mihi vindicta: melodiam

ちい。

praefatio 1

 母はとても強い女性ひとだった。剣術だけではなく体術にも会得しており、また強いだけではなく、困っている人がいると、手を差し伸べる優しさも兼ね備えていた。だから母は、町中の人達から慕われていた。


 少なくとも、私はそう思っていた。


 だが、人気者の母をよく思わない人間もいのだ。僻み、やっかみである。私は幼くそれに気づかなかった。清く正しく、そして、強く。そう母より言われ育てられてきた。だから、他人を無条件に信頼していたのだろう。


 だが、現実は違った。そんな薄汚い人間達の策略で、母はあろう事か魔女裁判にかけられてしまったのだ。そして、審議もろくにされずに有罪判決。


 判決は死刑。


 それでも私は信じていた。


 母から助けてもらった、救われた人達が、町中にたくさんいたからである。


 十字架に磔られている母。

 

 早く、早く助けてください。

 

 母をあの十字架から下ろしてくれるように言ってください。

 

 母が無実だと言うことは誰でも知っているはず。それなのに、誰も何も言わない。今まで母から助けられた人達は、十字架にかけられている母の姿から目を逸らし、口を塞ぎ、黙り込んでいる。

 

 なんで?

 

 なんで、誰も母を助けてくれないの?

 

 罪状が読み上げられていく。

 

 普段の処刑場であれば罪人へ罵倒などが飛んでいたが、今日は静かだった。ただ罪状を読み上げる役人の声だけが辺りに響いている。

 

 役人が読み上げた罪状を懐へとしまうと、それを合図に十字架の側に立つ二人の処刑人が槍を構え、ずぶりと母の両脇へ槍の穂先を滑り込ませていく。

 

 歯を食いしばる母が天を見上げた。

 

 そして、私の方へと顔を向けた母と視線が交差するとにこりと笑いかけてきた。今にも泣きだしそうな悲しい微笑みだった。

 

 その直後、ごぼりと血を吐き出し、大きく痙攣した母の頭ががくりと落ちた。

 

 母が死んだ。

 

 十字架にかけられ、無実の罪を背負い、泣き言、恨み言の一つも言わずに、母は息絶えた。

 

 誰もいなくなった処刑場。

 

 母の遺体は魔女だという事で、すぐに十字架から下ろされず、十日間もの間、晒される事となった。

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