夏の空

roar

第1話



「行きたくない。」

 泣いている子どものように小さな振動を繰り返す狭い車内でぼくはため息をついた。これからの数日を考えてると憂鬱で仕方がない。隣の席に目を移すとお母さんが欠伸を噛み殺しながら窓の外を見ている。田んぼばかりで代わり映えしない景色のどこが楽しいのだろう。

 お父さんが口を開く。

「けんた。ため息ばかりつくな車の中は暇だろうがおばあちゃんちに着いたら旬兄達が遊んでくれるだろ。」

 的外れな発言にぼくはさらに肩を落とした。その旬兄達が問題なのだ。旬兄は従兄弟のお兄さんだ。15歳で子ども達の中では最年長で、絵に描いたような悪ガキだ。大人たちが見ているところではいいお兄さんぶっているが、陰では他の子どもとぼくのことをいじめている。

 前に会ったときはカエルをぼくの服に入れ反応を楽しんでた。しかも大人たちが見ている間はいい子を演じているのでぼくが必死に訴えても誰も味方をしてくれなかった。テレビの中の怪人でもそんなことはしないとけんたは思った。

 父の実家に着くとおばあちゃんたちが出迎えてくれた。おばあちゃんは好きだ。いつもぼくの話を聞いてくれるし、こっそりお菓子をくれる。

「よくきたねぇ。疲れただろうから中で涼みなさいな。」

 おばあちゃんはやっぱり優しい。お父さんたちはまだ話しているようだったがぼくは一足先におばあちゃんの家に入った。

 居間の畳で横になっているとずっとこうしていたいと思ってしまう。心地よい風と畳の匂いがぼくを夢の世界へ誘う。

 襖が開きお父さんたちが入ってきた。どうやら話は終わったようだ。

「残念なことに旬兄たちがこっちに着くのは夕方になるそうだ。けんたには暇だろうがそれまで我慢するんだぞ。」

 お父さんは申し訳なさそうに言った。お父さんはぼくたちが仲がいいように見えているらしい。ぼくはまだ旬兄と顔を合わせなくて良いことに安心して再び畳に横になった。

 騒がしい声に目を覚ますと、旬兄たちがこちらを見てにやにやと笑みを浮かべていた。

 いつの間にか寝ていたようだ。

 隣の部屋に行くと大人たちが忙しなく動いていた。

 お父さんがこちらに気づき僕の顔を見て笑い出した。

「けんた。どうしたんだその顔。」

 顔。なんのことを言っているんだろう。鏡を見るとぼくの顔はマルやらバツやらの落書きに覆われていた。旬兄たちがにやにやしていたのはこれだったのか。ぼくはなきそうになるのを堪えながら顔を洗った。部屋に戻るのもいやなので散歩にでも行こうと玄関に向かうと後ろから服を引っ張られたので振り替えると誰もおらず不思議に思っていると廊下からお父さんの声が聞こえてきた。

「子どもたちはお盆祭りに行ってきたらどうだ。」

 その声が合図のように部屋から旬兄たちが出てきた。

「お前ら、仲良くするんだぞ。けんたもいつまでもへそを曲げるんじゃない。」

 それには返事をせずにぼくたちは家を出た。家から離れると案の定、旬兄は

「けんたは別行動な。ノロマといたら俺たち楽しめねえし。」

 と、ぼくを置いて走り出した。

 ぼくは追いかける気にもなれずとぼとぼと1人畦道を歩いた。

 ふと田んぼの角にお地蔵様があるのを見つけた。普通のお地蔵様は黒いのにこのお地蔵様は白かった。なんだかぽわっと心が温まるのを感じた。僕はお地蔵様に手を合わせ、ぎゅっと目を瞑って、ぼくのかわりに旬兄に仕返しをしてください。とお祈りをした。顔を上げるとそこには女の子が立っていた。その女の子はおばあちゃんちの人形みたいだなと思った。こんな髪型をしている子は学校にはいないし、服も僕たちが着ているものとは違う。テレビで見る昔の人のようだ。

