爆走する『ラメン』

「さて……豚骨スープの長浜ラーメン、食った感想を教えてくれよ!」


 レンの言葉に、我々は口々に感想を述べる。


「ナガハマラメンは、極細メンが特徴的だね。歯切れが良くて粉っぽい味わいで、他のメンにはない魅力があるよ。普通、カタ、ヤワ、バリカタなど、茹で時間を好みで決められるのも面白い!」


「俺っち、いっつもラメンを、もうちょっと食いてえと思ってたんだ……だが単純に量を増やしたら、食べきる前に伸びちまうだろ? その点カエダマなら、いつでも茹でたてだからコシのあるメンが楽しめるぜ!」


「トンコツ・スープはコクと旨味に溢れた、素晴らしいスープだと思います! 最初は臭いと感じましたが、すぐ気にならなくなりました。クリーミーな口当たりで、ベニショーガやカラシタカナとも相性ばっちりです」


「あたし、このスープ、かなり好きかも! しっとり滑らかなのに力強い不思議な味で、食べててすっごく楽しかったわ! ただ、メンは太くてモチモチしてる方が好みかなぁ。……あ、そう言えば、レンさん。前回のイエケイの時、『次のラメンはベーシック』とか『今のラメンの源流だ』って言ってたわよね。あれって、どういう意味なの?」


 レンは、腕組み顎上げポーズで言った。


「その話をするために、まずは豚骨スープの歴史について知る必要がある。この白濁した豚骨スープは今から70年以上も昔、とある『失敗』から生まれたスープなんだぜ!」


 マリアの目が点になる。


「え。これってつまり、失敗作のスープだったの!?」


「ああ、そうだ。……なあ、ブラド。黄金のメンマ亭では、ラーメンのスープはどう作ってる?」


 ブラドが即座に答える。


「鶏ガラとヤクミにキノコやナガカイソウを、煮たたせないように気を付けながら8時間ほど弱火にかけて、丁寧にアクを取って作ります」


 レンは大きく頷く。


「うん。中華そばのスープは、クリアな色と味わいが命だからな。もともとは豚骨スープも、そうやって作った透き通ったスープだったんだよ」


 私はレンの顔を見つめて言う。


「ほう、それは興味深い! ではトンコツ・スープが、今のような姿になったきっかけは何かね?」


「ある日、一人のラーメン屋が鍋に火をかけたまま出かけてしまった。帰ってみると、鍋のスープはグラグラと沸騰し、真っ白に濁っている。明らかに失敗していたが、試しに味見してみたら、驚くほど深いコクと旨味に満ちていた……豚骨スープの誕生だ!」


 ブラドが驚いた顔で言う。


「ええーっ!? 鍋を火にかけたまま、アクも取らずに長時間放置するなんて……! そ、そんなの料理のセオリーから外れた、とんでもなく乱暴なスープの作り方ですよっ!」


 その言葉に、レンは苦笑する。


「まったくその通り! 要するにこいつは、『偶然の失敗』がなければ生まれなかったラーメンってわけだな」


 ブラドはしばらく絶句した後で、おずおずと口を開く。


「じ、実は僕。イエケイラメンのトンコツショーユを頂いた後、なんとか自分でも再現できないかと豚の骨を煮てスープを作ってみたんです。だけど、どうしても白濁せず、味も濃厚にならなくて……まさか、そんな滅茶苦茶な作り方だったとは思いもよりませんでした!」


 オーリが口をはさむ。


「だけどよぉ、レン。トンコツショーユのスープは今回のスープよりも匂いが薄くて、味わいも少し違ってたぜ?」


「同じ豚骨でも、作り方が違うからな。前回のスープは、ライト豚骨……豚骨を粉々に砕いてカーゼで包み、強火で5時間ほど煮出して作ったスープだ。骨髄からの旨味が素早くスープに溶け込むから、匂いも少なくて万人受けする味になる」


