第13話 契約
凪が必死に遠慮した気付け薬を伶奈が残念そうにしまった。何故残念そうなのかは追及しない。
「さっきの人形が何か分かりましたか?」
「ああ、俺は土御門に向けられた呪詛の成れの果てのものだと思う」
「土御門への呪詛……」
伶奈が青い顔で呟く。それを見た仁が片眉をあげて皮肉げに笑う。
「心配せずとも、凪に持たせていた御守りが呪詛をかき消した。
「ぁ……」
伶奈が愕然とした表情で仁を見つめた。
凪はよく分からなくて仁の言葉を頭の中で繰り返す。
返したのではなく、消した。つまり、術者に返していないということ。それを伶奈が心配していたというのはどういうことなのか。
……彼女は、自分に呪詛が返ってくるのを心配したのだ。それはなぜか。昔に橘の者が土御門を呪ったことを知っていたからだ。そして、そのときの呪詛が橘の血筋に返ってくることを知っていた。
「……分かってしまうのですね」
「橘の者が、土御門について何かを隠そうとしているのは最初から気づいていた」
「……」
冷徹な眼差しが伶奈を射るように見る。
「土御門が断絶し、その頃から急激に橘家は衰退した。何故かといえば、力持つ術者が皆亡くなったからだ」
「……はい」
「俺は、それは土御門を呪い殺した報いのせいだと思っていた。土御門を殺すほどの呪詛を橘が制御出来ると思えなかったからだ」
凪は固唾を飲んで仁の話を聞いていた。伶奈は俯き唇を噛み締めている。
「しかし、凪を襲ったものを見るに、呪詛は土御門を害さなかったようだ。土御門は呪詛返しを一部とはいえ成功させた」
「……そうですね」
「何人死んだ?」
仁の質問に伶奈が息を飲む。悲痛な眼差しが遠くを見つめた。
「大人も子供も区別なく……当主に近い血筋のものから48人」
「今の橘家は直系ではなかったな」
「橘の血が最も薄い傍系だけが生き残りました。力は殆んどなく、家業を続けるのは困難で、暫く祓い屋業から遠ざかりました」
凪にはその悲しみも苦しみも分からない。それが、彼ら自身が呪詛を行った結果だったのだから、同情することも出来ない。亡くなるのは土御門の者だったかもしれないのだ。
しかし、何も知らない者までもが巻き込まれていたら可哀想だと思う。また、子孫がその罪を受け継ぐべきだとも思わないから、今回のことで呪詛返しが成り立たなかったのは心底良かったと安心した。
「だが、橘家が呪詛返しで死んだとは公式の文書で残っていないな。呪詛を行えば、その記録は警察により公式文書に残されているはずだ」
「呪詛を受けた土御門は、その事実を隠蔽しました。土御門は警察組織にも強い影響力を持っていたので、一切事実が表に出ることはなく、橘家は集団の流行り病で亡くなったことになりました」
「……土御門はそこまで政治的力もあったのか。だが、何故土御門は隠蔽した?なんの利点もないだろう」
仁が不可解そうに首を傾げる。凪も土御門家が何をしたかったのか分からなかった。しいて言えば、部下の不祥事が土御門の名に傷をつけると判断した、とかは考えられるかもしれない。
「それは分かりません。傍系しか残っていない橘家では、土御門の意向を拒むことも尋ねることも許されていませんでしたから」
「ふん……」
「あ、でも、土御門との契約を橘本家から引き継いで、それに伴ってこの屋敷も相続したのだと聞いています」
「契約?」
「内容は知りません。土御門の者が断絶した時点で破棄されているはずです」
土御門と橘との間で交わされていたという契約。傍系となり力が殆んどないもの達にもその契約を引き継がせたのだから、それが土御門にとって重要だったのだと分かる。橘の呪詛の行使という罪を隠蔽するほどに。
「清水様の方には伝わっていないんですか?当時の清水の当主……確か清水司様が、契約を解除するよう橘を訪ね要求したと聞いています」
「あ?」
思いもよらない伶奈の言葉に仁が腕を組み首を傾げる。凪も急に出てきた〈清水司〉という言葉に驚愕した。
清水司は三代前の清水家の当主で、土御門晴明と友人であった人物だ。〈共鳴鈴〉を預かり、晴明の失踪後には、なにがしかの土御門の異変を感知して土御門家を訪ね、土御門の血筋の断絶を判断した。
その後、橘を訪ね、土御門との契約を破棄させたのなら、清水司はその契約内容を知っていたはずだ。他家に関することにも関わらず、清水司がそこまで積極的に動いたのは何故なのか。それは失踪する前に口論していたという晴明に関係しているのか。
「……俺には何も伝わってねぇな」
仁が苦虫を噛み潰したような顔で苦々しく呟く。代々清水家の当主に伝わる引き継ぎ事項に、橘家に関するものはなかったようだ。
「そうですか……」
「だが、俺が清水家の当主に正式に立つ前に、先代は急死した。それが口伝で伝わっていたなら、俺が知らなくても無理はねぇ」
気に入らないというように吐き捨てられた言葉。凪はそれを聞いてキョトンと瞬いた。
「仁さんはいつ当主になったんですか」
「俺が15の時だ。本当はまだ当主になる予定じゃなかったから、先代が急死してことで全ての事項の引き継ぎは出来なかった。書類に残してあることはなんとかなるが、口伝でしかないものはどうしようもねぇ」
「そういう時のために、何か残しておかないんですか?」
「祓い屋が関わるものは、下手に形として残してはいけないものが多くある。知る人間の数さえも制限しなければならないものもな」
「なるほど……」
祓い屋というのは、情報ひとつ厳格に判断して取り扱わなければならないらしい。
「まあ、文書として残っていないということは、土御門と橘の契約に関する話は、引き継ぐ程でもないことなのか、
「或いは?」
意味深に言葉が切られて固唾を飲む。
「文書として残してはならず、知る人も制限しなければならない。そんな危ねぇ禁忌の契約だったのかもな、土御門と橘の契約は」
予想できていた言葉。しかし、当たって欲しくない言葉だった。
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