「こんなところで何をしているの。」

 僕はその女の子に聞いたが女の子はこちらを見てふふっと笑い僕の手を取って走り出した。

 畦道を通り過ぎて道を外れたことにぼくは驚いた。どこにいくのと聞いても女の子はこちらを振り返りふふっと笑うだけだ。

 林を通り抜けると赤い光に目を細めた。そこには祭りの風景が広がっている。近道を通ったのだろうと思い。

「そんなに祭り好きなの。」

 と尋ねると女の子は頷いた。

 さっきは見えなかったが、女の子の顔はかなり可愛かった。クラスのマドンナよりもよっぽど可愛い。もしかするとテレビに出てる子役より可愛いかもしれない。

「あ、姫。うちの綿飴食べてください。」

 近くの屋台のおじさんが女の子に声をかけた。僕はこの子は本当にお姫様かもしれないと思った。お姫様と呼ばれた女の子は綿飴を受け取り、身振り手振りで一緒に食べようと誘ってくれた。僕は嬉しくなりながら神社の境内で綿飴を食べた。

「きみはお姫様なの?」

 僕は尋ねた。

 女の子は首を振った。

「じゃあ、なんでさっき姫って呼ばれてたの。」

 女の子困ったような素振りをしたので、僕は慌ててこう続けた。

「いや、ほんとにお姫様みたいだと思って、ねえ、僕も姫って呼んでいい?」

 おんなのこは照れた仕草で頷いた。僕は夕食がカレーだった時のように喜んだ。

 その後僕と姫はたくさんおしゃべりした。といっても話すのはぼくで姫は頷いたり首を振ったりたまにふふっと微笑んだりするだけだったのだが、ぼくは

 姫が楽しそうにしているのを見ているだけで十分だった。

「姫、こんなところにいたのですね。」

 後ろから声が聞こえたのでぼくはびっくりして振り返った。

 そこにはさっきお祈りした白いお地蔵様がいたのでさらにびっくりした。

「人里にいる時、後ろに姫の気配がしたと思ったらやっぱり。何故人間の子を連れてきたのですか。」

 姫はばつの悪そうに俯いている。

「まぁ、いいでしょう。人の子せっかくですから祭りを楽しんで行かれなされ。」

 ぼくが状況が理解できず固まっていると白いお地蔵様は

「ここはモノノ怪の山なのですよ。」

 と、続けた。

「モノノ怪って妖怪とか悪い奴のこと?」

「いえ、ここにいるのはいいモノノ怪ですよ、たまに悪さをするものもいますが、せいぜい夜中に枕をひっくり返すとかその程度です。」

 ぼくがありえないことが目の前で起こっていることに平静を取り戻せずにいると、姫がそっとぼくの手を握りしめてくれた。

 人は僕だけじゃないことを思い出し、ほっとした。

「もう、日も沈むので帰りなさい。」

 白いお地蔵様はそう言って神社の橋で動かなくなった。

 姫はそれを聞いて焦ったように僕の袖を引き走り出した。

 気づくと元の畦道にいた。お母さんたちが心配しているかもしれない。そう思いぼくは走った。

 次の日、帰る支度をして玄関に行くと旬兄が大人たちにさけんでいた。

「ほんとだって。なんか服が引っ張られて後ろに振り返ったら白いお地蔵さんに足ぶつけたんだよ。絶対、けんたがやった。いつもの仕返しに俺を怪我させようとしたんだって。」

「さっきから言ってるでしょ。けんたくんはずっとお母さんの手伝いをしてるのよ。しかも白いお地蔵さんって何よ、そんなものないじゃない。というか、あんた仕返しされるようなことしてたのね。」

 旬兄はこっ酷く怒られているようだった。しかも気が動転して今まで僕にしてたことも自白したみたいだ。あのお地蔵様が願いを叶えてくれたんだと思い、僕は昨日のことが夢じゃなかったことを知り嬉しくなった。

「早く車乗りなさい。」

 お父さんに急かされ車が発進した時、ふと、服を引っ張られた気がした。まどから後ろを振り返ると山の麓に姫と白いお地蔵様がにこにことお日様のように暖かい顔をしていた。

「お父さん。次はいつ来るの?」

 僕はまるで踊っているように振動する車の中で聞いた。

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夏の空 roar @roar_b

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