第2話 風の導き
ざあざあと風が騒ぐ。春には珍しくない強風だが、何故か胸が騒いだ。
「なんだってんだ?風がうるせぇな……」
「おや、風の便りだね」
黒髪の野性味ある美丈夫が頭をガシガシと掻きながら窓辺に寄ると、その背後から金髪の男が軽やかに言う。
「風の便り?」
「そう。ふふ、風に縁あるものが呼んでいるようだよ?」
「呼ぶって……俺をか?」
「うん、君だね。ほら、あそこ」
黒髪の男に後ろから抱きつくようにのし掛かりながら、たおやかに手を外へと伸ばす。その真白の指先が示すのは、敷地の端にある蔵だった。言われてみれば、何かが男をその蔵に
「あの蔵は預かりもんを仕舞ってるところか。まぁ、何かの曰くの品が動き出したのかね」
「ここで考えていたってどうしようもないだろう?早くお行きよ」
「お前は?」
「私?行かないよ。私が手を出すほどのものはあそこにはないだろう」
ジト目になる男をよそに、金髪の男は軽やかに着物の袖を揺らしながら離れ、自身が定位置とする奥の間に向う。その後ろ姿を苦々しい表情で見送った黒髪の美丈夫が、深いため息を吐きながら踵を返し、勝手口に歩み出した。
じめっとした重たい空気が鼻をくすぐる。知らず閉じていた目を薄く開くと、暗い中で木目の床が視界に入った。それで自分が床に倒れこんでいることを知る。
「んん……。あれ、俺いつの間に倒れてたんだ?」
喉に違和感を覚えつつも体を起こすと、小さな明かり取りの下、見覚えのない空間が広がっていた。
ところ狭しと物が置かれているのは凪の蔵と変わらないが、きちんと整理され掃除も定期的になされているのが見て取れるので、明らかにここは先程まで凪がいた蔵ではない。
「ウソだろ、ここどこだよ……。あ、そういえば、あの鈴!どこだ?」
改めて考えずとも、直前に手に取っていたあの鈴がこの謎現象の原因の1つであるのは明らかだ。慌てて薄暗い手元を探ると、すぐに固い物に手が触れた。摘まみ上げると見覚えのある鈴が音を鳴らす。藍の飾り紐が揺れた。
「え、これ、俺が見たやつじゃないな……?あれ赤い紐だったよな」
手のひらに握り改めて周りを見渡すと、然程離れていないところにもう1つ鈴が転がっていた。
「あ、これだ!」
赤い紐と藍の紐。2つの鈴を手の平に握り途方に暮れる。鈴を見つけたところで、これが何を意味しているのか察することの出来る能力を凪は持っていなかった。
「おいおい……俺にどうしろと?」
知らない場所にいつの間にか連れて来られて、その犯人と思われるのは何も語らない物。この状況でテキパキと行動出来る程凪は利発ではなかったし、図太い神経も持ち合わせていなかった。
「んー、とりあえず、この蔵から出るか?でも、絶対鍵掛かってるよな」
そろそろ薄暗い空間に嫌気がさしたのでとりあえずこの場所から出ようと試みるも、案の定唯一の扉は押しても引いても動かない。そこで嫌な事に気づいてしまった。
「待てよ、ずっと出られなかったら、俺完全に餓死待ったなしじゃん!」
蔵の中には当然水もなければ食料もない。この蔵に閉じ込められているだけで危ないものはないと判断していたが、蔵に閉じ込められていること事態が危険極まりない。
「っ、誰かいませんかー!」
慌てて扉をドンドンと叩くが返る言葉はない。それでも諦めずに暫く叩き続ける。
「あけてくれー!!」
「……誰かいるのか?」
数分は叩き続けただろうか。漸く聞こえた人の声に挫けかけた心が回復する。
「います!扉を開けてください!俺閉じ込められちゃってて」
「……お前、人か?」
「へ?人以外あり得ます?」
「……まぁ、その感じじゃなさそうだな」
