あの日見上げた桜を僕はまだ知らない
メラミ
直観するってどういうことだろう。
春になり、僕は中学3年生になって受験生になった。授業中、桜がひらひらと舞い落ちる様子を窓際で眺めていた。
学校の授業で「直観」という言葉が出てきた。僕はその内容がよくわからないまま、授業を終えた。そのまま下校時刻になり、ヨリトと通学路を歩いていると、僕の頭の上に一片の桜の花びらが舞い降りてきた。
「あ、付いてるぞ」
「え、何が?」
ヨリトが僕の頭を触って取ったのは、一片の桜の花びらだった。
僕はその時、桜の花びらを眺めながら「直観」についてヨリトに尋ねてみた。
「今日の授業の意味わかった?」
「うーん、わかんね」
「実は僕もよくわかってない」
ヨリトにそう返事をして、僕は彼と別れた。
僕は家に着くと、リモートワーク中だったお父さんが振り返って「おかえり」と僕の顔を見ずに言った。ただいまとお父さんに返事をして、部屋で部屋着に着替えて再びリビングへと戻った。お母さんが久しぶりに気合を入れて作った料理が、いつの間にか手際よく並べられていて、僕は嬉しくなった。テンションが上がったともいえる。
「いただきまーす」
「んふふ、どうぞ召し上がれっ」
お母さんもなんだか嬉しそうだった。食べ盛りな僕にいろんなものを食べさせたかったんだろう……と考えているうちに、今日の授業のことでも話そうかと思った。
「ねぇ、母さん」
「ん? なーに?」
「今日さ、ヨリトと帰り道でさ、桜の花びらが頭についてて、ヨリトに払ってもらったんだけどさ……じゃなくて、僕……今日の授業ついていけなくてサボっちゃった」
僕は「直観」という意味が理解できなかったことをお母さんに話した。するとリモートワークを終えたお父さんが、小難しそうな顔をして僕にこう呟いた。
「中学生でもうそんなこと教えてるのかぁ……進学校はやっぱ違うなぁ……」
「何言ってんのよ、ジュンの前で。あなたがここがいいって言ったんじゃない」
「父さん、意味わかるの? 教えて」
「んー……なんて言ったらいいかなぁ……」
僕はさっきまで山盛りになっていたご飯をたいらげて、前のめりになってお父さんに「直観」について聞き出した。お父さんが食卓に座って、ご飯を黙々と食べ始める。テレビで丁度桜前線の報道が流れ始めた。僕は黙っているお父さんに、教えてとせがむ。お父さんは画面の向こう側の桜の映像を眺めながら、僕にこう言った。
「今年はお花見中止だもんなぁ……」
「ねぇ、父さん……!!」
独り言を呟いただけだった。僕は咄嗟に嘆いてお父さんを説得する。本当は自分で考えろとでも言いたいのかもしれない。それでも僕は「直観」の意味を知りたかった。もっとわかりやすいものはないのかと、疑問を嘆いた。お父さんは箸を静かに置いて、僕にヒントを与えてくれた。何を言い出すかと思えば、お花見の思い出だった。
お父さんの会社では毎年この時期になるとブルーシートを広げて、上野公園へお花見へ行くという話だった。それも今年は中止らしく、お父さんはつまんなそうな顔をして僕に語っていた。
「急に何でお花見の話なんか……」
「ジュン。今年受験生なんだから、もっと自主的にいろんな物事を考えなくちゃダメだぞ?」
「それと『直観』とどう関係してるの?」
「あ、お母さん答えわかっちゃったー」
「母さんまで……」
僕はため息をついた。お父さんのお花見の思い出話を聞いて、ちんぷんかんぷんな頭を自分で殴ってやりたくなった。お母さんにはお父さんの話したいことがわかっていたようで、僕は何が言いたいのか悩んでしまう。
(直観……お花見、お花見……うーん……桜?)
