悪臭の『ラメン』

 さて、恒例となった深夜の『ラメン会食』の時間だ……。

 私はヤタイの椅子に座りながら、思わず鼻を手で押さえた。


「こ、これは……臭いなっ!」


 隣でオーリも鼻を押さえてる。


「ああ、くせえ。こりゃあなんだか、汗かいた後で放置したシャツみたいな匂いだぜ!」


「うむ。レンの『ベジポタケイ』も最初は臭いと感じたが、この匂いはあの時以上の悪臭だよ」


「もっともレンの事だから、出てくるラメンはとんでもなくウメエに決まってるがな」


「その通りだな。全く何も心配いらぬ。我々は信じて待つだけさ」


 カウンターの反対側では、ブラドとマリアが似たような事を話している。

 と、ブラドがレンに話しかけた。


「あ、ところで、レンさん。頼まれていた例の『コンブ』、入荷の目処が立ちましたよ!」


「お、やっと手に入ったか!」


「はい。うちは一級品だけをお願いしてるので時間がかかりましたが、ようやくまとまった量が確保できそうです!」


 彼らが話してるのは、『黄金のメンマ亭』のラメンを、タイショのラメンに近づける材料の話だ。

 タイショのラメンには、『カチョー』という旨味の塊が使われていた。

 こちらの世界にカチョーはないが、レンは何かいい方法を知ってるらしい……それには、海底に生えるナガカイソウこと、上質のコンブがたくさん必要なのだそうだ。


 オーリが、カウンターの上を指さした。


「おい、見ろよリンスィール。今日も『アジヘン』の調味料があるぜ?」


「本当だ……意外だな。レンは確か、卓上調味料は置きたくないと言ってなかったか?」


 卓上アイテムは、千切りにされたピンク色の物体と、細かく刻まれた植物の茎と葉。それとボトルに入った、謎の液体である。

 我々がそれらを手に取って見ていると、とんでもない臭気が漂うカウンターの向こうから、レンが腕組み顎上げポーズで言う。


「それは紅生姜べにしょうがと辛子高菜に、カエシだぜ。それ、ラーメンには入れないでくれよ」


 その言葉に、私は首を傾げる。


「むむっ、なんだと。カウンターに置いてあるのに、使ってはいけないのか!?」


 レンは大きく頷いた。


「ああ、そうだ。理由は、後で説明する」


 レンは、我々の顔を見渡しながら言う。


「今夜のラーメンは『とんこつラーメン』! その名の通りに豚の骨を煮出して作った、白濁スープのラーメンだ。豚骨には、元祖である『久留米くるめ』、呼び戻しの技法でスープを濃厚にした『博多』、ニンニクやマー油を入れた『熊本』とあるが、今回は極細麺を使った『長浜ながはま』ラーメンをチョイスした……さて、リンスィールさん。麺の硬さはどうするよ?」


「メンの硬さだと?」


「ああ。長浜ラーメンは、麺の茹で方を細かく指定できるのが特徴でな。普通から始まって、硬い方はカタ、バリカタ、ハリガネ、コナオトシ。柔らかい方はヤワ、バリヤワとなる。おすすめは、普通かカタだな。すぐ食べちまうなら、バリカタもありだ!」


「ならば私は、普通で頼むよ」


「俺っちはバリカタで」


「僕はヤワにしようかな」


「あたしはカタがいい!」


「よっしゃ、普通、バリカタ、ヤワ、カタだな!」


 茹で時間を逆算して調整したのか、別々の注文にも関わらず、提供はほとんど同時である。

 カウンターにドンブリを置くと同時に、レンは言う。


「さあ、できたぞ! 長浜ラーメンは特に麺が伸びやすい、早めに食ってくれ!」


 私たちは慌ててワリバシを手に取ると、パチンと割って食べ始めた。


 目の前にあるのは、ミルク色に輝く美しいラメンである。

 レンの『ベジポタケイ』より、さらに白い。この悪臭の元とは思えぬほどに綺麗だな……具はチャーシュに、大量の青いヤクミと細切りのキクラゲとゴマだった。

 鼻が曲がりそうな臭さだが、待ってる間に慣れたのと、ヤクミの鼻から抜ける辛味のおかげで、口に入ればそれほど気にならない……。

 メンはツルっとした極細ストレート。はんなりした硬さで、歯触りはサクサクしている。同じ極細メンでも、しなやかでプツプツの『シオラメン』と違って、こちらは少し粉っぽくて小麦が前面に押し出された味わいだ。

 スープの油分は多いが粘度は低く、『イエケイ』ほど華やかではないが質実剛健しつじつごうけんで一本筋が通った味で、コッテリながらもしつこくなくて食べやすい。

 コクと旨味はたっぷりだが、意外なほどスルスルと食べられるのは、スープが完全に乳化しているので油分をダイレクトに感じない事と、メンが細くてスープの絡みが弱いので、口当たりがライトなためだろう。

 最初は『臭い』としか感じなかった匂いも、食べ進めるうちに気にならなくなってきた……いや、むしろ匂いがクセになりつつある。

 レンのベジポタケイもそうだったが、強烈な匂いの食べ物は、人を病みつきにさせる魔力があるな!

 時々、香ばしいゴマがメンに絡んで口に入り、プチプチと歯に当たる。具のキクラゲはコリコリで、サックリしたメンとの対比が素晴らしい!

 極薄に切られたチャーシュは、グズグズに煮崩れる一歩手前の柔らかさ。味付けはいつもと変わらないが、この独特の匂いの中では、ショーユの香りが逆に新鮮に感じられてメリハリが……って、あれえーっ!?


 ……な、なんだ。

 せっかく気分が乗ってきたのに、もうメンがなくなってしまったぞ!


 私は慌ててドンブリの底をワリバシでさらうが、出てくるのは数本のメンばかり。

 こ、これはけしからん! なんという物足りなさ! 

 具材だってまだ半分近く残っているのに、もうスープだけなんて酷すぎるッ!

 すこぶる美味いラメンだというのに、メンの量が少なすぎるぞ……あまりにもったいないっ!

 こんな寂しい気持ちになるラメンは初めてだ!


 と、私が不機嫌になっていると、レンが身を乗り出して笑顔で言った。


「リンスィールさん。『替え玉』するだろ?」


「カ、『カエダマ』……? なんだね、それは!?」

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