンスは楽しい晩餐にすっかり上機嫌だ。こちらの口もよく動く。フィロは頷き、頬張ったばかりのシチューの肉をワインと一緒に飲み下した。


「ええ。まぁ、先を急いでいたと言っても、今日明日中に到着しなければならないわけではありませんからね。それに、カイトは速いですから多少の遅れはどうにでもなります。これはゆっくり旅を楽しみながら来いということかもしれないと思って、焦らず向かいますよ」

「今日はとても良い日ね。まさかこんなおめでたいお話が聞けるなんて思わなかったから」


 マーテルが顔中のしわを寄せて表情をほころばせた。


「ありがとうございます。戦争が終わってくれましたからね。妹も幸せを掴むチャンスがあったんです。ぼくの故郷の町にもデクスラント軍が迫っていました。目と鼻の先にね。もしかすると、あと一日戦争終結が遅れていたら、故郷も戦火に晒されていたかもしれない」


 フィロが口にした戦争という言葉が、食卓に思い空気をもたらす。数年経った今でさえ、戦争の記憶はまだ人々の心に深い傷痕になって残っている。マーテルの笑顔にも影が落ちた。


「それはそれは。危ないところでしたわねぇ。ご無事で何よりよ」

「ええ。よく無事でいてくれました。この世でたった一人の妹ですからね。兄としてはいつも心配をしています」


 フィロの苦笑交じりの表情は妹を想う兄のそれだ。殺伐としかけた食卓の雰囲気が、春の雪解けのようにゆっくりと和らいでいく。


「願いが叶う樹の話って、皆さんご存知ですよね?」


 だしぬけにフィロが皆の顔を見回す。突然の話題の転換に少し驚きながらも、皆は一様に頷いた。


「この辺りの国々じゃ、みんなこの言い伝えを子供のときに聞いてる。いや、急に何でこんな話をし出したかっていうと、妹の結婚が決まったのには、ぼくの力によるところが大きいって自負があるんです」


 フィロがそう言うと、クレメンスが興味ありげに身を乗り出した。


「一体、それはどういうことです?」

「いや、実はね、カイトで旅をしている最中、ぼくはその願いが叶う樹に辿り着いたんですよ。それで、故郷で無事に生きていてくれた妹のために、その樹に妹の幸せを願ったんです」

「だから、妹さまの結婚が決まった。と?」


 クレメンスが言い、フィロは頷いてにんまりと笑う。


「ええ。そうです。それが何か?」


 これは冗談だ。すぐに皆がそれに気付いて互いを見合う。フィロは自慢のジョークが決まったとばかりに、したり顔を浮かべた。食卓が笑い声に包まれる。どうやらこの冗談は気に入られたようだ。


「でしたらば、神さまが引き合わせたご縁なのでしょう。妹さまはお幸せになるわね」


 マーテルが顔中のしわを寄せて笑い、ワイングラスを掲げた。クレメンスもつられるようにグラスを掲げる。


「妹さまの幸せに乾杯しましょう」


 フィロは礼を言って同じようにグラスを掲げ、その中のものを一気に喉へ流し込んだ。フィロが空にしたグラスをテーブルに置くと、屋敷に従事するメイドオートマタが静かに近づき、そっとグラスにワインを注いだ。


「そうだ。彼女のことを紹介するのを忘れていましたね」


 クレメンスが思い出したように手を打った。彼女とは当然、メイドオートマタのことだ。

「彼女はラミナといいましてね。先の戦争が終わってしばらくしてから屋敷に迎えたオートマタなんですよ。どうです? 美人でしょう?」


 クレメンスの口ぶりは、まるで自慢の娘でも紹介するかのようである。フィロはメイドオートマタを振り返った。ワインボトルからただの一滴もワインを垂らさずに、常に同量でグラスを満たす精巧な機械人形。確かに美人である。非人間的な完璧さを備えた顔貌だ。


「精巧ですね。ギクシャクとした動きが全くない。人間と変わらない動きなのに、仕事の質は明らかに人間以上だ。それに……」


 フィロはそう言ってラミナを見上げた。ラミナも後ろに控えながらフィロに目を向けている。互いを見定めるように、二者は見つめ合った。フィロは次の言葉を吐き出すまでに、少しばかり長い時間を要した。それはまるで次に紡ぐ言葉を慎重に選んでいるかのようだった。


「おっしゃる通り、美人です」


 フィロはそう短く言って、ラミナから視線を外し、いましがた注いでもらったワインを口許へ運んだ。クレメンスは自慢のオートマタを褒められたのが嬉しいのか、一層上機嫌に微笑んだ。


「わたしも戦時中は軍に従事した身ですから、オートマタと言えば真っ先に機巧兵団を思い出します。見たことがおありですか? こんな愛らしいものじゃありませんでしたよ」


 フィロはグラスを静かに置いた。

 再び食卓の空気が張り詰めた。二度目の戦争の話題にデリケートになったベネが、不安を紛らわせるようにクレメンスの腕にそっと手を乗せた。


「不気味なもんでしたよ。無表情で冷徹に、そして正確に任務をこなす様子はね。あまり何度も会いたいと思えるようなものではありませんでした。もっとも、戦争が終結してから、機巧兵団は全て廃棄処分になったようですけどね」


 フィロは肩をすくめた。クレメンスはベネの手に自分の手を重ねながら、淡々と夕食の給仕を務めるラミナに目を向ける。


「オートマタも様々ですね。ラミナは民間用に生産されたオートマタです。当然、不気味と感じたこともありません。素直に従順に、日々の仕事をこなしてくれますよ。せめて、笑ったり人間味のある表情をしてくれたらと思いはしますけどね」


 クレメンスは苦笑した。それでもラミナに向ける目には、家族に向けるそれと同じ暖かみがある。フィロは微笑んだ。


「いやいや、愛らしいものですよ。機巧兵団のオートマタはそもそも戦うために作られたものだ。ラミナとは違います。オートマタ兵があんなにエプロンドレスを愛らしく着こなすことができますか? もしかすると、笑わないのは単に照れているだけなのかもしれませんよ」


 ラミナは粛々と己の仕事に注力している。その様子に言及したフィロの軽口で、食卓に暖かい笑い声が戻った。

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