『ラメン』とライス

 ……カラン。

 私の手から落ちたレンゲが、ドンブリの中で音を立てる。『イエケイラメン』を食べ終えた私は、満ち足りた顔で天をあおいだ。


 ああ、美味しかった……!

 しかし、すごい充実感だな。満腹と言う意味ならば『ジロウケイラメン』も腹いっぱいになれたが、アレとは少し違う気持ちだ。

 きっと『アジヘン』によって最後まで色々な味で食べられたことが、この感覚に繋がっているのだ。

 また、ライスが腹の中で水分で膨れたことで、食後の胃が予想以上に重くなり、この満足感を生み出しているのではないだろうか?


 レンが、我々の顔を見渡して言う。


「家系ラーメンはどうだったよ?」


「大変、美味だった。『トンコツショーユ』はコッテリしつつもキレがある、とても良くできたスープだね。ライスとの食べ合わせも秀逸だったぞ。私は最後、スープにライスを投入してリゾット風にして食べたのだが、これがもう大正解だった!」


「俺っちはニンニクが大好きだからよぉ。『アジヘン』のニンニク入れ放題に興奮しちまって、ついどんどん入れすぎちまった……それでもスープが濃厚でドッシリしてたから、最後まで美味しく食べられたな」


「『イエケイラメン』は、具材が素晴らしいです! 茹でたホウレン草はいいアイデアですね。ヤクミ以外にも苦み要素を入れることで、脂っこいラメンが格段に食べやすくなりました」


「刻みショウガとトウバンジャンが面白かったわ。どちらも、味の印象がガラッと変わるのね……途中で味を変えられるなんて、すっごく良いアイデアだと思う。何度も店に通って、色々と試してみたくなっちゃうもの!」


 レンは大きく頷くと、口を開いた。


「まず、ライスについて。今日の米はあきたこまち。食感が滑らかで、適度な粘りと主張しすぎない甘みが特徴だ。やや固めに炊いて、ラーメンのスープに合うようにしてある」


 ブラドが驚いた声を出す。


「あ、あれで固めの炊きあがりなんですかっ!? あのライス、そのまま食べても柔らかくって美味しかった……僕らが食べてる米は、もっと硬くてパサついた感じですよ。形が長くて、トウモロコシみたいな匂いがして……」


「それは、米の種類が違うのさ。あきたこまちはジャポニカ米。インディカ米は、スパイスの効いた料理と合わせると美味いんだけどな。独特の香りがあるから、ラーメンと合わせるには向いてない……あ。そういや、親父の作った『ラーメンライス』は、俺の大好物だったぜ」


「ラ、『ラメンライス』……っ!? なんだね、その、とてつもなく美味しそうな響きの料理はっ! ど、ど、ど、どういう代物なんだ!?」


 大興奮する私に、レンは答える。


「どういうって……その名の通り、ラーメンをオカズに白飯を食う事だよ。ツルツルしこしこした麺を啜って、ライスを口に入れる! もぐもぐと咀嚼したら、スープでググっと飲み込む! 口いっぱいに頬張った二種類の炭水化物が、熱い醤油スープに流されて喉を通るのが快感でさ。温まったメンマや海苔をオカズしたり、チャーシュー丼にしたりして…… ぐいぐい食うのが気持ちいいんだ!」


 我々の喉が、同時にゴクリと鳴る。


「レ、レンっ! 私は、それが食べたいぞ! 次は、それを作ってくれないか!?」


「俺っちも食べたい! 『ラメンライス』だッ! なあ、次のラメンは、『ラメンライス』で決まりだろ!?」


「うう、タイショさんのラメンなら、僕だって近い物が作れるのに……手に入る米が、まったく別物だからなぁ!」


「あああーっ! タイショさんのラメン……また、食べたくなっちゃったぁ!」


 目の色を変えてもだえる私たちを見て、レンが苦笑する。


「おっと、すまん! 話がれたな。まあラーメンライスは、別の機会に……」


 ラメンとライスの相性の良さを知った我々に、それはあまりにも酷な言葉であった。

 ガックリと肩を落とす私たちを、レンが慰める。


「そんなに残念がるなって。そのうち食べさせるって約束する! 親父のラーメンを作るのは、特別な日だけにしたいからな……で、だ。家系の多くは、ライスを格安でメニューに載せるか、無料でサービスしてる。もちろん、ラーメンと一緒に食うと美味いってのが最大の理由なんだが……実はライスにはもうひとつ、隠された理由があるんだぜ」


 ブラドが身を乗り出した。


「隠された理由……? それは一体、なんでしょう!」


 レンは険しい顔をする。


「俺たちラーメン屋にとって、スープを残す客が一番の悩みの種よ。スープってのは、もっとも手間とコストをかけてる部分なんだが、それを残すお客さんが一定数いる」


「ええっ!? レンさんの世界では、ラメンのスープを残すお客さんがいるんですか!?」


「いる。それも、かなりの数がな」


「そんな、もったいない……! 僕の店では、スープを残すお客さんなんて一人もいませんよ!」


 レンは、平然とした顔で言う。


「そりゃそうだ。こっちの世界じゃ、ラーメンは高級料理なんだろ? それにブラドのラーメンは、後口さっぱりの中華そば。スープも飲みやすいし、残す客はいないだろうさ……けどよ。店で出してるラーメンが家系や二郎系、ベジポタだったら? 濃厚さやしょっぱさに負けて、残す客もいるんじゃないか?」


 ブラドはグッと言葉に詰まった後で言う。


「そ、それは……いるかもしれません。現に、僕自身も『ゲキカラケイラメン』は、スープを飲み干せずに残しましたし」


 レンは、いつもの腕組み顎上げポーズで言う。


「まあ、スープを残すのも客の勝手だ。無理に飲めとは言わねえよ。塩分の摂りすぎや、体調の問題もあるだろうしな。だけど、油たっぷりのスープをそのまま流すと、排水管が詰まっちまう。そこで残ったスープは、専門の処理業者に引き取ってもらうわけだが……これがまた、新たなコストになる」


 マリアがハッとした顔で言う。


「そっかぁ。一杯のスープは大したことなくても、100人が残したらものすごい量になっちゃうものね……捨てるのにもお金がかかるんだわ!」


「コストが掛かれば、その分は値上げしたり材料費を削ったりしなきゃならん。客がスープを残すのは、店にとっても客にとっても損失なのさ」


 オーリが顔をしかめる。


「そりゃあ、あんまりにもやりきれねえ! ラメンを美味くするためじゃなく、捨てるために客にしわ寄せがいくなんて、なんとも切ねえ話じゃねえか!?」


 レンがニヤリと笑った。


「そこで、ラーメンにライスを付けたら、どうだ? スープをライスにかけたり、リンスィールさんみたいにおじやにしたり、スープの使い道が増えるだろ? 結果、残るスープが少なくなる……客は自然にスープを飲み干すし、美味しく食べてもらえて俺たちも嬉しい! まさに、WinWinってわけだな!」


 ブラドが感心した声で言う。


「なるほど、素晴らしい工夫だ。ライスは店とお客の両方に、お得な存在なんですねえ」

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