女王様のための『ラメン』

 ララノア殿が申し訳なさそうに言う。


「レン、すまないね。普段はこいつ、人間の料理なんて食べたがらないんだけどさ。あんたが作るって聞いたら、どうしても食べるって聞かなくてねぇ」


「れん、かきぴーくれた! れん、おいしい! れん、いいひと!」


 嬉しそうに叫ぶアイバルバトに、レンは頭を掻く。


「そっか……うーん。ここまで期待されてると、半ラーメンでお茶を濁すのはなんだか悪いな」


 と、ララノア殿が手を振った。


「いや、特別扱いしなくていい。みんなと同じ料理で大丈夫だ」


「えっ。で、でもよ。今日のラーメンは、かなり辛いぜ? 子供が食えるとは思えないぞ!」


「アイは、たまに女王様がお買いになったトウガラシをつまみ食いしてるんだ。でも、なぜだか全然平気そうでな」


 その言葉に、アイバルバトがギクリと硬直する。

 伯母上は胡乱うろんな目を向けた。


「おい、アイ。お前、バレないとでも思ってたのか?」


「あ、あい、かくれて、たべた……なんで、ばれた?」


「バレるに決まってるだろっ! あきらかに量が減ってるし、トウガラシの匂いプンプンさせてるし。口の周りにトウガラシの種つけてる時もあったぞ。女王様が許してやれと仰ったから、黙認してただけだ」


 アイバルバトはしょぼーんとして、頭を下げる。


「あうー。ごめんなし……あい、かってにたべた」


 な、なんという浅知恵ッ!

 うーん。鳥って、けっこう頭のいい動物のはずなのだが……?


 と、サラが口を挟んだ。


「レン。その子、正体は鳥なんでしょう? 多分、辛さを感じてないわ。カプサイシンの受容体があるのは、哺乳類と虫の一部だけなのよ」


「えっ、そうなのか!」


「ええ。私たちより、よっぽど辛味に強いはずよ。食べすぎても体調が悪くなることもないから、大丈夫」


「そうか。だったら安心して、辛いの出すかよ」


 そう言うとレンは、ブラドと厨房に向かった。

 ほどなくして、トレイに皿を乗せて二人が戻ってくる。

 そしてテーブルに次々と並べられたのは、たっぷりのひき肉が乗った、汁なしのラメンであった。

 メンは真っ白で下には真っ赤な液体が溜まっていて、大量の粉末が振りかけられ、さらには両サイドに砕いたナッツが敷き詰めてある。上に乗ってる青菜は、ほうれん草だろうか?

 白と深紅のコントラスト、そこに緑が色を添える……実に美しいビジュアルだ!

 タレからは刺激的なトウガラシの香りが立ち上り、いやおうでも食欲が増す。


「麺には油を塗してないから、そのままにしとくとくっついちまう。とりあえずみんな、皿の底からタレをしっかり絡めてくれ!」


 レンの言う通りにワリバシで混ぜくりかえすと、メンがみるみる真っ赤に染まって……おお、実に辛そうな良い色じゃないか!

 見た目だけならトマトソースのようにも見えるが、そうでない事を私はよく知っている。


 全員が混ぜ終わったところで、私は言った。


「みんな! 今日のラメンは、アグラリエル様のためのラメンである。今すぐにでも口に入れたいだろうが、少し待ってほしい。まずは、女王様に味わってもらうべきではないか?」


 私がそう言うと、皆一斉に頷いた。

 女王様がワリバシを手に言う。


「リンスィール、ありがとう。では、お先にいただきますね!」


 そしてメンを持ち上げ、ズルズルと啜った。


「あっ……なるほど。これは辛くて美味しいですね! 食べてるうちに、じんわり汗が……汗が……ひゃああ!?」


 突然、女王様は悲鳴を上げて立ち上がられた。

 周りにいた私たちはギョッとする。

 ララノア殿も立ち上がって、問いかけた。


「ア、アグラリエル様!? どうされましたかっ」


「しっ、しび……っ! しび、しびびっ!? く、くちが……くちびっ、しびび」


 女王様は、己の口を指さして何かを訴える。


「しびび? 口がどうされました!?」


「しびれっ、しびれます! す、すっごく!」


「なんですって! レン、お前まさか毒物を!?」


 ララノア殿が、レンに厳しい視線を向けた。

 私は慌てて立ち上がり、擁護する。


「待ってください、伯母上殿! レンが、そのような真似をするはずありません!」


「だったら、なんで急に女王様が苦しみだしたんだよッ!」


 渦中かちゅうのレンは、余裕の表情で腕組みしてる。

 皆がザワザワと騒ぐ中、アグラリエル様がララノア殿の手にすがった。


「ち、ちがっ。ララノア……違うの。し、しびれ……口がしびれて、すっごく美味しいのっ!」


「はぁ!?」


「ふう、ようやく少し落ち着いてきました……さあ、みなさんも食べてください! とっても美味しいですよ」


 明るい声に、私たちはようやくホッとする。


 ああ、ビックリした……なんだ。美味くて驚いただけなのか。

 それにしても、女王様は大げさだなぁ。

 私も『ゲキカラケイ』を食べた時に、口が痛くてヒリヒリする感じを味わったが、立ち上がって騒ぐほどではなかったぞ!


 さて。冷静沈着れいせいちんちゃくな私は、決して慌てず動じない。

 おもむろにメンを持ち上げると、まずは匂いを嗅いだ。

 ふむ? 強烈なトウガラシの匂いに混じって、なにやらオレンジのような、柑橘系のフルーティな香りがするぞ。

 さらには濃厚なゴマと、さっぱりした酢の香りもする……ううっ、匂いを嗅いでるだけで、口の中に涎が溜まる。


 もう我慢できん!

 食べるとしよう。ゲキカラケイは一気に啜るとトウガラシでむせるから、勢いよく吸い込まないよう、少しずつ口に入れるのがポイントだ。

 メンはやや太めで、噛みしめるとモチモチしてる。この食感、覚えがあるな……そうだ!

 これは、エルフの里で食べた手で伸ばすメン、『拉麺ラーミェン』である。


 里のゴトーチ・ラメンは極細だったが、太いメンもなかなかだ。

 コシの強さやのど越しは普通のメンに劣るが、この独特の噛み応えは、やはり美味い!

 また、里でのメンは啜り切れないほどの長さだったが、こちらは混ぜやすいように端を短くカットしてあり、食べやすい。

 メンの表面がもっちりしてるから、ソースの絡みもすごくいい。


 おっ、喉の奥がカッと熱くなってきた……そうそう。

 ゲキカラケイは最初の数口はそれほどでもないんだけれど、後からどんどん辛さが増していくのだよ。

 おおっ、来た来たッ! 唇がピリピリして、どんどん辛味が増していき、ついには我慢できないほどに……。


 !?


「ぐっ、あああーっ!」


 突然、口内から後頭部に掛けて、電流のような衝撃が走った!

 思わず頭を抱えて悶絶する!


 ビ、ビリビリする……ッ!

 し、しびれっ、しびれ、しび……痺れるーっ!?

 ある意味、『辛さ』は期待通りであった。

 だが、『痺れ』が……な、なんなのだ、これは!?

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