第15話 なんか真広が浮気してる気がするー!(優愛視点)

 今日はわたしの誕生日。

 この藤崎ふじさき優愛ゆあが世に生誕したという喜ばしい日。


 でもぜんっぜん気分が乗らない。

 なぜならわたしは最近、とても納得いかないことがある。


「えーと……ゆーちゃん、ゆーちゃん」


 放課後、生徒会室で書類仕事をしていると、先輩の唯花ゆいかさんがこっちを覗き込んできた。


 尊敬する人には最大限の敬意を払うのがわたしの信条。

 だからにこやかな笑みで返事をする。


「はい、なんですか、唯花さん?」


 途端、ひくっと唯花さんの顔が引きつった。


「ご、ご機嫌ナナメ45度な感じー?」

「えー、どうしてですか? わたしはぜんぜんいつも通りですよ?」


「でもでも、なんかハンコを押す速度が光速超えそうだよ? シュバババッって音が鳴り響いてるよ?」


「あははー、わたしは仕事熱心なだけですよ? 見習いの後輩に『ちょっと手助けしてくるわ』とか言って仕事を押し付けてどっかにいっちゃう三上みかみ会長と違って、ちゃんと仕事してるだけですからー」


 唯花さんに罪はないので、笑顔で答える。

 あくまで書類を処理する手を止めずに。


 ただ確かに常人よりは早く両手を動かしているかもしれない。

 シュバババッ。


「そ、そかそかー」


 じり、と後ずさる唯花さん。

 そのままダッシュで部屋の隅にいくと、スマホに向かってボソボソと何か話しだす。


「メーデーメーデー! ゆーちゃんのご機嫌がナナメ45度を超えてる模様! このままじゃ90度どころか180度までいっちゃうよ!? 二人とも今どこにいるの!?」


「『――もうそっちに向かってる! 例のブツを手に入れるのに時間が掛かってな……っ。あと木から下りられなくなった子猫を途中で見つけて、今俺が助けてる!』」


「絵に描いたような足止め状態! そーゆーところも好きだけど、まーきゅんも一緒なの!?」


「『真広は先にいかせた! もうすぐ着くはずだから、藤崎が帰ったりしないようにどうにか間を持たせてくれ……!』」


「難儀なミッションなのです……! まあ、やってやっちゃうけども!」


 ポロン、とスマホの通話を切る音。

 よく聞こえなかったけど、唯花さんは三上会長と話してたみたい。


 そろりそろり、と戻ってきた唯花さんにわたしは尋ねる。

 自分でもちょっと拗ねた表情になっているのを自覚しながら。


「……真広まひろはいま三上会長と一緒にいるんですか?」


 ぴくぴくっと唯花さんの顔が引きつった。


「えーと、ど、どうだろうねー……っ」


 やっぱり、と確信した。

 唯花さんはいつも素直で可愛らしい。

 でも嘘をつけない人だから、すぐに分かってしまった。


 そう。

 つまりこれは……。


「……浮気だ」

「えっ」


「真広が三上会長と浮気してるーっ!」

「ええっ!?」


 堪忍袋の緒が切れて書類を天井にぶちまけた。

 ハンコと一緒に無数の紙片が宙を舞う。

 

「ここ最近ずっとおかしいと思ってたんです! 朝から晩までなんか妙に忙しそうにしてるし、ぜんぜんわたしのそばに寄ってこないし、かと思えばしょっちゅう三上会長が教室まで会いにきてるし! これは浮気です! 真広は会長に唆されて浮気してるんですよーっ!」


「お、おおお落ち着いてゆーちゃん! ありえないから! それに浮気ってお付き合いしてる人たちの間で起きるものだよね!? ゆーちゃんとまーきゅんってもうヨリを戻してたっけ!?」


「戻してないですけど、もう戻してるようなものです! このわたしと付き合えるチャンスがあるのに無駄にする人類なんているわけないですから!」


「ほとばしるような圧倒的な自信……! でも奏太そうたとまーきゅんで浮気はないから! 万に一つの可能性もありえないから!」


「本当ですか!? 100%ないと言い切れますか!?」

「言い切れる言い切れる! だって奏太のカノジョがここにいるし!」


「会長が唯花さん命なのは知ってます! 問題は真広ですよ、真広!」


 もーっ、と頭をぶんぶん振る。

 すると、どうどうどう、と唯花さんがそばにきて抱き締めてくれた。


 柔らかい胸に顔を埋める。

 背中を優しくさすられると、なんか泣きたくなってきた。


「真広が世界で一番尊敬してるのはわたしなんです。わたしじゃなきゃダメなんです。でも言いたくないけど、三上会長って変にカリスマあるじゃないですか。わたしほどとは言いませんけど、でも男の子って男同士の友情とか好きだろうし、ひょっとしたら何かの拍子に真広の一番が三上会長になっちゃうかも……」


