第4話 これからのこと

 暫しの沈黙が部屋に満ちる。

 凪はこれからどうするべきか考えていた。今の凪にはこの世界で生きる基盤が何もない。この世界の土御門家か存在していたなら、もしかしたら保護を頼めたかもしれないが、そんな仮定は意味をなさない。


「お前、家族は?」

「俺1人です。育ての親である伯父も昨年なくなったので」

「元の世界に未練はないのか?」

「そうですね。不思議と。ここにいるのが当たり前な気がするんです」


 遠慮がちな質問に嘘偽りなく答えると、仁の表情が僅かに緩んだ。元の世界に帰せないというのに罪悪感があったようだ。


「……お前、うちにいるか?」

「え?」


 仁が面倒くさそうに言う言葉に、パッと顔を上げて凝視した。あまりにも凪に都合良すぎる展開だと思う。


「お前を放り出して野たれ死なれても寝覚めがわりぃし。それにうちに収蔵された品で何かが起こったら、それを解決するのは清水家に課された義務なんだ。お前は共鳴鈴で不本意に転移させられた被害者な訳で、俺はお前が少なくとも自立するか、お前の世界に帰るかするまで責任を持たなきゃならねぇ」

「……いいんですか?あまり清水さんに責任はないように思いますけど」

「異世界のことで感知し得なかったとはいえ、片方の鈴が此方にある時点で想定しうる事態だったんだ。あらかじめ対処してなかった俺の手落ちさ。ああ、それと、うちで暮らすなら、俺のことは仁と呼べ」

「……ありがとうございます。お世話になります」


 仁の過失はあまりにも軽微だと思うし、原因の大本は凪の先祖の遺したものなのだから、その過失に対する責任感に甘えるのは罪悪感があるが、今の凪にはその申し出を断る余裕はない。とりあえず、余裕が出来た時点で何らかの恩返しをすることを胸に刻んだ。


「まあ、世話といってもな……。お前、家事は出来るか」

「炊事洗濯掃除とかは普通に出来ますが、ここって家電あります?」


 部屋の調度を見る限り、明かりは電気ではなくオイルランプのようだし、火を起こすのも薪を使ってだと慣れるまで時間がかかりそうだ。


「家電……調理用具とかのことか?とりあえず案内する。使えるようなら、とりあえずお前の仕事は家事だな。うちは無駄飯ぐらいは叩き出す主義なんだ」

「はい!頑張ります」


 






 驚くことに、台所として案内されたところはシステムキッチンだった。歴史ある雰囲気の純和風建造物に、綺麗なシステムキッチンがあると違和感が凄い。


「……もしかして普通に電気あります?」

「あるぞ?外つ国の技術だな。この国は交易を制限してるし、基本的に外つ国の入国を拒んでいるが、外に留学生を出して技術は取り入れてるんだ」


 驚くべき事実。これまでの雰囲気から江戸時代くらいの文化かと思ったら、外から便利なものは積極的に取り入れて近代的な感じになっているらしい。オイルランプはただの仁の好みだった。

 ただ、ビルなどの高い建造物はない。この国の創造神が降臨する御所ごしょという建物が三階建てくらいのもので、その高さを越える建造物は造ってはいけないらしい。神を見下ろしてはならないという考えだとか。神が降臨するという時点で凪の理解の範疇を越えていたが、何とか飲み込んだ。建物の見た目自体は昔ながらの様式だが、それはこの国の国民性によるもので、この国の気候にあった建築法なので変える必要性がないかららしい。


「……分かりました。これなら十分家事出来ると思います」

「よし、頼むぞ!」


 満面の笑みを浮かべる仁は、もしかしたら家事が苦手だったのかもしれない。凪はといえば、調理用の家電だけでなくロボット掃除機や洗濯乾燥機まであり、元の世界よりなんだか家事が楽できそうだなぁと遠い目をしていた。出来ればもっと異世界的ファンタジー感が欲しいとは思ってはいない。絶対に。だって家電あるだけで滅茶苦茶家事が楽になる。誰しも楽したいよね。