扉越しの問いかけに安堵しながら返事をすると、不思議なことを聞かれた。首を傾げていると、深いため息が聞こえて、扉がガタガタと音をたてる。どうやら鍵を開けてくれているらしい。
「ちょっと待ってろ」
「はい!」
カチリと音がした後、木がギシッと擦れあう音がして扉が開かれた。外の明るい日差しがさしこみ、暗さに慣れた目が痛んだ。思わず眉間に皺を寄せ目を瞑った凪の肩が軽く突かれて体が揺らぎ、蔵の奥へと一歩後ずさる。
「お前、どこからこの蔵に入ったんだ。鍵は閉まってたし、入れる場所なんてなかったはずだが」
「それは、その……」
何とか目を開けられるようになって声の主を見ると、黒髪の男が顔を顰めて立っていた。野性味ある美丈夫というやつか。年の頃は20代半ばほどで、顰めた顔すら様になる、モデルのような男だった。紺の着物がよく似合っている。頭1つ分ほど高いところにある顔を仰ぎ見て、その整いように感嘆しながらも、心に焦りが浮かぶ。自分も分かっていないのに、どうやって説明できると言うのか。これは完全に不法侵入だ。
「ん?何持ってんだ」
「あ、それは……!」
何かに気づいた様子で首を傾げた男が、鈴を握り締める凪の片手を掴む。促されるままに手を開くと、2つの鈴が音をたてた。
「〈
「共鳴鈴?」
首を傾げる凪の顔をじっと見て、全身を眺めた男が1つ頷く。何かに納得した様子に、凪の方が疑問が膨らむ。
そんな凪の様子を気にとめることもなく、手を放した男が凪を押し退けて蔵の中に進んだ。蔵の中の棚に置かれた箱を見て、何かを探すように顔を動かす。
「ああ、〈共鳴鈴〉は2つの繋がる鈴のことだ。分かたれた2つは定められた条件で引き合うと言われている」
「引き合う……、つまりこの鈴の引き合う力に俺は巻き込まれたってことですか」
「さてな。お前の姿を見るに、相当遠い所から連れて来られたようだが、言葉は通じている。さて、お前はどこから来たんだろうな」
「どこって、俺、自分ちの蔵にいたら、いつの間にかここにいたんです」
男の後について歩き自分の事情を話すと、男は軽くふーんと言いつつ1つの箱を手に取った。横倒しになった箱は蓋が開け放たれていて、恐らくそこから藍の飾り紐がついた鈴が転がり落ちたのだと思われる。
「
「土御門?」
箱の側面に書かれた説明文を読んだ男の呟きに驚き、思わず反復した。その声に男が漸く凪に視線を向けた。
「土御門を知ってるのか?」
「知ってるというか、名字です、俺の」
「名字?……お前の家名だと?」
「え、はい。いや、でも、貴方が知っている家とは違うと思いますけど……」
険しい顔をする男に怯み後ずさりながら頷くと、チッと舌打ちされた。ひどい。見た目より柄が悪いな、この男。
「お前の国はどこだ」
「え、国?日本ですよ。……ここ、日本じゃないんですか?!」
「ちげーな」
驚き過ぎて思考が停止する。日本語が通じていて、知っている和装を着ていたので、てっきり日本のどこか違う場所にいるのだと思い込んでいたが、日本ではないらしい。瞬間移動していることすら信じにくいのに、国さえ違うとは思いもよらなかった。
「でも、言葉通じてますよね?」
「ああ、お前この国の言葉喋ってるからな」
「俺、日本語話してますよ?日本語って、日本でしか使われてない言葉のはずですけど」
「和語だろ」
「和語?」
「ああ、この国の言葉だ。お前、世界を違えてきたな?」
「へ……?」
思いもよらない言葉に固まる。じっと見据えられて目を見開いた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます