第7話 土御門の謎
「私がこの清水家にいるのは色々と複雑な事情があるのだけどね」
「ただの一目惚れだろうよ」
「ふふふ……あれはほんに良い子であったなぁ」
「けっ……」
どうやら葵は清水家の誰かに惚れてこの屋敷に住み着くようになったらしい。仁の苦い顔と葵の柔らかな表情が対照的だ。
「つうか、そんなことはどうでもいいんだよ。お前、土御門晴明のこと覚えてるか?」
「ぜひ、教えてください」
「土御門なぁ……」
葵が首を傾げて中空を見つめる。凪はじっとその様を見守った。
「土御門は此方の国の3本の指に数えられる祓い屋の一族だった。妖怪と馴れ合わず、駆除対象としていたからほんに妖怪からは評判の悪いものたちだったな。
そこにある時晴明という男が生まれた。風変わりな男でな。司と一緒になって、妖怪を友と呼び共に遊び、酔狂な奴だった」
妖怪を駆除対象とする家に生まれたにも関わらず、妖怪を友と呼ぶとは一族のなかで肩身が狭くなりそうだ。それでも、晴明は妖怪を友と見なすことをやめなかったのか。
穏やかな表情の葵からは嫌な感情はうかがえず、ただ懐かしむように語っていた。
「ある時、晴明は1つの鈴を司に預けにきた。何か口論しているようだったが、私は興味がなくてその内容は知らん」
「お前、もうちょっと役に立つ情報を寄越せよ」
「何の役に立つ情報が必要なのだ?もう百年は昔の話だよ?」
「それは……ほら、凪が彼方に帰れるかどうかとか……」
「いえ、俺は土御門晴明のことを知りたいのです。なぜ晴明は鈴を預けて転移したのですか?」
凪が仁の言葉を遮って尋ねると、葵は静かな眼差しを向けた。何の感情もうかがえない、高みから見下ろすような眼差しだった。
「……私は知らない。ただ、あれが持つ1つの赤い紐に術をかけてやった」
「術?」
「ふむ、月日経ても劣化しないようにする保存の術だ。あれは私が消えぬ限り残り続けるだろう」
「……この紐、ですか?」
葵の言葉にハッとして、ポケットにいれていた鈴を差し出す。金色の鈴についた赤い紐が揺れた。
その紐を目にした葵がパッと表情を明るくする。
「それよそれよ。ちゃんと残しておったのだな」
「何で術をかけてやったんだ?お前、全ては等価交換だと言っていただろう」
「もちろん、対価は貰ったよ。それを語るには君らの対価が足りないけれど」
「……そうかよ」
土御門家に伝わった鈴が永い年月を経て劣化もせず凪まで伝わったのは、葵の術によるものだったらしい。悠久の時を越えて、凪をこの世界に導いた鈴をじっと見つめる。
「あれの一族が無くなったのは鈴を預かって暫くした時だったかな」
「え……」
「おい、土御門は晴明が転移してから絶えたのか?」
「さて、どうだったか。……うむ。土御門の一族の者が司のところに晴明の行方を聞きに来たから、先に晴明が転移していたのだろうな。それから暫くして、司が土御門を訪ねて、土御門が絶えていることが知られたのだ」
「……どういうことだ?」
晴明は一族郎党が死んでから転移したのではなく、その前に転移していたらしい。しかも、土御門の者が皆死んだのを確認したのが、鈴を預けられた清水家の司だというのはどういうことなのか。
思いもよらなかった事実に仁の顔が歪む。凪も困惑の表情を浮かべた。
「さて、夕飯の対価にはこれくらいかな。私は寝るよ」
「はっ?!お前、この状況で寝るのか?!」
「ふふふ、対価は同等に。過ぎるのも良くない」
仁の抗議も意に介さず、葵は緩やかに袖を振って居間を出ていこうとした。凪も止める言葉を持てず閉口する。
「ああ、そういえば。土御門の分家の
「分家?一族は絶えたんじゃなかったのか」
「血は繋がっておらん。あれだ、土御門にとっては式みたいなものよ」
その言葉を最後に襖を閉める。
仁は難しい表情をして何かを考えこんでいた。凪は何を言えば良いのか分からず視線を彷徨わせる。
「……ねぇ、私、橘は知っているわよ」
「え、紅ちゃん、知っているの?」
これまで黙って話を聞いていた紅が躊躇いがちに口を挟む。
紅は蒼と顔を見合わせてから嫌そうに顔を歪める。
「
「俺は、聞いたことねぇが」
「土御門が絶えるのと同時に橘も低迷したからね~。仁は知らないと思うよ~。大した力を持つ一族じゃないし~」
そう言いつつも、座敷童子たちは橘という家を嫌っているように見える。
「橘は土御門の子分みたいな、何て言うかしら、葵様が言ったように、式みたいに使われていたのよ」
「式って何ですか」
「式は陰陽師が使う小間使いみたいなものだ。紙などに〈気〉を吹き込んで思いどおりに動かせる」
「へぇそんなものがあるんですね」
凪の疑問に仁が解説をいれてくれる。仁は相変わらず難しい表情をしていた。
「……よし!とりあえず、まずは橘家を調べてみるか」
「え?そんな、調べるなら俺がしますよ」
「この国のこともよく分かってない奴がどう調べるつて言うんだ」
「それは……はい……」
ごもっともな意見に何も言えなくなるが、これは凪の問題であり、それで仁の手を煩わせるのは申し訳なかった。
そんな凪の様子をすぐに理解した仁が視線をそらしつつすぐに言葉を続ける。
「俺も、司様が土御門の断絶を判断したというのが気になってるんだ。別にお前のためじゃない」
「……はい、ありがとうございます」
明らかに凪を気遣っての言葉だったが、その思いを無下にすることの方が失礼であると思ったので、素直に受け入れることにした。それと同時に、調べものの手伝いも家事も頑張ろうと心に決めた。
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