「あー、なるほどぉ、尊敬的な話かぁ……」

「崇拝って言い換えてもいいです。ずっと真広の崇拝対象はわたしだったのに、ぽっと出の三上会長に転ぶとか、そんなの浮気です。ね、浮気ですよね!?」


「う、うーみゅ、一理あるようなないような……難しいお話だね」


 唯花さんは困った顔で、よしよし、と背中を撫でてくれる。


「確かに奏太ってば人タラシだからね。まーきゅんがコロッと尊敬しちゃう可能性は無きにしもあらずかも……」

「ですよねっ、やっぱりそうですよね!」


 涙目で唯花さんの胸から顔を上げる。


「今日だってわたしの誕生日なんです。何か話があるって言うからわざわざ待っててあげてるのに、なんかぜんぜん来ないし!」

「あー、えっとね、それにはやんごとなき事情があって……」


「分かってます。なんかサプライズでも考えてるのかなぁ、っていうのは。ここ最近忙しそうなのもきっとそれだろうと思って、我慢してあげてました。でも……」


「で、でも?」

「その間、真広が浮気相手の男とずっと一緒にいるなんて納得いかなーいっ!」


 ふえーん、とついに声を上げて泣いてしまった。


 ありえない。

 このわたしが誰かに泣きついてしまうなんて。


 それをさせてくれる唯花さんの包容力も要因ではあるけれど、やっぱり何よりも真広が悪い。


 浮気許すまじ。

 三上会長もろとも断罪したい。


「会長を訴えて勝ちたいです。多額の賠償金を要求します……」

「それはやめてあげてもらえると嬉しいかなぁ」


 わたしをなでなでしながら苦笑する唯花さん。


「あと真広にも……」

「訴えて勝つ?」

「訴えはしないですけど……」


 でも、どうにかしたい。

 けれど、何をすればいいだろう。。


「んー、甘えてあげればいいんじゃないかな? 今あたしにしてるように、まーきゅんにも抱き着いて甘えてみたら色々変わるかもよ?」


「あ、甘える!? わたしが真広に!? ないないない! そんなの絶対ないです!」


「えー、どうして?」

「だってわたしと真広ですよ!? 主導権はいつだってわたしのものですっ。甘えるなんて考えられません……っ」


「でもね、男の子って女の子に甘えてもらうの大好きだよ? たとえば奏太なんてあたしが甘えてあげると……」


 耳元でコソコソとないしょ話。

 途端、わたしは「えっ!?」と声を上げてしまった。


「う、嘘っ!? そんなことになっちゃうんですか!?」

「えへへ、そだよー。そしてそして、さらにはさらには……」


「ええっ!? 怖っ、引く! それはさすがに引きますよ……っ」

「うん、あたしも最初はさすがにびっくりしたかなぁ。あとはこないだはこんなこともあって……」


「やだ、変態! それが本当なら三上会長は気合いの入った変態ですよ!?」

「でもねー、それが男の子なんだよー。しょうがないから受け止めてあげなきゃね?」


 聖母のような微笑みの唯花さん。


 すごい。

 やっぱり唯花さんは大人だ。


 優しいし、懐が深いし、話を聞いてるだけでドキドキしちゃう。


「で、でも真広はそんなことしませんっ、絶対しません!」

「んー、だけどまーきゅん、奏太を尊敬しちゃってるかもしれないんだよね?」

「……っ」


 はっとした。

 その通りだ。


 真広は今、浮気相手の三上会長に染められそうになっている。


 このままじゃ真広が気合いの入った変態になっちゃうかもしれない……!


 だんだんと怒りが込み上げてきた。

 会長にじゃない。

 真広にだ。


 会長に足を踏み外した挙句、人の道から外れるなんてあまりに情けない。


 わたしが真広を矯正しないと……!


「つまりね、ゆーちゃん。まーきゅんに甘えてあげつつ、いい感じにコントロールしてあげればいいと思うんだ。あたしはいつも結局奏太に負けちゃうんだけど、ゆーちゃんだったらきっと上手く出来ると思うし、だから――」


「ありがとうございます、唯花さん」

「およ?」


 スッと目じりを拭き、わたしは表情を改める。

 もう迷いはない。


 髪をかき上げ、決意を口にする。


「わたし、真広のこと𠮟り飛ばします!」

「なんでっ!?」


「今までわたしは真広に甘過ぎたんです! ダメなものはダメ、知らない会長についていっちゃダメってちゃんと教育しないと! 決めました。今日は泣くまでお説教です!」


「お誕生日なのに!? 違う違う違う! ゆーちゃん、ナナメ180度に飛んでいっちゃってる! そっちの方向には何もないよ、むしろカオスが広がってるよ!?」


 ふいにわたしのスマホが着信を告げた。

 

 獲物だ。

 あ、違った。

 真広だ。


「『あ、優愛ゆあ!? 遅くなってごめん! ……ぜえ、はあ……っ。もうすぐ学校に着くから! 今どこにいる!?』」


 息が上がっている様子だった。

 こちらは狩人の目で応える。


「生徒会室よ。もう着くならちょうどいい。こっちもあなたの方に向かうわ」


 一方的に言って、ピッと通話を切った。

 背後では唯花さんが「あわわわっ」と慌てている。


 でも心配はいらない。

 ぜんぶわたしが丸く収めるから。


「ふふふ、楽しくなってきたわ」


 かくして決戦の幕が上がる。

 わたしは扉を開け、颯爽と生徒会室を出た――。

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