第3話 この国のこと

 衝撃で強張っていた口を何とか動かす。とはいえ何をどう言えばいいのか分からず、ただ息だけがこぼれ落ちた。


「その格好からして変だと思ったんだ。容姿はこの国のものと違和感がないが、つ国の格好をしてる奴はそういない」

「……外つ国?」

「この国以外の国のことだ。この国は国を閉じているから、余り外の文化は入ってこない。まあ、一部で交易はしているようだが」

「鎖国状態ですか」

「鎖国?よく分からないが」

「……それで、何故、外つ国の者でなく、世界が違うと思ったんですか?」


 漸く動くようになった口で気になっていたことを問う。いくらなんでも世界が違うと判断するのは早すぎると思ったのだ。


「まず言葉が通じること。最初はこの国の者かと思ったが、どうにも違和感があってな。格好もおかしいし」

「……」


 棚に寄りかかりガシガシと頭を掻く男を黙って見つめる。今は少しでも情報が欲しかった。


「そんで、お前が持ってる共鳴鈴が界渡りに特化したものだと分かったのが決定打だな」

「界渡り?」

「ここ読め」


 男が手にしていた箱を凪に示す。箱の側面には〈界渡りの鈴 藍は此方 赤は彼方 土御門晴明つちみかどはるあきより収蔵される〉と書かれていた。


「界渡りって何ですか?」

「別次元の類似世界に転移する術さ。言葉が同じなのは、類似世界を選んで転移してるからだ。その鈴は帰還先の目印かつ帰還手段って所か。片方の鈴があるところに還る為に必要なんだろう」

「つまり、どういうことです?」

「……はぁ」


 混乱している凪の様子を見て取った男がため息をついて棚から身を起こした。そのまま凪の横を通り、蔵から出ていこうとする。


「おい、ついてこい。いつまでもここで話している必要はないだろう。茶くらい出すぞ」

「え、あ、はい……」


 ぶっきらぼうな口調ながらも、戸口で振り返った男の瞳には確かに凪への気遣いがうかがえた。不器用な質らしい。

 これからどうすれば良いのか何も分からないので、とりあえず男についていくことにした。











「さて、少しは落ち着いたか」

「はい……ありがとうございます」


 男が住むらしい純和風の屋敷の一室。机の上に置かれた茶と茶菓子を遠慮がちに頂いたら、次第に気持ちが落ち着いてきた。それと同時に、今までの夢のように浮わついていた感じが消え、地に足ついたような現実感が凪の身を包んだ。


「まず自己紹介をするか。俺は清水仁しみず じんだ。ここで民間の祓い屋をしている」

「俺は土御門凪です。大学生してます。……あの、祓い屋って何ですか」

「ん?お前の所にはいなかったのか?祓い屋は世に蔓延る魑魅魍魎ちみもうりょうどもの害から人を守る仕事さ。俺の家は代々祓い屋を生業としてる」

「魑魅魍魎?!この世界、そんなのがいるんですか!」

「いるぞ?むしろお前のところはいないのか」


 何でもないように語る仁を見て、自分の常識があてにならないのを知る。


「えっと、大昔にはいたらしいという伝説?的なのは聞いたことがあります。俺の先祖も陰陽師っていうので、そういう祓い屋的な仕事をしていたらしいと聞いていますし」

「土御門家か?」

「はい」

「ふーん」


 何事かを考えるように余所に視線を向けた仁を静かに見守る。思えば、先祖が陰陽師というのは聞いていたが、詳しいことは何も知らなかった。仁と話していれば、先祖について少しは分かるかもしれない。


「まあ、とりあえずちょっと説明をしようか」

「……お願いします」


 仁の眼差しに姿勢を正して応じた。


「この国は八百万やおよろずの神が御わす国だ。この国の場所は〈気〉が生まれる地で、神や精霊、霊魂、妖怪などたくさんのものが生まれやすい」

「八百万の神というのは俺のところでも言われていたので何となく分かります」

「そうか。この国では強い〈気〉の力で本来形ないものが、形を持って存在しやすい。結果的に溢れる魑魅魍魎から人の世を守るために、オレのような祓い屋がいる」

「確かに、人知の及ばない者がいるなら、そうした仕事は必要ですね」

「土御門もその祓い屋の一族の1つだった」

「っ……」


 急に出てきた土御門の名に心臓が跳ねた。湯呑みを片手に淡々と語る伏し目がちの仁の目を凝視する。

 それと同時に、仁の言葉尻が気になった。


「大分昔の話だ。何か流行り病を受けたか、さもなくば呪術を失敗したか、呪詛じゅそを受けたか」

「……」

「土御門の一族は1人を残して亡くなった。その1人である晴明もうちにあの鈴を預けた後に行方知らずだから、その血は断絶したと思われている」

「……断絶?」

「ああ。だが晴明が片方の鈴を持ってお前の世界に転移し、その血がお前まで続いていたのだとしたら断絶とは言わないのかもな」

「俺が、その晴明の子孫だということですか?」


 なんとなく理解していたことを確認するために尋ねる。心臓がうるさい。


「ああ。あの界渡りの鈴は使うのに条件があると言っただろ?その条件の1つが鈴の作り手と血の繋がりがあることなんだ。

お前のところに鈴があったのは、過去にこの国からお前の所に転移した者がいたという証拠だし、片方の鈴の預け主の晴明が行方知らずなことから、転移したのは晴明だと考えるのに矛盾はない。

その鈴をお前が手にして、その力が発揮されたなら、晴明とお前は血縁者だ」

「俺の先祖が土御門晴明……」


 仁の語る言葉を噛み締めるように頭に叩き込む。思いもよらなかった自分のルーツに困惑するが、それと同時に静かな興奮が沸き上がる。


「お前は先祖の置き土産でここに転移してきたってことだな。何故晴明がわざわざ此方に鈴を残したにもかかわらずこの国に帰らず、お前のところで血を繋げたのかは分からないが。そもそも転移なんて大がかりな術を行使した理由も分からない」

「転移というのは、この国でも大変なことなんですか?」

「そりゃそうだろ。ぽんぽん人が転移してたら恐ろしい。人は地に生きるものだ」


 その言葉の意味を正確には理解できないが、ともかく簡単に転移する術は使えないというのは分かった。


「それじゃあ、俺が元の場所に戻ることも難しいということですか」

「そうだな。悪いが、俺にはお前を帰してやることは出来ない。そもそも目印もなければ、目的地を定めることが出来ないから、例え転移術を使っても、全く関係ない場所に送り込むことになりかねねぇ」

「そうですか……」


 帰る術がないと言われたにもかかわらず、凪は不思議と落胆していなかった。むしろ、今まで知らなかったことを知れて興奮している。もっとこの身に流れる血のことについて知りたいという欲求が沸き上がる。

 

 土御門家は何故晴明を遺して皆亡くなったのか。晴明は何故どこへ行くとも分からない転移術を使ったのか。何故鈴をこの国に残したにもかかわらず使わなかったのか。知りたいことは凪の心に溢れていた。







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