魔法使いの直観です

相内充希

魔法使いの直観です

 ハンバーガーをぺろりと食べた男の子は、満足そうにお腹をさすった。

「いやあ、助かったわ。ありがとな!」

 あたしと同じ三年生くらいかな。もしかして四年生? にっこり笑った少し釣り目の顔は人懐っこい。

「あ、うん――って、ええーっ?」

「いきなり大きな声出すなよ。びっくりするじゃないか」


 ポカンとしながら頷いたあと、我に返って絶叫したあたしの前で、男の子は両手を耳に当てて顔をしかめる。でもでも!


「びっくりしたのはこっちよ。えっ? なんで? あなた猫だったでしょう‼」


 たしかに猫だった!

 月見町の公園で見つけた、お腹を空かせて倒れていた可愛い猫。この子にごはんをあげようと思って、家に連れ帰ってきたはずだった。首輪もしてなかったから、お母さんが帰ってきたら飼ってもいいか相談しようと思ってたんだよ。なのになんで、それがどうして、

「男の子になってるの~っ?」

 猫が人間になったんだよ? 驚くよね、叫ぶよね。意味わかんないよね⁈

 しかもそのハンバーガーは今朝リクエストした、ママお手製のあたしのお昼ごはんだよ!


   ◆


 さんざん意味が分からないと騒いだ後、なぜか男の子についでもらった水を一杯飲んでようやく落ち着く。

 そうだ。きっとお腹が空いてるから変なものが見えるんだ。


 ハンバーガーのバンズはまだ残ってるから、チーズをのせてトースターで焼いた。ケチャップも少しぬったから、なんちゃってピザだ。具なしだけどね。

 レンジでホットミルクも用意して、一人黙々と食べる。

 うん、これはこれで結構おいしい。


 そんなあたしの前で男の子は「俺の名前はケインっていうんだ」と自ら名乗り、ペラペラと話を始めた。

「いやあ、人間界がこんなに大変だとは思わなかったよ。猫なら動きやすいって聞いてたのに、そんなでもないし。てか、そもそも俺のこと見えてないみたいで、あやうく空腹で死ぬところだったし。――って、聞いてる?」

「んー」

 なんちゃってピザを食べつつ、適当に相槌。


 どうしよう。変なものというより、変な子かも知れない。

 おかしい。猫がまだ男の子に見えるなんて。

「でもホント助かったよ。ありがとな! えっと、名前は」

「……リサ。里見リサだよ」

 名字も名前も名前みたいなのが特徴です――が、自己紹介のパターンだけど、今はする気になれない。

「リサか。いい名前だな。リサは俺の恩人だ」

 ピザもミルクも空っぽになったけど、お腹もいっぱいになったけど、やっぱり男の子は目の前でニコニコしてて、猫に戻る気配はない。


「なんで猫だったの?」

 なんだか無性に腹が立ってきて、かなりぶっきらぼうに言うと、ケイン君はびっくりしたみたいに目を丸くした。

「え、だから、動きやすいかなって」

「普通人は猫になんかなれないでしょ! 魔法じゃあるまいし」

「魔法だけど?」

「はっ?」

「えっ?」

 お互いじーっと見つめ合った後、ケイン君が「あ、そうか」と呟いて、ガリガリと頭を掻いた。


「そっかぁ。ここ人間界だもんな。魔法界と別れて長い年月たってるらしいし、こっちの記憶や記録も消されてたんだよな。忘れてた」


 なんですと?


 ポカンと口を開けたあたしの前で、ケイン君がピシッと座りなおしたから、あたしもあわてて姿勢を正す。空気が急にピンとした感じで、ちゃんとしなきゃって気分になったのだ。


「あらためて話をする。さっきも言ったけど俺の名前はケイン。魔法界で調査員をしている」

「子どもなのに?」

 信じたわけじゃないけど、とりあえずそう突っ込んじゃう。

 でもケイン君は少し笑って、「子どもじゃないよ。これは猫と同じで仮の姿」だと言った。


 全然信じられなくて、黙ってじとーっと見ていると、

「じゃあ、これならどう?」

 と、手をあげる。その手には、いつの間にかペンくらいの綺麗な棒が握られていた。くるんとそれが回るのを見てからケイン君の顔に目を戻す。

「うそっ!」

 ガタっと思わず立ち上がっちゃったよ。

 だって、今まで同じくらいの年だと思っていた男の子が、今は高校生か大学生くらいのお兄さんになっていたのだ。え、なにこれ?


「お次はこれ」

 もう一回棒をくるん。

「猫!」

 目の前にいるのは、あたしが連れてきた猫だ。思わず何度も目をぱちぱちさせ、そっと近づいて頭を撫でる。ふわふわだ。ゴロゴロと喉を鳴らすのが可愛い。

 今まで夢を見てたのかな? と、一瞬思ったけど、次の瞬間猫は子どもケイン君に戻ってしまった。


「信じた?」

 こくこく頷く。

 これはもう、信じるしかないよね?


