第12話 呪いの行方

 視界が真っ暗だ。自身の手足さえ見えない闇の中で揺蕩たゆたっている。上下も左右も分からない。

 すぐ側に仁がいたはずなのに、何故かその存在が感じられなかった。


(ここはどこだ。何故俺はこんなところにいるんだ)


 考えても何も分からない。あまりにも突然のことだったのだ。


『ああ、憎い。土御門め。我らは物ではない。人形にんぎょうではない』


 遠くから声が聞こえる。低く掠れながら呟かれる言葉はゾッとするほど深い怨みで形づくられていた。


『貴様らの天下もここまでだ。これ程の呪詛じゅそは返せまい』


 呪詛……?これは土御門に呪いをかけた者の言葉なのか?

 もしかして、土御門の者が亡くなったのはこいつの呪詛のせいなのか?


『私はあいつを呪おう』

『俺はあれだ』

『では僕はあいつだね』


 急に声が増えた。男や女、子供の声までいくつも響く。

 声は増えて溢れ、凪の頭を浸蝕するようだった。頭が割れるように痛くなる。


(ああっ、嫌だ、やめてくれ!)


『呪いたくない。どうして……』


 悲しげな声がポツリと聞こえて他の声が遠ざかった。次第に頭痛がひいていく。


『晴明……私は、どうしたらいいの……?』


「は、るあき……?」


 突然、藤色の光が溢れた。それは凪から放たれ、一瞬で闇を消し去った。

 あまりの眩しさにギュッと目を瞑る。目蓋越しにも光が暴力的な勢いで溢れていた。







「凪!大丈夫か?!」

「ん、……仁さん……?」


 目を開けると、焦った様子の仁が視界に飛び込んできた。その背後には見慣れぬ木目の天井が見える。


「起きたか……。全く、葵の奴、もっと使える御守りを渡せよな」

「御守り……あ!」


 ぼうっとしていた頭が段々と冴えてくるに従って、何があったかを思い出した。寝かせられていた床から起き上がり周りを見渡す。


「おれ、飛び出してきたものに襲われて……」

「ああ。それだ」


 仁の指差す先に細切れにされた黒い紙があった。ビリビリに破かれたその欠片をそっと指で摘まむ。それはもう何も嫌なものを感じさせなかった。


「これはなんですか」

「……呪術に用いる人形ひとがただろうな。そうとう昔に作られている。お前に襲いかかってすぐに葵の御守りで弾かれたんだが、お前は気を失っていて目を覚まさなかった」

「葵様の御守りのお陰で助かったんですね」

「……まあ、そうだな。気を失う前に退治してくれたらよかったのに」


 仁は素直に感謝できない様子でぶつくさと愚痴る。それを聞き流しながらじっと紙屑となったものを見つめ、夢のような中で見たものについて考えていた。


「なんで俺が襲われたんでしょう」

「お前が無防備だったから……と言いたいが、それよりも土御門の血に反応したと考えた方が良さそうだな」

「何故、そんなものが土御門の遺した物の中に?」

「これは推測でしかないが……」


 仁は袖から出した白い布に、散らばった人形の残骸を集めながら呟く。


「これは、おそらく呪詛返しの為に作られた人形だ。普通、呪詛を返す時には、念のために身代わりの人形を作る。万が一呪詛を返しきれなくても、自身に呪詛が掛からないようにするためだ」

「つまり、これは土御門にかけられた呪詛を肩代わりさせる為に作られたものなんですか?」

「ああ」


 凪の手からも残骸を受け取って白い布にしまった仁が、それを丁寧に赤い紐で縛って懐にしまう。


「その場合、本来なら人形は壊れるんだが、どういう呪詛が使われたのか、身代わり人形自体が呪詛を撒き散らす呪物に変化してしまったようだな」

「……呪詛は返しきれなかった?」

「まあ、土御門自体には被害は出てないんだから成功はしてるだろ。呪物に成り果てた人形はこうして厳重に封じられてたわけだしな。……時間による風化で封印が解けて、呪詛が甦ることは想定していなかったようだが」


 土御門の手落ちを詰るように語る仁をじっと見つめる。


「……この呪詛が、土御門の人々を死に至らしめた可能性は?」

「ねぇな」


 恐る恐る聞くと簡潔に答えが返ってきた。予想外の返答に目を見開く。あの闇の中で聞いたことを考えると、てっきりこの呪詛が土御門断絶の原因だと思っていたのだ。


「え、でも……」

「お前が何を知ってるかは分からんが、この人形がここにあった以上、この呪詛は土御門を殺していない」


 仁が凪の目をじっとのぞきこんだ。その眼差しの強さに気圧される。


「どうして、そう言い切れるんですか」

「この人形がこうして残っていたことが証拠だ。呪詛返しに失敗すれば、身代わりに使われた人形は血に染まる。この人形は黒色ではあっても、血に染まってはいなかった」


 淡々と語る仁の言葉を真摯に聞く。


「呪詛は土御門を傷つけることなく術者に返され、返しきれなかった物がこの人形に残った。それが俺の結論だ」

「……返された術者というのは、どうなったと思いますか」

「死んだだろうな。惨たらしく」


 冷たい口調と表情に凪は息を飲む。

 その固まった表情を視界の端に捉えて、仁は苦笑した。仁にとっては当然の事実なのだ。


「人を呪わば穴二つ。人を呪えば、呪いを受けた者と呪いをかけた者の両方の墓穴を掘らねばならない。……土御門はその知識も力も十分以上あったから生き残れたが、呪詛を返された側は無理だろう」

「どうしてですか?土御門が逃れられたなら、術者も出来たのでは」

「なんで術者の方をそんなに気にしてんのかは知らねぇが、それは無理だろうよ。呪詛は返された段階で威力が桁違いに跳ね上がる。返すために使われる力が上乗せされるからだ。そいつが土御門の倍以上の力を持っていたなら出来るかもしれねえが、そんな人間聞いたことない。土御門は最強の術者だった」

「……」


 無情な言葉に返す言葉もない。

 あの夢の中で聞いたことが事実ならば、土御門にかけられた呪詛はたくさんの人物が関わっていたはずだ。……その中には、晴明と親しげな声の人もいた。あれは女性のようだったが、彼女も呪詛返しで亡くなったのだろうか。


 廊下からパタパタと小走りの足音がした。


「ん、帰ってきたか」

「え?あ、そういえば伶奈さんいませんでしたね」

「ああ、お前が気を失ったから気付け薬を持ってくるってな」

「え?……ぇ」


 勢いよく部屋に入ってきた伶奈の手には茶褐色のドロリとしたものが詰まった瓶を持っていた。


「あ、凪さん、気づかれたんですね!」

「あ、はい、ご心配おかけしました。……だから、それは、いりませんよ?」


 だって、その色絶対ヤバイやつ……。

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