「じゃあ今回は、どうやって作ったんだ?」


「今回は、本格豚骨。材料はゲンコツ……豚の大腿骨だいたいこつを丸一日、ひたすら強火で炊いて作った。あえて血抜きをせず、豚骨のクセもわざと残してな。匂いは強いが、旨味も強い! ちなみに俺は、豚骨の『臭い』は誉め言葉だと思ってる」


 マリアが言う。


「確かに臭いけど、あたしはどっちかって言うと、今回のスープのが好きだなぁ。なんて表現すればいいんだろ……豚の栄養がたっぷり溶け込んでる味がするっていうかぁ……?」


 彼女の言葉に、私は補足する。


「つまりは『滋味じみがある』……かな?」


 私の一言に、マリアがコクコクと何度も頷く。


「そう、それ! リンスィールさん、それよ! 滋味がある、いい言葉だわ!」


 レンが、ニヤリと笑って言う。


「さらに上には、濃厚豚骨があるぜ。豚の頭や豚足まで入れてグラグラと何日も煮込み、脳髄から何から残らず溶かしちまった、とんでもねえコクの超絶スープだ! ……ただ、ここまで来ると、濃厚さや匂いに負けて、ダメな奴も大勢出てくるがな」


 それから目を細め、白いスープの入った鍋を見ながら言う。


「でも、こんなにすげえ豚骨スープ。生まれてから何十年も、一部の地域でだけ食べられてて、全国に広がることはなかったんだ。ラーメンと言えば、醤油、味噌、塩が定番だったのさ!」


 私はレンに尋ねる。


「ミソやシオに比べて、トンコツが広まらなかった理由はなんだね?」


「手間の問題だろうな。味噌や塩は、醤油と同じスープで作れるんだよ。スープに醤油ダレを入れずに味噌を溶かすか、塩ダレを入れればいい……だけど豚骨ラーメンは、専用のスープを作る必要がある。昔はラーメン屋と言えば、町の中華屋もねていた。豚骨を長時間炊くのは大変だし、なによりこの強烈な匂いだろ? 商店街で作ろうもんなら、クレームだって入っちまう!」


 レンが腕組みを解いて、前へと身を乗り出す。


「だが今から30年ほど前、豚骨ラーメンは全国的に広がった! それまでラーメンと言えば醤油か味噌か塩だと思ってたやつらは、この荒々しい豚の旨味が凝縮された白いラーメンを食って、大きなショックを受けた!」


 私は大きく頷いた。


「うむっ。その気持ち、私たちにもよくわかるぞ! なにせ、少し前まで私たちも『ラメン』と言えば、タイショのラメンだと思っていた。しかし、君のベジポタケイを食べて、ラメンとは自由に満ちた可能性の世界だと知ったのだ!」


 他のみんなも、真剣な顔で一斉に頷く。

 それを見て、レンが大笑いした。


「あっはっはぁ、そりゃそうか!? 親父のラーメンしか知らねえあんたらにとっちゃ、俺のベジポタ系は豚骨スープ並の衝撃だったよなぁ?」


 レンは、ひとしきり嬉しそうに笑った後で言う。


「で……そんな豚骨ラーメンの衝撃は、客だけにとどまらなかった。豚骨ラーメンで喜ぶ客たちを見て、全国のラーメン職人たちも気づいたんだ。ああ、そうか、ラーメンってのは、ここまで自由にやっていいんだ……ってよ」


 オーリがしみじみと言う。


「なるほどなぁ。美味ければいい! 料理のセオリーなんて、無視したってかまわねえ! それを体現したのが、『失敗から生まれた』トンコツ・スープってわけか。レンが、ラメンの源流と呼ぶのも納得の話だぜ!」


 レンは頷く。


「ああ。それまでも家系やつけ麺みたいに新しいラーメンは生まれてたし、地方に行けば変わったラーメンだって食べられていたが……昨今の『なんでもありが当たり前』のスープ文化が生まれた背景には、豚骨ラーメンの影響が大きかったと、俺は思うぜ?」


 な、なんだと……っ!?

