よみがえる『ラメン』

 見るとレンは、ザルの中に茹でたメンを持っている。

 それを隣のオーリのドンブリに、サッと入れた。

 オーリが、ニヤリと笑って言う。


「へへっ……。リンスィール、『カエダマ』お先っ!」


 言うなり、メンをズルズルと啜る。


 な、なるほど。『カエダマ』とはメンを食べ終わったスープに、新たなメンを投入することを言うのだな!?


 レンが、卓上の容器を指差した。


「と言うわけで、替え玉からは紅生姜と辛子高菜が解禁だ! 替え玉は、麺に残った湯のせいで、どうしてもスープが薄まっちまうからな」


 その声に、オーリがそれらをドンブリに入れる。


「お。レンの言う通りだ。薄まったスープが濃い味になったぜ!」


「まだ味が薄いと感じるなら、そっちのカエシも入れてくれよ」


 早速、私もカエダマしよう! メンがもう一度食べられるなら、別の硬さを試してみたいな。

 さっきは普通だったから……よし!

 私は、レンに告げる。


「では、レン。私のカエダマは『バリカタ』で頼むよ!」


「よっしゃ。替え玉バリカタいっちょ!」


 レンは鍋にメンを入れて、二十秒ほどですぐに引き上げてしまう。

 それを、私のドンブリへと入れた。


 うおおっ、なんとーっ!?

 食べ終わってしまったはずのラメンが、カエダマによって見事に生き返ったぞぉー!!


 ……などと、大げさに感動している場合ではないな。『ナガハマラメン』は特にメンが伸びやすいそうだし、早く食べるとしようか。

 ほほう、バリカタは小麦の香りが強く、芯が残ってグニグニしてるぞ!

 歯でホギホギと潰す骨太な食感は、不思議な気持ち良さがあるな。

 だけどレンの言う通り、スープが少し薄まっている……私はまず、『ベニショーガ』を入れてみた。すると真白のスープに、ベニショーガのピンク色が溶け出して、淡いグラデーションを作り出す。

 ドンブリを持ち上げてスープを飲むと、生姜の香りと酸味がスープに混じり、さっぱりした後口に変化していた。どうやらベニショーガとは、生姜の酢漬けらしい。

 うまいな。味の相性がばっちりだ。わずかに熱の通ったベニショーガもサクポリしてて、具材として口直しにぴったりじゃあないかっ!


 メンを持ち上げ二口目を啜ってみて……お、驚いた。

 たった一口、二口の間なのに、もうメンがスープを吸って柔らかくなり始めている!

 バリカタはメンの硬さが、非常に速やかに変化していくようだ。


 よし、次は『カラシタカナ』を入れてみよう!

 まずはメンに載せて、一口……と。

 むお!? こ、これは辛い……激辛だっ!


 カラシタカナはメンと一緒に食べると、シャキシャキした歯ごたえと草っぽい風味が、動物性の脂をすっきり洗い流してくれる。だが、マイルドなスープに唐辛子の刺激的な辛味が溶けだして、スープの味がガラッと変わってしまった……まあ、これはこれで、かなり美味い。

 食欲が刺激されて二杯目だというのに、まったくペースが落ちぬぞ! うーむ、メンを啜る手が止まらん……あ、また、メンがなくなった。

 よし、次いってみようっ!


 私は顔を上げて、レンに告げる。


「レン! 次は、『ヤワ』で頼むよ!」


「よっしゃ、ヤワだな!」


 レンはメンを湯に入れると、今度は一分半ほどで引き上げる。

 ザっと勢いよく湯を切ると、メンを私のドンブリへと滑り込ませた。


 二度目の復活をげた、このラメン。

 スープが薄まり具材も尽きて、満身創痍まんしんそういといったありさまだ。

 ワリバシで持ち上げると、ヤワはメンがくたっとしているのがわかる。

 口に入れるとコシがなく、食感はモッチャリと言った感じ。でもメンが伸びてるわけじゃなく、スープの絡みもバリカタより良い。

 歯応えはないが、口の中でホロっとほどけて食べやすく、胃にしっとり納まるようで悪くない。


 さて、この薄まったスープをどうするか……?

 ベニショーガとカラシタカナを追加してもいいが……よし、『カエシ』と言うのを入れてみよう!


 私はカエシをラメンに入れる前に、手の甲に数滴ほど落として舐めてみた。

 ふむ……これは恐らく、チャーシュの煮汁か?

 旨味が凝縮されてるが、しょっぱいので入れすぎ注意だな。

 ドンブリにわずかな量を注ぎ入れると、カエシの効果は目覚ましく、ダラけてハリのなくなったスープにキレが戻って生き返った!

 す、すごい。メンだけでなくスープまで復活を果たすとは……しかも、あんなボロボロの状態から。

 なんというしぶとさだろう?


 まるで、ラメン界の『アンデッド』である。

 レイス、ゾンビ、スケルトン!

 ヴァンパイアに、ノーライフキングだ!

 ナガハマラメン、恐るべしっ!

 私は二回目のカエダマも、美味しくいただいたのだった。


 だが、さすがに三度もメンを食べると、スープが冷めてヌルくなり、量も減って心許こころもとない。

 そろそろ、飲み干して終わりにしてもよいのだが……しかし、もう一回くらいカエダマがいけるんじゃないか!?

 せっかくだから、今度は『ハリガネ』で……と、隣でオーリとレンが話す声が耳に入る。


「なあ、オーリさん。もう、その辺で止めとけよ。それ八玉目だろ?」


「いいや、俺っちはまだまだイケるぜっ!」


「んーなこと言ったってよぉ。スープがほとんど残ってねーじゃん……追加スープ、入れてやろうか?」


「いや、いい。俺っちは一杯分のトンコツ・スープで、どれだけカエダマが食べられるか試してえんだ! これしか残ってなくたって、ベニショーガとカラシタカナを入れて、こうやってメンでドンブリを拭うようにしてまぶせば……っ!」


 言いながらオーリは、カエダマを必死にかき混ぜる。

 ドンブリの中では極細メンにベニショーガとカラシタカナが混ざって、ぐっちゃぐちゃになっている。

 オーリはそれにカエシを振りかけると、ズルズル啜ってゴホゴホむせた。


 …………。

 私は、この辺でやめておこう。

 何事も『節度』が大切だからな。


 ドンブリを持ち上げて、三分の一ほど残ったスープを飲む……なるほど。

 熱々の時は気づかなかったが、かなりのしょっぱさを感じるな。この白いスープにキレを出すためには、大量の塩気が必要なのだろう。

 時折、ベニショーガやカラシタカナの欠片が口の中に流れ込み、ぬるまったスープにも変化が出て飲みやすい……最初はメンが少なすぎてけしからんラメンと思ったが……とんでもない!

 グググーっとスープを飲み干して、終わってみれば大満足のラメンである!


 こうして私は、『ナガハマラメン』を完食したのであった。

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