第5話 見た目はこども、中身はーー

「こらっ、こう!お前急になにしてんだ。危ねぇだろ!」

「だってこの男が我が物顔で歩いているんですもの。……ちょっと貴方、身をわきまえなさいね!」


 仁に対してはおしとやかな風情を見せつつも、凪には鋭い眼差しを向ける少女。本来怖がるべきなのかもしれないが、相手が10歳程の美少女であることからただ困惑するしかない。


「えっと君は……?」

「悪いな。こいつは座敷童子の紅だ」

「ええ、この屋敷についてる座敷童子よ。分かったら、わたくしにたいして君なんて言わないでちょうだい」

「え……座敷童子?」


 プイッとそっぽを向く少女はごく普通の人間にしか見えない。ショートボブの髪はお洒落に緩くウェーブして、色とりどりの花が描かれた赤い着物を着ている。どこからどう見ても普通のお洒落な女の子だった。


「座敷童子ってのは知ってるか」

「えっと家に憑いて福を齎す妖怪?ですよね?」

「まあ、大雑把に言えばそうだな」

「あら、私たちのことを知ってるなんて中々見所もあるのね」


 上から目線で褒められて思わず笑ってしまう。

 凪のことが気に入らない様子だったが、内心の気持ちを表すように上がった口角から、思いの外機嫌を損ねてはいないらしいと悟る。……いきなり背後から蹴りつけるくらい行動は過激だが。


「ちょっと~、紅ちゃん、まずは蹴ったこと謝りなよ~」

「あら、私何も悪いことしてないわ」

「えっ?!」


 紅がいる横の壁からヌッと子供の顔が現れて、全身が出てきたのを見て思わず後ずさる。

 出てきたのは紅と同じくらいの年頃の少年だった。紅とは対照的に青色の着物を着ている。少しきつめの顔立ちの紅と違い、おっとりとした雰囲気の少年は、凪を見てにこりと微笑んだ。


「あ、驚かせちゃいました~。ごめんね~」

「いいや……」

「おいそう、なんでそこから出てくるんだよ」

「え?だって~、あおい様が、これが新しい仲間の歓迎方法って教えてくれたんだもの~」

「っあの野郎……」

「あら、そうなの?……まあ、私はこの男を仲間だと思っていないからしませんけどね!」


 蒼と呼ばれた少年と仁の温度差が酷い。蒼はにこにことして満足げで、仁は拳を握りしめて怒りを堪えている。

 この世界の歓迎方法の知識は無いが、仁の様子を見る限りこれが当たり前では無いようなので少しほっとした。

 安定にツンとした態度をとる紅が、その発言を信じてしまっているのが不安でもあるが。普段からその葵様とやらに騙されているんじゃなかろうか。


「凪、こいつは座敷童子の蒼だ。紅とは兄妹みたいなもんだな」

「そうなんですね。……今日からこの屋敷でお世話になる土御門凪です。よろしくお願いします」

「「土御門……」」


 見た目は子供でも、妖怪ならば実年齢は上だろうし、この家での先輩でもあるからと丁寧に挨拶するが、2人は驚いたように目を瞬いただけだった。


「ん?お前ら土御門のこと知ってたのか」

「昔の祓い屋でしょう?」

「急に皆いなくなったんだよね~」

「確かつかさが言っていたわ。鈴を預けていなくなったって」

「ああ、鈴~まだあるのかな~」

「そうか、お前らがもうここにいる頃のことだったか」

「え、俺のご先祖様のことを知ってるんですか、紅ちゃんと蒼くんは」

「「ご先祖!」」


 2人は驚いた様子を見せるが、凪の方こそ驚いている。この座敷童子たちは相当昔からこの屋敷に住んでいるらしい。


「あら、土御門は血を繋がずいなくなったと思っていたけどまだいたのね」

「嘘だ~」

「異世界にな」

「「異世界?!」」


 仁が2人に事情を説明しているのを聴きながらじっと待つ。紅と蒼から何か土御門について聞けないか期待せずにはいられなかった。


「なるほど……厄介な物を遺したものね」

「司もさっさと片せばよかったのにね~」

「その事について、司様は何か言ってなかったか」

「うーん、司と土御門晴明というのが友人だったのよね。司は鈴のことを形見のような物だと言っていたから、そもそも晴明は此方に帰ってくるつもりはなかったのではないかしら」


 唇に人差し指を寄せ考え込んでいる紅が首を傾げつつ教えてくれる。


「晴明は不思議な男だったよね~。土御門については僕あまり知らないけど、晴明は司と一緒になって妖怪たちと遊びまくっていて、楽しい奴だったな~」

「そうね。私は土御門のこと好きじゃなかったけれど、晴明はそれなりにいい男だったわ」


 口々に語る紅と蒼は、次第に当時のことを思い出したのか、晴明との遊びについて嬉々として語り出した。

 玉遊び、札並べ、囲碁、かくれんぼなど、司と晴明は色んな遊びを妖怪たちとしていたらしい。


「へぇ、ひい祖父様がな」

「ひいお祖父様?」

「ん、そうだ、司様は清水家の三代前の当主で俺のひい祖父様だ」

「え……?」


 それはおかしい。晴明というのがそんな最近の人物だとは思わなかった。土御門家が陰陽師を生業としていたと言われているのは相当昔だ。少なくとも千

年は前である。てっきりその晴明が土御門の初代だと思っていたのだが。


「ああ、おそらく、この世界とお前の世界だと時の流れが違うぞ」

「どういうことですか?!」

「んー?多分ここでの一年がお前の世界での数年とかになってるんじゃないか?転移する際の次元の狭間で歪みが生じるから……とか、なんかの書物で読んだな」

「そうなんですか……なんか竜宮城みたいだな」


 よく分からないが、百年ほど前に晴明が日本に転移し、それが千年近く前の日本だったらしい。


「ねぇ、土御門のことを知りたいなら、葵様に聞いた方がいいんじゃないかしら」

「ああ、そうか、あいつの方が詳しいかもな」

「葵様?」


 先程も出た名前だが、何も説明がなかったので人物像が浮かばない。

 仁が面倒そうに顔を歪めていることと、先ほどの蒼への発言を又聞きした限り、一筋縄ではいかない人物のようだ。


「葵様は天狐様なんだよ~」

「葵様に失礼は許さないわよ」

「まあ、あいつは、なんだ……まあ、会ってみれば分かるだろ」

「ちょっと、不安しかないんですけどっ!」


 そんな言い方切実にやめて欲しい。 


 


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