女王様の誕生日


「アグラリエルの誕生日……だと!?」


 驚いて聞き返すレンに、私は頷いた。


「うむ。明後日、『狩弓の月2週3日』がそれに当たる。我々エルフは十一年に一度、十日ほどかけて誕生日のお祝いを行うのだ。女王様は里でみんなと一日を過ごし、その後にアイバルバトで各地を回り、エルフの民から祝いの言葉やプレゼントを受け取るらしい」


「へえ。それで、この町にもアグラリエルが来るってわけか」


「その通りだ。ついては、君に女王様の誕生日プレゼントを作ってもらいたいのだよ」


 レンは、自分の顔を指さして言う。


「えっ、俺が……? アグラリエルの誕生日なら、俺はなんでもするけどよ。でも、俺に作れるのはラーメンだけだぜ?」


 私は大きく頷いた。


「もちろんだとも! それでいいんだ。先日、私に『アブラソバ』を食べさせてくれただろう? そのことをララノア殿に手紙で書いたら、それを聞き及んだ女王様もアブラソバを食べたがってるそうなのだよ」


「ああ、なるほど。そういう事か!」


「女王様も、ラメンが大好きでいらっしゃるからな。君さえよければ、二人からの誕生日プレゼントとして、ぜひともアブラソバを召し上がっていただきたいと思ってね」


 事情を聴いたレンは、しばし腕組みをしてから言う。


「……なあ、リンスィールさん。予算はあるのか?」


 予想外の言葉に、私は少々驚く。


「予算……だと。アブラソバは、安く作れるのが利点ではなかったか?」


 レンはニヤリと笑った。


「いや、せっかくの誕生日だしよ。普通にアブラソバ出したんじゃ、面白くねえだろ。アグラリエルは辛いのが好きだし、『激辛汁なし麺』なんてどうかな? ただ、トウガラシは高級品だから、それなりにコストがかかりそうなんだ」


 彼の提案に、私は色めき立った。


「おお、それは素晴らしい! 金なら私が出そうじゃないか。ぜひとも、最高の汁なしラメンを作って欲しいッ!」


 するとレンは虚空こくうにらんで、思案顔しあんがおで言う。


「辛い汁なし麺なら、候補は二つ……。『四川』か『台湾』だな!」


 シセンとタイワン。

 名前だけでは、全く想像がつかない。


「ふうん、どちらを作るつもりかね?」


「できれば、四川で行きたいとこだ。多分、あっちのがアグラリエルの舌に合ってると思うんだよなぁ……でも、四川は材料の調達が難しい。サラさんに頼んでみるか。それと、明日はブラドと一緒にスパイス類を見に行って来るぜ! 目当ての品が手に入ったら、『四川』で行こう」




 そうして、六日後の夜。

 女王様がファーレンハイトにやってきた!

 私の伯母で護衛のララノア殿に、幼女姿のアイバルバトも引き連れている。


 ここは屋台ではなく、『黄金のメンマ亭』である。いつもより営業時間を早めに切り上げ、貸し切り状態になっていた。

 店内にいるメンバーは、私の他に親友のオーリとレン、ブラドにマリア、サラにカザンである。

 ブラドとマリアがかしこまって、頭を下げた。


「本日はお越しいただき、ありがとうございます! 僕は『黄金のメンマ亭』のシェフ、ブラド・ドゥオール、こちらは妹のマリアです。エルフの女王様を僕の店にお招きできるなんて、光栄です! 今夜、食べていただくのはレンさんのラメンですが、いつか僕のラメンも食べてください」


「はじめまして、女王様。マリアです」


 アグラリエル様は笑顔を見せて言う。


「うふふ。はじめまして。実はわたくし、すでにこの店でラメンを食べているのですよ?」


「えっ、そうなんですか!」


「はい。忙しいお昼時に、顔をフードで隠しての来店でしたからね。気づかなくても無理ありません。この町のラメン・レストランはいくつか食べ歩きましたが、その中でもあなたの店が一番おいしく感じました」


