魔性の『ラメン』よ、再び!

 

「ンふっ」


 とんでもないしびれに仰天ぎょうてんしてると、含み笑いが聞こえた。

 視線を移すと、女王様が辛さで鼻の辺りを真っ赤にして、楽しそうに私たちを見回している。


 むむっ、なんだ?

 なにやらイタズラっぽい表情をされているが……あ、そうか!?

 先ほど声を上げて取り乱した後、ずいぶん立ち直りが早いと思ったが、そういうことかッ!


 我々は女王様が悲鳴を上げた後、その切り替えの早さから、たんに『大げさ』なだけだと感じてしまった。

 そして、これから自分が味わう痺れを『舐めてかかって』しまったのである!

 結果、予想を超える衝撃に悶絶し、こうして皆で頭を抱えている……。


 女王様はラメンの痺れに驚いた後、すぐに機転を利かせ、『まるでビックリ箱で驚かされた子供が、別の子供にその箱をプレゼントする』ように、そんなイタズラっぽい気持ちで、まんまと我々を罠にはめたのであった!


 当然ながら、「すごい痺れが来るから覚悟しろ」と宣言されて味わうよりも、不意打ちの方がダメージはデカい。

 そしてこの場合、不意打ちを食らったほうが嬉しいのだ……してやられた、やってくれた。そんな悔しさ半分の気持ちで、ニヤニヤと笑みが漏れてしまう。

 仲のいい友人や敬愛するお方から、微笑ましくも可愛らしいイタズラをされた者だけが共有できる、恥ずかしくも嬉しい気分だった。


 強烈な痺れの正体は、おそらく先ほど感じた『柑橘系の匂いがする粉末』だろう。

 コショウ似た刺激だが、それよりも何十倍、何百倍もずっと強い。

 名称がわからんので、とりあえず『痺れ粉』と呼ばせていただく!


 辛くて痺れてよくわからんが、ひき肉はどうやら豚である。

 メンマ、ヤクミ、キノコを刻んだ具材も若干、混ぜてあるようだ。コッテリした豚の脂に、ミシャウの旨味とザラメの甘さ、ゴマの香りとコクを、炎のような辛さの向こうにほんのりと感じる……。

 ホウレン草は軽く茹でてあり、葉っぱの部分は柔らかくほろ苦い。シャクシャクした茎と共に、ヒリついた口に実に軽快だ。


 麻痺した口で柔らかいメンとカリカリのナッツを一緒に噛みしめると、他人の口で噛んでいるような、歯が浮いてるかのような不思議な感覚だ……アーモンド、カシューナッツ、ピーナッツ、そしてクルミ。どれも際立つ香ばしさだ。

 砕けたナッツから植物性の油が滲み出て、痺れた舌をわずかにやす。しかし、その癒やしは、すぐさま過剰かじょうなまでの辛さと痺れの波に飲み込まれてしまう。


 まるで、焼けた石に水を掛けるが如くである。

 だがしかし、そのわずかな『癒し』が辛さや痺れに強弱を与え、口を飽きさせないのだった。


 こ、これはズルい……っ!

 つらく当たるなら辛くすればいいだけなのに、なぜ途中で優しさを混ぜる!?

 辛いだけの一辺倒いっぺんとうなら、食べるのを諦めることもできよう。

 たがそういう事をされたら、『辛さ』と『優しさ』のギャップが生まれ、諦めようにも諦められなくなるではないかッ! ああ、悔しい!


 そして食べながら、私は気づいた。

 この『タンタンメン』、味が非常に『単純』なのだ。

 だがそれは、悪い意味での単純ではない。

 いわゆる、ある種の『割り切った単純さ』なのである!


 今までのラメンは魚介だったり鶏ガラだったり豚骨だったりトマトだったりと、何かの『特性』を抽出ちゅうしゅつした旨味と風味を組み合わせ、複雑な味を作り出していた。

 しかし、このラメンは違う。

 旨味の大部分をひき肉のコクとミシャウに頼り、後はトウガラシと『痺れ粉』の力のみで、ソースを仕上げている。


 つまり、レンの『シオラメン』がであり、『ツケメン』がであるのと同様に、この『タンタンメン』はなのである!


 そもそも、この辛味と痺れでは、複雑で繊細な味などわかりようもないでないか?

 スパイスの持つ、力強い辛さと痺れっ!

 それを、最大限に味わわせるラメンなのだ。


 だから、メンにも卵が入っていない。メンの白さが、その証拠である。

 卵はお手軽に旨味をアップできるし、繋ぎとしても優秀だ。しかし、そのまろやかさが辛味の邪魔をする。

 純粋にトウガラシと痺れ粉を味わうためには、不要と判断されたのだろう。

 以前、ブラドがゲキカラケイを食べられずにいた時に、レンが粉チーズとバターをトッピングしていた……。

 次に食べる時は絶対に入れてもらおうと思っていたが、このスパイスが鮮烈なラメンには、むしろ入れない方が良いだろうな。


 だが、味でのディティールを諦めた分、匂いの方は増強している。

 刺激的な香りの中でも、ゴマやナッツがスモーキーだ。

 舌が鈍ってしまう分、嗅覚でゴージャスさを感じるぞ!


 唇がヒリヒリと麻痺して、上手く動かない。

 額からはだらだらと、際限なく汗が流れ落ちる。

 吐く息はハヒハヒと荒くなり、肺まで灼けるように熱い!

 鼻は吸い込む空気より、流れ出る水のが多いくらいだ……。

 舌先は痺れを通り越し、もはやそこに存在するのかすら感じ取れぬほどである。


 なのに、私の手は止まらない。

 この痺れる激辛メンを求め、ただひたすら皿と口の間を往復する……。

 狂おしいほどの苦痛の中で、思考がぼんやりと鈍化どんかし、脳の内側から快楽の波がにじみ出る!

 口の端が自然と持ち上がり、表情がニヤリと勝手に笑みを形作った。


 ああ、なんてことだ。

 私は再び、ゲキカラケイの魔性に捕らわれてしまった!


 痺れ沼の中央で、美しき魔性が微笑んでいる……。

 ガッチリと足首をつかまれて、逃げ出すことはもはや叶わぬ。

 底なし沼に腰までどっぷりと浸かり、許されるのは『頭の中の無意識の私』が命ずるままに、ただひたすらメンをすすり続けるだけなのである!


 だけど……そ、それが……とんでもなく……。

 ……カ……カ・イ・カ・ン……だッ!

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