「あ、今日桜の花びらが……」
僕はさっきお母さんに言いかけたことを思い出して口に出す。するとお父さんが、何か気づいたか? と驚嘆した。僕はまだもやもやしていて、すぐ答えにはならないと言い返した。本当は答えに気づいたんじゃないのかとお父さんが言ってきたけど、僕はそのまま思い出話の続きを聞くことにした。
「いや、そのお花見のことなんだけどさぁ……ジュンがまだ幼稚園に通ってる頃だったかなぁ……。あの頃お父さんがジュンを肩車して、近所の桜並木の通りを歩いてたら、ジュンの頭の上に桜の花びらがいっぱいくっついちゃってさぁ……」
「そうそう、お父さん払わないでそのまま真っ直ぐ帰ってきちゃって、ジュン玄関で大泣きしちゃったのよね」
「ふーん。そんなことあったっけ……」
「お前まだ中学生だろ? もう幼い頃の記憶失くしちまったのか! お父さんショック!」
「はいはい」
またわけのわからないリアクションをしたお父さんに、僕は再びため息をついた。けれども、そのお花見の思い出で何を伝えたかったのか、僕はわかってきた。
「小さい頃はねぇ、色々な物事を実際触れたり見たりしないとってことなのよ」
「で、小さい頃に見上げた桜と、大人になってから楽しむお花見は
「うん……百聞は一見にしかず……ってことだよね」
「そうそう、それ!」
僕はテレビで最近リモートお花見というのがあることを知った。パソコンの画面で見られるらしい。サービス提供者がお花見スポットを代わりに回って撮ってきてくれた映像を、いつでも自宅で見られるというものだ。リモート花見ほど「直観」できないものはないよなぁ……とテレビをぼんやりと眺めていると、お母さんが話しかけてきた。
「ねぇ、ジュン。お母さん今度、ジュンと一緒にお花見したいなぁ」
「何だよ急に……やだよ」
「えー、お母さんショック!」
「……母さんまで、何だよもう……」
お母さんとは小さい頃に遊んだ記憶がなかった。僕が男の子だからというものもあったかもしれないけど、お父さんとはよく出かけた記憶があった。お母さんは僕が小さい頃は仕事が忙しくて、帰りも遅かった。僕が寝ている間も仕事の作業をこなしていることもあった。そんなこともあってか、僕が中学受験に合格したある日、学校の門前で僕以上に物凄くはしゃいでいたことはよく覚えている。せっかくだから両親とお花見をする予定でも立てておくか……と僕は改まって二人と約束をしようと思った。
「いいよ、少人数だし。いいんじゃない。今度の休日お花見しよっか」
「いいの! やったぁー!」
「え? 父さんも一緒に見に行っていいの? やったー!」
(うわ、二人とも同じリアクションだ……)
僕は今日の学校の帰り道で、頭に付いた桜の花びらのことを思い出した。
桜の花びらが付いただけで大泣きしてしまった頃の自分と、今の自分ではお花見をする気分も違うだろう。あの時、ヨリトに振り払ってもらった桜の花びらを見ても、僕はあまり驚いたりしなかった。特別、感動も覚えなかった。だけど、ちょっと虚しい気持ちにはなった。なぜならヨリトとおくれる学校生活も残りあと1年になってしまったからだ。僕は今年受験生だ。
そういえば、あの詩人ゲーテは「直観像」によってバラの蕾が開いていく様子が手に取るように見えたという。
(そんなことあり得るのかな……)
僕はもしかしたら、小さい頃に見上げた桜の花びらがひらひらと舞い落ちる様子が、スローモーションのようにゆっくりと、花びら一枚一枚が大きく見えて感動していたのかもしれない。それが頭にいっぱい
「お花見かぁ……」
どうせならヨリトと行くことも考えてみたものの、あいつは部活が忙しそうだから誘うのはまたの機会にでもしようと思った。僕は両親とお花見できることを、とても楽しみにしていた。中学生最後のお花見が待ち遠しかった。
あの日見上げた桜を僕はまだ知らない メラミ @nyk-norose-nolife
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