第14話 隠し事は難しい

 沈黙が満ちる。

 それぞれが考えを巡らせていた。


「……あの、どうしても、気になるんですが」

「なんだ?」


 伶奈がじっと仁と凪を見比べた。


「どう考えても、凪さんは清水家の方ではありませんよね。清水家は才能あるものは幼少の頃から祓い屋の訓練を受けると聞いています。興味の有無は関係ないはずです。凪さんには、あるべき知識がないように思います」

「……遠縁だと言っただろう。今は清水を名乗らせているが、つい最近まで祓い屋とは関係ないところにいたんだ」

「そ、そうなんですよ。今まで祓い屋とは全然関係ないところで育ったんですけど、仁さんに引き取ってもらえて……」


 遠縁ということ以外は全て事実である。だから焦る必要はないと思うのだが、元々嘘や誤魔化しが苦手な質であることが如実に表れてしまった。


「……嘘ですね、全てではないですけど。何故身分を偽るのですか」

「偽ってねぇ。こいつは俺の助手だ。まだヒヨッコのな」

「……土御門の血縁ではないと?」

「あ?」


 疑いの眼差しが凪を貫いた。伶奈は既に仁の言葉を信用していなかった。


「先程の呪詛が土御門を狙ったものなら、それが襲ったのが凪さんだったのはどう説明するんですか」

「……一番近くにいたからじゃねぇか?」

「いえ、一番近かったのは清水様でしたよね。あれは明らかに凪さんを狙っていましたし、貴方も真っ先に凪さんに警告をしていました」

「……」


 ついに仁も誤魔化しが難しくなった。そもそも凪が清水を名乗ることになったのは昨日の晩のことで、その設定について深く考えていなかった。


「あ、あの!ごめんなさい。偽るつもりじゃなかったんです……」

「凪!」


 伶奈に疑われ、仁に迷惑をかけている罪悪感に耐えられず、バッと頭を下げる。すぐに仁に制されるが、既に発された言葉は消えない。


「……つまり、凪さんは土御門の血縁だと?」

「凄く遠い血縁、なんだと思います。ほんと祓い屋の土御門家と言っていいか分からないくらい遠くて……。それで、今仁さんのところに引き取ってもらって、色々教えてもらうことになっているのは事実なんです」

「そうですか……」


 仁が苦々しい表情をするが、凪は少しほっとしていた。意図的に嘘をつき続けるのは辛かったからだ。


「土御門のお血筋なら、凪様、と呼んだ方がいいのでしょうか?」

「いや、全然、俺のことなんて、呼び捨てでもいいですから!」


 凪が真実を話していると信用出来たのか、伶奈の表情が柔らかくなる。冗談めかした口調で敬称の変更を提案されたので、凪は慌てて手を振り拒否した。


「では、これまで通り凪さんと呼ばせてもらいます」

「はい、それでお願いします」

「伶奈……当主には報告しないよう頼めるか」

「それは……何故でしょう?今さら、土御門のお血筋の方に何かしようという気はありませんが」


 仁の頼みに伶奈が首を傾げる。その目は、橘家を信用していないのかと批判していた。


「過去は消えねぇ。公式文書に残っていなくとも、人に刻まれた感情はなくならない。お前が凪になんとも思わなくても、当主や他の者もそうとは限らない」

「……分かりました。当主には報告致しませんし、この場だけの話と致します」

「頼むぞ」

「あ、ありがとうございます!」


 伶奈が不承不承ながらも頷いてくれたので、凪はほっとして再び頭を下げた。凪は嘘をついているということばかりに気がいって、橘家の土御門への感情に思い至れていなかった。伶奈が何ら悪感情が持たなかったのが幸いである。


「それにしても、さすが土御門の血縁というべきか、凪さんは清水様と遜色ない力を持っているようですね。知識も技術もないのがとても残念なくらい」

「え?」

「だから、俺が教えてやることになってんだ」


 伶奈の言葉にきょとんとしている間に、凪をおいて会話が進んでいく。


「凪さんが清水様のもとで学ばれたら、あっという間に私なんか追い抜いて一流の祓い屋になるんでしょうね」

「祓い屋の才能は生まれつきのものだ。無い物ねだりしても仕方がねぇぞ」

「……そうですね」


 伶奈の表情が翳ったのを見て仁がため息をつく。


「あの、伶奈さん。なんで俺に力があると分かるんですか?」

「え、ああ、本当に祓い屋のことを知らないのですね。祓い屋としての力の大きさは、容易に分かるんですよ。祓い屋の力を持っていて、修練すれば」

「そうなんですか?!」


 凪がバッと振り返って仁を見ると、面倒くさそうに顔を歪められた。


「言ってなかったか?お前、全く磨かれてないが、持ってる力自体はすげぇ強いぞ」

「なんで早く教えてくれないんですか!」

「知りたきゃ聞けよ」

「分かるということすら知らないのにどう聞けと?!」

「……うるせぇな」

「ふふっ、仲がよろしいですね」


 伶奈に笑われて、興奮していた自分が恥ずかしくなる。決して隠れた才能で成り上がるとか俺TUEEEEとか考えてない。厨二病じゃない。


「祓い屋同士の会話の際は、その話し方でも力の大きさが分かりますよ。祓い屋は実力主義ですから。力の大きさとその磨かれ具合を見て、対応が変わります」

「へぇ。……ということは、伶奈さんが仁さんに終始丁寧で、仁さんが雑っぽいのはそれが理由ですか」

「もちろんそれもありますし、清水様は年上の方でもいらっしゃいますし」

「え、伶奈さんいくつですか」

「おい、女性に年齢は……」

「あ、すみません」


 つい流れで聞いてしまったが、女性に年齢を尋ねるのは失礼だったかもしれない。それを仁に指摘されたのは意外に思ったが。


「構いませんよ。私は21です」

「あ、じゃあ、俺の1つ上ですね」

「お前成人してたのか」

「してますよ!むしろ、いくつだと思ってたんですか?!」

「……15とか?」

「身長低くてすみませんねっ!俺の身長は成人男性の平均くらいですよ!仁さんが高すぎるんです!」

「身長の問題じゃねぇよ、童が、んむぐっ」


 何か言おうとした仁の口を手のひらで塞ぐ。ほぼ手を叩きつけるみたいになったのは少し申し訳ない。モデルみたいに身長が高くて格好いい仁には分からない悩みはこの世にたくさんあるのだ。

 

「そういう仁さんはおいくつなんですか」

「イッテェな。……25だよ」

「……見たまんま過ぎて面白くない」

「はっ!面白さなんて求めてねぇ」

「ふふっ、よく年齢の話でそこまで言い合い出来ますね。私は凪さん年相応で格好いいと思いますよ?」


 また笑われてしまった。しかも格好いいと言われてしまって照れる。


「どう考えてもただのお世辞だぞ? 真に受けるなよ?」

「うるさいですー!仁さんと違って、女性に褒められたことなんてほとんどないんですから、ほっといてください!」

「……ふはっ、こういう奴のことを言うんだろうな、憐れなりって」

「うぅ……」

「葵の口癖だ」

「……葵様はそんなこと言わないです……」

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