 話を聞いて、私はラメンの歴史の『浅さ』に愕然がくぜんとした。


 私はてっきり、ラメンとは彼らの世界で何百年もかけて、多種多様な姿へと進化したのだと思っていたのだ……しかし今の話を聞く限り、ラメンの発展は、ここ数十年ほどに集約されているらしい。


 つまり、大ボリュームの『ジロウケイ』も。

 あの魔性の『ゲキカラケイ』も。

 そして、レンの魅惑みわくの『ペシポタケイ』でさえも。

 全て、私が生きてきた400年の数分の一にも満たぬ、短い期間で生まれた物なのである!


 なんという凄まじさか、まさに疾風怒濤しっぷうどとうっ!

 失敗さえも大きなかてとして、爆走を続けるラメンの歴史に、私はただおそれれいるばかりであった。


 と、レンが言う。


「さて、それじゃ今回はここまでとしようか。で、次回のラーメンだけどよ……」


 私は、ハッと気づいて慌てて手を上げる。


「あっ!? そうだ、レン。実は私、しばらくこの町を離れることになってね。その間、君のラメンは食べられないのだよ」


「えっ。そりゃまた、どうして?」


「うむ。エルフの里の『聖誕祭』に行くんだ。十六年に一度、里で盛大に行われる祭りだよ」


 その言葉に、オーリが首を傾げつつ言う。


「あれ? でも確か、お前さん。こないだの祭りの時は、帰らないで町に残ってたよな?」


 私は頷く。


「ああ。タイショが帰ってくるかもしれないから、ここを離れたくなかったのだ。今回も、直前まで行くつもりはなかったのだが……一昨日、報せ鳥が届いてね。なんと女王様が聖誕祭に前後して、ファーレンハイトに立ち寄るらしく、ついでに私を『天切鳥アイバルバト』で送迎してくれる事になったのだ!」


 レンが尋ねる。


「アイバルバトってなんだ?」


「人を背に乗せ天空を切るように飛ぶ、巨大な白い鳥だよ。エルフの里までは馬で2カ月、飛竜を使っても6日はかかるが、アイバルバトならば途中で休憩をはさんでも、わずか2日で里に帰れる。ならば向こうで何日か過ごしても、十日以内に帰ってこられる……君のラメンを食べられんのは残念だが、久しぶりに里帰りしたくもあるしな。せっかくの女王様の好意を断るわけにもいかぬし、出席することにしたのだよ」


 オーリがレンに言う。


「なあ、レン。そういう事情なら、リンスィールが帰るまで、新しいラメンはお預けにしねえか?」


 その言葉に、ブラドもマリアも頷いた。


「ですね。せっかくの新しいラメン、一人だけ食べられないのは可哀想です!」


「あたしも大賛成! ねえ、リンスィールさん。みんなで一緒に食べようよ!」


 レンも笑顔で言う。


「そうだな。俺も次のラーメンは、ここにいる全員に食べさせたいぜ!」


 私は皆の優しさに感激し、深々と頭を下げる。


「みんな、ありがとう! その友情、心遣いに大いに感謝するぞ!」


 と、マリアが不思議そうに首を傾げた。


「それにしても……エルフの女王様が、ファーレンハイトに何の用事があるのかしら?」


 私も首を傾げた。


「さあな……。人間の王族が招待されてるという話も聞かぬし、皆目見当がつかん。まあ、いずれにしても、なにか深いお考えがあるのは間違いなかろう」


 ブラドが、冗談めかして言う。


「まさか、ここまでラメンを食べに来るだけだったりして?」


「聖誕祭の準備で忙しい、この時期にか!? あはは、そいつは傑作だなぁ!」


 その言葉には、みんなで大笑いしたのであった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る