 心の中で何かを言い聞かせている凪の様子に仁が気づくことはなく、ふと視線を家の奥の方に向けた。


「とりあえず、お前の部屋に案内するついでに、他の面子を紹介するぞ」

「他の面子?仁さんのご家族ですか?」

「いや俺は親はもう亡くしてるし、一緒に住んでる家族はいない。……まあ、あいつらを家族と言えばそうなのか?俺としてはただの居候と言いたい」

「え?」


 苦虫を噛み潰したような顔をする仁を見上げて不思議そうにする凪を複雑な眼差しが見下ろす。その視線になんだか嫌な感覚がした。

 

「こっちだ。とりあえず、客間の1つをお前の部屋にする」

「あ、はい、ありがとうございます」


 廊下を進んだ先にある客間は六畳ほどあり、寝る分にはなんの問題もなさそうだ。押し入れから布団を出し入れするため、部屋の中は小さめの箪笥と机が置かれただけのシンプルなものだ。


「家事の賃金として小遣いは渡すから、必要なものは自分で揃えてくれ」

「そんな、お金まで……」

「仕事に金銭が発生するのは当たり前のことだ。家事手伝いを雇うのと変わらん」

「……ありがとうございます」

「ああ、それと……」


 仁の申し出に僅かに俯いていた凪の耳に、パチンと指をならす音が届いた。視界に濃灰の布が現れる。


「え、あれ、これ……」

「こっちの服だ。俺が昔使ってた。俺には小さいが、お前には十分だろう」

「……どっから出したんです?」


 仁は何も持っていなかった筈なのに、いつの間にか何枚かの着物や帯を抱えていた。まるで手品のような現象に目を白黒させられる。


「あ?普通に倉庫から出しただけだ」

「……確かに、〈倉庫〉ですね」


 仁は〈倉庫〉と書かれた白い和紙をピラピラと振っていた。

 そんな馬鹿な。紙1枚使うだけで収納取り出しが出来ると言うのだろうか。

 半信半疑な表情をする凪を、仁は面白そうに見下ろした。


「本当にこっちのこと知らねぇんだな。まあ、この術は清水家独自のものだから驚くのも無理は無いが」

「……まじでそれで収納やら出来るんですね?」

「そうだな」


 凪の驚く様を見て十分楽しめたのか、仁はご機嫌な様子で再び廊下を歩き出した。

 凪は慌てて着物を部屋の机に置いてから仁の後を追いかける。


「どういう原理なんですか」

「原理?んー、自分が作り出した亜空間をこの紙で繋いでるんだ」

「……全然分からないことがよく分かりました」

「はは、慣れればお前も出来るようになるかもな」

「え、俺がですか?」

「ん。お前が土御門の血をひいてるならそれなりの素質がある筈だ」

「えー、全然出来る気がしないんですけど」

「出来るようになりたきゃ修行しろ」

「教えてくれるんですか?!」

「時間があればな」


 仁の言葉に正直テンションが上がった。先祖が使っていた陰陽術というのに興味があったのだ。仁が使っているのは陰陽術とは違うのかもしれないが、同じ祓い屋なら似たようなものだろう。


「絶対ですよ?俺、ご先祖様みたいに、術っていうのを使ってみたいとずっと思ってたんですよね……っとぉ?!」

「おわっ、大丈夫か?!」


 ウキウキと歩いていた後ろから、物凄い勢いで膝に衝撃を受けた。何とか踏みとどまり、転倒は避けたものの、心臓がバクバクと鼓動を打つ。


「ちょっと貴方!余所の人間の癖に図々しいのよ!」


 聞こえた声にバッと振り返ると、赤い鮮やかな着物を纏った少女がビシッと指を指して此方を睨み据えていた。


「……え?」




 

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