「……っ! あ、ありがとうございます!」


 ブラドは感極まって、頭を下げる。

 オーリが言う。


「よう。エルフの女王様、お久しぶり。レンが、エルフの里に飛び立った時以来か……? 俺っちはドワーフのオーリだよ。覚えてますかい?」


「もちろんです。その節はお世話になりました」


 オーリが照れ臭そうに、布に包まれた小さな何かを女王様に差し出す。


「こいつぁ、俺の作った髪飾りだ。女王様が身に着けるものとしては、ちと安物かも知れねえ……だが、宝飾職人として、持てる限りの腕を尽くした。よかったら貰ってくれ!」


 布の中に入っていたのは、イチジクの葉の形をした髪飾りだった。

 素材は翡翠ひすいで、透けるほど薄く削ってあり、それをプラチナで繋いで葉脈が描かれている。

 ひと目でわかる! 一流の芸術品だ。

 女王様は、それを嬉しそうに自らの髪に飾られた。


「ありがとうございます。大切にしますね!」


 と、今度はレンが進み出た。


「アグラリエル、誕生日おめでとう。今日のラーメンは、お前好みの激辛ラーメンだぜ。材料の調達には、そこにいるサラとカザンに手伝ってもらった。サラさんは、ワープ魔法が使えるんだ。すげえだろ!」

 

 その言葉に、サラとカザンが進み出た。


「一ノ瀬沙羅よ。こんばんは、エルフの女王様。お噂はかねがね聞き及んでます。使われてる材料の一部は、私とカザンちゃんがヴァナロまで行って取ってきました」


「東方の国ヴァナロの大使、剣の一族の当主が長子、カザンです。こちらは、ヴァナロからの贈り物になります」


 カザンが差し出したのはやや短めな片刃の剣、『ワキザシ』である。

 ララノア殿が受け取って、鞘から抜いた。


「おおっ、こりゃすごい! 雨露あまつゆさえも切り裂きそうなほど美しい刃だよ」


「ええ。刃物に対する作り手の、何とも言えない執念しゅうねんを感じますね……!」


 カザンはニッコリと微笑んだ。


「お喜びいただけてなによりです。それは我が一族の傑作のひとつ。同じレベルの刀剣は、ヴァナロにおいてもわずか十本足らず……。名を『楓乃黄泉路ライド・ラ・カエデ』と申します」


「そんな大切な物を頂いてよろしいのですか?」


 カザンは頷く。


「どうぞ。これを機に、我が国とも交流していただけたら幸いです」


 女王様は楽しそうに笑われる。


「ふふっ、若いのに優秀な大使さんですね! この武器を見るだけで、文化と技術のレベルの高さが伝わってきます……地球の正反対のように遠く離れた両国ですが、ヴァナロとの国交はわたくしたちエルフにとっても有意義ゆういぎな物になりそうです」


 さて、とどこおりなく自己紹介と贈り物が終わった所で、女王様には貴賓きひん席に座って頂く。

 レンとブラド以外の者は、その周りの席に座る。

 今回の汁なしラメンは『ゲキカラケイ』なので、辛い物が苦手なブラドは、レンのサポート役に徹する事になったのだ。


 レンが腕組み顎上げポーズで、宣言する。


「俺が今から作るラーメンは担々麺たんたんめんっ! 坦々麺にはクリーミーなゴマスープの日式にっしき坦々麺、たっぷりの山椒さんしょうと青ネギに温泉卵を乗せた広島式坦々麺、醤油スープにラー油を注いだ勝浦担々麺とあるが、今夜は本場四川の汁なし麻辣マーラー担々麺を、俺独自にアレンジした一品となる! 本物を作るには、甜麺醤テンメンジャンって調味料が必要なんだけどな。今回は、ヴァナロのミシャウで代用したぜ! だけど……」


「だけど、なんだね?」


「お子様は、どうするよ? まだ、この店のスープあるし、ブラドに半ラーメンでも作ってもらうか?」


 レンの視線の先にはフォーク片手にワクワク顔で、ララノア殿にナプキンを結んでもらってるアイバルバトがいた。

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