第11話 土御門の遺したもの

「あれは既に悪鬼に成りかけていたな。それにも関わらずこの部屋から出なかったのはなんでだ?」


 仁が部屋に入りぐるりと見渡す。凪も真似をして見渡すと、部屋の四隅に何かが書かれた符が見えた。素人の凪にも分かる。あれが靄をここに封じていたのだ。


「こりゃ、橘が意図的に悪鬼を生み出そうとしていたと言われても否定できないぞ」

「……あれは先々代の当主が書いたものだと聞いています。この土御門の物を清めて置いておくためにと」


 仁に鋭い眼差しを向けられた伶奈が身を震わせる。凪には彼女が嘘をついているようには見えなかったが仁は違うようだ。


「お前、一応は祓い屋資格を持つんだろ?あの符がなんなのか言ってみろ」

「……封じの符です」

「分かってんじゃねぇか。あれに清めの力はない。むしろこの場で〈陰の気〉を凝縮させているようなもんだな」


 伶奈の悄然とした様子を気にもとめず、仁は部屋を見渡す。眉間に皺が寄せられた。


「まだ何かがこごってる気がするな」

「やっぱりそうです?俺もなんか寒気が止まらなくて……」

「あ?いや、そこまでは思わんが……」


 不可解そうに首を傾げた仁を凪はきょとんと見つめた。あれだけ凄そうな力のある仁が、この寒気がはしる恐ろしいモノに気づいていないというのか。


「その、凪さんというのはどういう立場なんですか?祓い屋としてのお名前は聞いたことがないように思いますが……」


 伶奈の言葉に凪の体がギクリと揺れた。何かを探るような眼差しになんと答えるべきか分からない。


「……こいつは俺の遠縁だ。修行の為に助手をさせている。それなりの才能はあるんだ」

「そうなんですね……」


 仁がとっさにまるっきりの嘘ではない返事をすると、伶奈が首を傾げつつ頷いた。


「さて、差し迫るモノは出てこなさそうだから、土御門の物を見せてもらうことにするか」

「お二人は何をお探しなんですか?」

「いや、これというものがあるわけではないが……。土御門の知識を得られる物が欲しいな」

「はあ……そうですか」

「手伝いはいらんから下がっていてくれていいぞ」

「いえ、お二方を見ているようにと命じられておりますので」

「ふん……」


 命じられているというところだけは語気強く言う伶奈に仁が不愉快そうに鼻を鳴らした。伶奈の物言いは、仁達が盗みを働かないか監視するという意味に聞こえた。それは伶奈というよりそれを命じた当主の意思によるものなのだろうが。


「まあ、いい。凪はあちらの箱から見てくれ。怪しい符なんかがついてたら触らず俺を呼べ」

「はい!」


 仁に命じられて右の壁側に置かれた棚を見るといくつも箱が積み重なっていた。仁はその隣の棚から見るようだ。

 伶奈は戸口のところに立って静かに凪達を見つめていた。手伝う気はないらしい。


「んー、これは、本?」


 手近にあった箱を開けると、紐で綴じられた紙束が何冊も出てきた。パラパラとめくると〈呪術〉という言葉が散見される。


「仁さーん、呪術書っぽいのはどうします?」

「箱ごとこっちに持ってきてくれ」

「はーい」


 紙の束は中々重い。腕をぷるぷるさせながら仁のもとに持っていくと、仁がニヤリと笑った。


「こりゃ凄い。古き呪術の解説書か」

「古き呪術?」


 凪にはよく分からないものでも、仁にとっては表紙を一目見ただけで分かるものらしい。


「ああ、これはほとんど写しだな。原本自体は閲覧禁止書物だったはずだが、よく写せたものだな。見る限り、そこそこ古いか。さすが土御門」


 箱の中の一冊を手に取った仁がパラパラとめくって口笛を吹く。何故だかとてもご機嫌そうだ。


「へぇ、閲覧禁止書物って写しを見るのはいいんですか」

「普通に駄目だな」

「え?!」


 あっさりと言う仁に驚愕してまじまじと見つめる。よく考えなくても、仁が閲覧禁止書物の内容を知っていることもおかしい気がする。


「これ、犯罪手引き書みたいなもんだぞ。特殊犯罪を誘発させる書物が一般に公開されるわけねぇだろ」


 仁が言う特殊犯罪とは、呪術などの祓い屋が使う術で人を殺めたり罪を犯したりすることだ。一般人は才能がなければ術を使うことは難しいようだが、一定の力を持つ書物を使うと一般人でも術を行使できるようになるらしい。


「……なんで仁さんはそれが閲覧禁止書物だと分かったんですか」

「ほれ」


 仁が何かを袖口から出して凪に放り投げた。慌てて掴むと、それは長い紐がついたプレートだった。何か文字が掛かれている。


「〈国家認定特殊書物監査官〉……?なんですか、これ」

「俺の仕事のひとつ。術書なんかの特殊書物を一般に公開可能なものか審査するんだよ。そのために、一通りの閲覧禁止書物にも目を通してる。それなりに力を持ってる奴しかできない仕事さ。下手な奴だと呪われるからな」

「……薄々思ってたんですけど、仁さんって結構凄い人ですよね?」

「清水仁様といえば、民間の祓い屋の中で1番の実力だと有名ですよ。何故国にお仕えしないのか不思議なくらい」


 凪の感嘆に静かな熱のこもった声が反応した。振り返ると、戸口にいる伶奈が凪をじっと見つめていた。あまりに存在感がなくて忘れていたのだが、伶奈が会話を聞いていたのだった。


「とても有名な話です。遠縁であられるのに凪さんはご存知ない……?」

「あ、いや、その、俺、これまでそういうのに興味がなくて……」

「……それで清水仁様に師事できるなんて羨ましいですね」

「あはは……ほんと、恵まれてると思います……」


 あまり納得していなさそうな伶奈に空笑いを浮かべる。上手い誤魔化し方が分からない。


「うちの話だ。橘の者には関係ないだろう」


 仁があっさり切り捨てて読んでいた術書を箱にしまった。

 

「確か橘は特殊書物の管理権は持っていても、禁止書物の保有許可はなかったな」

「……はい」

「ん、じゃあ国から通達があるだろうが、これらの書物は一時的に国立図書館に収蔵される。取り返したければ、禁止書物保有許可を取ってくれ」

「……当主に伝えておきます」


 当主が手放したがらない土御門の術書ではあっても、国の意向には逆らえないらしい。伶奈が小さく頷いて答えた。

 凪は気まずい思いで視線を彷徨わせる。その瞬間何かゾッとする気配がして仁の側に隠れるように置かれている箱を凝視する。


「……じ、仁さん、その箱……」

「ん、箱?……これか」


 凪の蒼白になった顔を見た仁が、視線をおって箱を見つけた。

 今まで気づかなかったのが不思議なほど符がベタベタと貼られて怪しい雰囲気を醸し出すそれを、仁が引きずり出す。


「これは、封印の符か……?微妙に違うように見えるが」

「それ、何が入ってるんですかね?寒気が凄いんですけど」

「俺はそこまでは感じないが」


 不思議そうに首を傾げた仁がじっと符を見つめた。


『ピリッ』

「あ!」


 符が端から捲れるように剥がれていく。ガタガタと箱全体が揺れだし、符が勢いよく破れていった。


「凪、離れろ!!」


「うわあぁあ!!」


 仁が手を伸ばすより先に、箱から飛び出したものが凪に襲いかかった。


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