praefatio 2
それからも少女は十字架の傍にいた。何故なら、十字架にかけられた母親の死肉を狙いやってくる鳥や獣達から、母親を守るためである。しかし、年端もいかぬ少女。飲まず食わずで、鳥達を必死で追い払う少女は、日に日にやつれ、最後には立つことさえも儘ならぬ様になっていた。
そんな少女を見かねた一人の番兵が、水を一口与えた。
「ありがとうございます……」
人目を避けながらでは、その一口の水を与える事がやっとだった番兵に、少女は力なく、にこりと微笑んだ。本当に感謝している笑顔。番兵は震えた。心が裂けるほど痛かった。今すぐにでも、母親を十字架から下ろし、この少女と一緒に何処か遠くへと連れて行ってやりたかった。
しかし、それは無理な話しであった。たった一口の水を与えるだけでもやっとだったからだ。
「すまん……本当に……すまん」
番兵はその少女に謝る事しか出来ない。ぽろぽろと涙だけが落ちていく。もう、この少女は長くはないであろう。その事が番兵には分かった。
少女の母親の事を番兵はよく知っていた。魔女なわけがなかった。むしろ、その逆である。だが、彼は少女の母親が処刑される時に声を上げることが出来なかった。声を上げれば自分だけではなく、その家族、親族中に罰が下る。だから、彼は逃げた、自分の正義から。目を逸らした、自分の心から。許される事などなかろう。本当に保身の為だったから。だが、彼は少しでも、何かをしたかった。見られたらどうなるか分かっているが、それでも、せめて、たった一口だけでもと水を飲ませた。
だが彼が、少女の姿を見たのはその日が最後だった。明くる日の朝、少女だけではなく、十字架に磔られていた母親の遺体までが忽然と姿を消したのだ。誰も目撃者はいなかった。その日は別の番兵が見張りについていたが、巡回時に少しだけそこから離れた時間を狙われた。
番兵は少女に与えようと隠し持って来ていたパンをそっと十字架のあった場所へと置いた。自らの罪を悔いるように。
その後も二人を連れ去った犯人は分からずじまいで、五年の歳月だけが流れた。
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