   ◆


 ケイン君の話によると、魔法界という世界は本当にあるらしい。

 ずっと昔は人間界とよばれるこちらとも交流が盛んだったんだけど、なにか問題があったらしく、魔法界のことをこっちの人は全部忘れたそうだ。


「じゃあ、ケイン君はどうしてこっちに来たの?」

 ワクワクしながら身を乗り出すと、彼は少し困ったような顔をした。

 これはやっぱりあれだろうか。


「魔法戦士に変身して悪をやっつける人を探してるとか?」

「なんでだよ」

 ちがうのか。


「じゃあ、大人になって歌手になる女の子を探してる?」

「あー……」

 微妙に反応あり。


「カードを探す? それともスーパーな鏡でいろんなものに変身! あ、魔法の国ならプリンセスが」

「おまえ、絶対年を誤魔化してるだろう」

 次々と挙げていった魔法少女設定に、ケイン君はげんなりした顔をしてテーブルに突っ伏してしまう。

 ぷん、失礼しちゃう。りっぱな小学三年生だよ。


「元ネタに気づくとか、むしろそっちの方が不思議だよ。今の全部、ママが好きだった魔法少女アニメの話だもん」

 ママの魔法少女コレクション、すごいんだよ。パパも割と好きだって言ってるし。でもだからこそ、そんなの現実にはないって信じてたんだけどなぁ。パパとママは、リサはリアリストだなって苦笑してたけど、おもちゃのステッキ振っても変身できなかったもん。


 頬杖ついてじーっとケイン君を見ていると、やがて諦めたみたいに「王女様を探してるんだ」と言うから、私はぱっと見を乗り出した。

「王女様! 魔法の国のプリンセス?」

「まあ、そうだな」


 あらためて話を聞くと、人間界と魔法界の交流はないものの、歴代の王子や王女は人間界に「留学」をする習慣があるんだって。ケイン君が魔法少女のネタを知ってたのは、その王子や王女からの情報らしい。日本のアニメは結構人気があるらしいよ、すごいね。


「俺の国はウーエストっていうんだけど、人間界を挟んだ反対側にはイストっていう違う魔法界があるんだ」

 なんだかサンドイッチみたい。


「たまたま同じ時期にイストの王子も人間界に留学してたらしいんだけど、いざ魔法界に帰るときになって――うちの王女とイストの王子、駆け落ちしちゃったんだよ」

 おお、なんかすごい!

「ウーエストとイストは仲が悪いんだね」

「なんでわかった」

 わかるでしょ、ふつう。


 その駆け落ちした王女様たちは、きっとまだ人間界にいるはずだってことで、ケイン君はここに来たらしい。でも結構苦労したようで、お腹が空いて動けなくて途方に暮れてたんだって。


 そこでケイン君は何かに気づいたようにあたしを見て、「これ持ってみて」と、小さな棒みたいなものを差し出す。

 鍵?

「くれるの?」

 光にかざしてみると、なんだかふわんと光った気がする。

「リマニードって言ってみて?」

「リマニード? ――ふおっ?」 


 ケイン君の言葉を繰り返すと、鍵が光ってケイン君の棒みたいになった。

「あ、やっぱり。リサ、少し魔力があるんだ」

 はあ?

「昔交流があったころは結婚する人もいたから、たまに先祖返りがあるらしいんだよね。猫の俺がちゃんと見えてたことを考えて、もしやって思ったんだけど。やっぱ俺の直観、侮れないわ」 

 すっごいドヤ顔でうんうん頷いたケイン君は、「リサ、俺の相棒になってよ」とお願いポーズになる。


「いいよ」

「あっさりだな」

「だめ?」

「いや、だめじゃない。ありがとう、恩に着る!」


 ワクワクしながらOKしたあたしの気持ちが変わらないようにかな。ケイン君は手を握ってぶんぶん振った後、何やらおうちに魔法をかけ始めた。

「一緒にいたほうが効率いいしな」

 その時ちょうどお母さんが帰ってきたんだけど、なぜか当たり前の顔をして

「リサ、ケイン、お留守番ありがとう」

 って言ったんだよ!


「俺はリサのイトコで、家庭の事情でここに下宿してるってことにしたから」

 しれっとそんなことを言われたけど、びっくりした後はすごくワクワクしちゃった。

 今まで親戚とかいなかったから、当然イトコもいなかったし、ないと思ってた魔法もあった。王女様探しもすっごく楽しみだ。


「よろしくね、ケイン君」


   ◆


 ――深夜。リサもケインも深い眠りについたころ。


「まさかケインが調査員としてくるなんて思わなかったわ」

 ぽっちゃりしたママが面白そうに笑う。

 その様子を見ながら、パパが優しく微笑んだ。

「初めて会ったけど、いい子じゃないか?」

「そりゃあ私が、弟同然に面倒見たんだもの。当然よ」

 ママ――桃が胸を張る。ケインは桃の一番上の姉の子。つまり桃の甥でリサのイトコだ。

 パパ――理人は、ケインの部屋の方を見た。


「でもいいのかい? こんなにそばにおいて」

「大丈夫よ。さすがにあの子だって、私たちが二十年前に逃亡したなんて夢にも思わないわ」


 魔法界には帰らない。

 二人で駆け落ちを決めたとき、人間界は人間界でも、二十年前に逃げることを提案したのは理人だ。

 調査員が来ても、すでに姿を少し変えた上で二十歳も年上になった自分たちには気づかない。しかも学生時代の理人のバイト先のおじさんや、桃の近所のおばさんが過去の自分たちだなんて、本人達でさえ気づかなかったのだ。


 気遣うように見つめてくる理人に、桃はにっこりと笑いかける。

「きっとリサにもいい影響がある。そんな気がするの」

「それは君お得意の直観ってやつかい?」

「ええ、そうよ」

 自信満々に答えるママ。


 ――でもそんな会話が交わされていたことをあたしが知ったのは、ずっとずーっと、先のお話。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

魔法使いの直観です 相内充希 @mituki_aiuchi

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