『ラメン』の月と星

 添え物のライスひとつとっても、そこまで深い意図があったとは……と、レンが我々の顔を見渡し、笑って言った。


「ま、利益の問題だけじゃなく、気持ちが一番大きいけどな! 一生懸命作ったラーメンを全部食ってもらえたら嬉しいし、お客さんには腹いっぱいで帰ってもらいたいじゃねーか!」


 オーリが、カウンター上の調味料を手に取った。


「こいつらも、スープの味を飽きさせないためのアイテムって事だよな? 酸味のある漬物や、トウバンジャンの辛味のアクセント、ゴマの香ばしさで、色んな風味で食えるもんよ」


「ああ。味変の調味料は、他にはラー油や酢、高菜や壺漬けニラ、七味やカエシなんかがあるな。何を置くかはラーメンとの相性次第だが……俺はあんまり調味料は置きたくない」


 オーリがレンの目を見て言う。


「そりゃあ、自分のラメンにプライドがあるからか?」


 レンが頷く。


「そうだよ。俺だってお客さんには、好きなように食べて欲しいと思ってる……だけどさっきも言ったが、味も見ないでいきなりコショウやニンニクを入れられたら、さすがにムカっと来ちまうだろ? 俺は気が短いし、言い合いなんかしちまったら店の評判だって下がっちまう。トラブルの種になるくらいなら、最初から置かずに行こうと決めてるんだ」


 ブラドが調味料類を見つめて言う。


「レンさんの気持ち、よくわかります。『アジヘン』は楽しいですが、ラメンシェフの視点で言えば、せっかく苦労して作り上げた味を壊されたくないって思いもありますからね」


「うん。スープってのは、俺たちラーメン職人が必死で作り上げたものだ。『これ以上は足す味も引く味もない』ってとこまで追求して客に出してる。ただ、家系に関して言えば、俺は『客が調味料を入れる』ことで完成するラーメンだとも思っている。つまり、あえて『改良の余地』を持たせて提供してるラーメンってことだな」


 ブラドが顎に手を当てた。


「口飽きさせずに、お客に美味しく食べてもらう方法か……しかしラメンというのは本来、ドンブリの具材だけで、それができる料理ではないでしょうか? ヤクミ、チャーシュ、ナルト、メンマ。スープの味こそ変わりませんが、どれも独自の味と歯応えです。だからこそ、『イエケイラメン』のホウレン草には感心しました!」


 それには私も、心の中で同意した。

 最初にラメンを食べた時、具材のひとつひとつの意味や役割に感動し、『まるで料理一品でフルコース気分だ』と思ったものだ!


 ラメンとは、ドンブリの中に完成した『世界』である。


 ならばライスや卓上調味料、漬物なんかは、世界の周りを回る『月』や、それをいろどる『星々』ではないだろうか?

 月や星がなくても世界は回るが、あったらあったでその美しさもある。

 ドンブリと言う名の箱庭にどのような景色を作り上げるか、それはラメンシェフの腕次第ということだな!


 マリアが言う。


「あの『ノリ』っていう黒い紙、あたし好きだな。濡れて柔らかくなったノリを、ライスやメンと一緒に食べると、海の匂いがぷうんとして美味しかったもの」


 その言葉に、私は大きく頷いた。


「うむ、ノリは面白い具材だね。出てきてすぐはパリパリと香ばしいが、すぐにオイリーなスープを吸ってしっとりに変化する……あそこまで短時間で表情が変わる具材は初めてだよ!」


 レンも頷いて言う。


「海苔は、魅力的なトッピングのひとつだよな? ただ、磯の風味が強すぎて、スープの味を邪魔することもある。しなしなの歯切れの悪さを嫌う人もいるし、使いどころが難しいんだ」


 オーリが難しい顔で唸った。


「強烈な個性は短所にもなりうる。一長一短って奴だなぁ!」


 ブラドも難しい顔で言った。


「なんでもかんでも、入れればいいってわけじゃないですからね」


 私は、大きくため息を吐く。


「ふう……しかし、驚いたものだ! タイショのラメンを食べてる時は、ラメンとはこんなにも可能性に満ちている料理だとは思わなかった。そして、新しいラメンに出会えば出会うほど、タイショのラメンの完成度が際立ってくる……」


 レンがしみじみと言う。


「これだけ色んなラーメンがある今でも、『普通のラーメン』と言えば、ほとんどの人は鶏ガラスープに中細縮れ麺の醤油ラーメンを思い出す。中華そばってのは言わば、ラーメン界のスタンダード、誰でも知ってる基本の味よ! その中でも親父のラーメンは、現代でも通用するような洗練された一品だった……ありきたりの味を究極まで磨いて普通じゃなくした、極上の醤油ラーメンだぜ!」


 普通のラメンなのに、普通じゃない美味しさか……それは『誰もが思い浮かべる味』の頂点、至高のスタンダードである。

 レンの言葉に、私は頷く。


「なるほど。我々にとっての『初めてのラメン』がタイショのラメンであったことは、エントの森でたきぎを拾いブルーアルラウネの少女に出会うに等しかったわけだなぁ……(エルフの言い回しで『最上の物に最初に出会う』の意)」


 と、レンが手をポンと打った。


「……お! そうだ、そんじゃ次のラーメンはアレにするか!」


 マリアは首を傾げて尋ねる。


「え? レンさん、次はどんなラメンを食べさせてくれるの?」


「そうだな。ここらで一度、ベーシックに戻ってみようぜ!」


「ベーシック?」


 レンは親指を立てて、歯を見せてニカっと笑った。


「ああ、ベーシックだ! 普通のラーメン……スタンダードな中華そばとついす、現代のラーメンブームを形作った、もうひとつのラーメンの源流だよ!」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る