一口の『ラメン』

 悩む私の目に、ドンブリの隅っこの『レンゲ』が映る。


 ……ん? そういえば……。

 この幅広の形って、何かに似ているな……?


 次の瞬間、私の頭に稲妻のような閃きが走るッ!

 私はワリバシでメンを数本持ち上げると、レンゲの中に入れた。さらにはチャーシュ、アジタマ、ホウレン草、ヤクミと、具をちょっとずつつまんで切り取り、それもレンゲに入れる。

 最後に、具とメンの入ったレンゲを、スープに沈めて持ち上げると……なんとレンゲの中に、ミニチュアのように『小さなラメン』が完成した!


 ふっふっふ。名付けて、『一口ラメン』!


 レンゲをドンブリに見立てた、こんな発想。

 レンから『ショクヒンサンプル』を貰った、私にしかできないだろうな。

 いっつもショクヒンサンプルを見るたびに、「これが食べられたら、どんな味がするのだろう?」と考えずにはいられなかった……その夢が、ついに叶ったぞ!


 私はレンゲに、ニンニクを思う存分山盛りにして……パクっと、一口で食べてみた。


 くうー、美味いッ!

 荒々しい生のニンニクに、チャーシュの肉々しさ、アジタマのまろやかさ、ホウレン草やヤクミの爽やかさ、メンの香りにスープのジューシーさ……たったの一口で『ラメンの全て』を味わえる!

 しかも、あれだけ大量のニンニクを入れたというのに、ラメンのスープはまったくにごっていない……『一口ラメン』はスープの味を変えることなく、完璧に『ニンニク欲』を満たしてくれたのである。


 な、なんと画期的な食い方だろう!?

 自分の素晴らしいアイデアを、私は誰かに教えたくなった。

 再びレンゲの中に『一口ラメン』を作ると、小声で隣のオーリに呼びかける。


「おい、オーリ。ちょっと、こっちを見ろ……」


「なんだよ、リンスィール? 俺っちは今、『イエケイラメン』を食べるのに忙しい……って、うおお!? な、なんだよ、そりゃあ!」


 オーリは目を丸くして、私のレンゲを見つめている。


「ふっふっふ。これは私が発明したラメンの食い方でな、『一口ラメン』と言う。こうやってレンゲの中にミニサイズのラメンを作り……パクぅ!」


「な、なんとぉー!? ドンブリの要素全てを、たった一口で食っちまいやがった!」


 私は、ニンマリと笑ってささやく。


「……どうだ、すごいだろ?」


「す、すごい……! さっそく俺っちもやってみるぜ……メンと具を入れたレンゲで、スープをすくって……と。よっしゃ! おい、ブラド……こっちを見ろ!」


「なんですか、義父とうさん。僕は今、『イエケイラメン』を食べるのに忙しい……わ!? なんですかそれはっ!」


「こりゃあ、リンスィールの野郎が考えた食い方でな。『一口ラメン』って言うそうだ。こうやって、レンゲの中に小さいラメンを作って……ハグぅ!」


「……っ! し、信じられない……ラメンの全てを一口で味わっている! 早速、僕もやってみます! メンと具とスープをレンゲに入れて……なあ、マリア。こっちを見てごらん?」


「なによ、兄ちゃん。あたし、今、『イエケイラメン』を食べるのに忙し……って、わああ! なにそれ、ブラド兄ちゃん!? かっわいー!」


「これは、リンスィールさんが考えた食べ方でね。『一口ラメン』と言うそうだよ。こうやってレンゲにメンと具とスープを入れて……ハムぅ!」


「すっごーい! あたしもやってみるぅ! アジタマの黄身を崩さないように、慎重に切り取ってえ……」


 なんと……。

 私の考えた『一口ラメン』は、あっという間にブームになってしまったぞ!

 ううむ。これはもしかしたら、とんでもないテクニックを編み出してしまったかもしれん。


 私は、自分の素晴らしいアイデアを、レンにも教えて上げたくなった。

 今まで彼には教えてもらってばかりだったが、この『一口ラメン』ならば、レンにとっても新しい知識に違いない!

 彼に伝授すれば、少しは恩返しになるだろう……レンの驚き喜ぶ顔が、目に浮かぶな。

 ゆくゆくはレンが自分の世界にも『一口ラメン』を広めていって、向こうの世界でこの食い方が大ブームになったりして……?

 夢は、どんどん膨らんで行く!

 私はワクワクしながら、レンに呼びかけた。


「な、なあ。レン、ちょっと見てくれ!」


 レンはカウンターから身を乗り出して、こちらを見つめる。


「なんだい、リンスィールさん?」


 私は彼の前で、得意気に一口ラメンを披露ひろうしてみせた。


「あのなっ! こうやってだな!? レンゲに一口サイズの具とメンを集めて、スープを掬って……パクぅ!」


 私の食い方を見たレンは、困ったような顔で苦笑する。


「ん? ああ、ミニラーメンな。子供とかが嬉しそうに、チマチマ作ってるやつだろ?」


「……………」


「全部の具を一度で味わうってのはいい考えだし、小さいラーメン作るのも楽しいだろうさ。でも、ラーメン屋としては麺が伸びる前に食って欲しいから、あんまり時間かけて欲しくない……だから、そうやってミニラーメン作ってるの見かけると、つい笑っちまうんだよなぁ!」


「……バカ」


「えっ?」


「レンのバカ」


「は、え? えええっ!? ちょ、ちょっとリンスィールさん……? なに、急に不機嫌になってんの!?」


「ふんだ、もういい。ラメンに集中したいから、しばらく話しかけないでくれたまえ!」


 私はレンから顔をらし、再びラメンに向き合った。

 だが、レンゲの中にラメンを作ろうとして、手を止める。


 ……まあ、よく考えれば、レンの言葉にも一理ある。

 いちいち『一口ラメン』を作っていたら、食べ終わるまでに時間が掛かりすぎて、伸びてしまうのも事実だな。

 それに、メンをズルズルと勢いよく啜る気持ちよさも味わえないし……。


 よし、決めた! 『一口ラメン』は、ここぞという時の『奥の手』として封印しよう!

 私は、残りのラメンは普通に食べることにした。

 メンを完食すると、後には白濁したコッテリ濃厚スープが残る。

 このスープ、そのまま飲んでもいいのだが……お、そうだ。

 また、いいことを思い付いたぞ!


 私はワリバシを置いてレンゲに持ち替えると、半分ほど残ったライスをスープに投入し、上からニンニクとコショウとトウバンジャンを追加した。

 名付けて、『ラメンリゾット』である。

 スープとライスと具がごちゃまぜとなり、トウバンジャンの赤みが混じったドンブリの中は、もはやカオスそのもので……見た目はすこぶる下品だが、これ絶対うまいやつだ!


 レンゲで掬って口に入れると……むうう、やっぱりバカうまっ!

 ライスはスープが染み込んで膨らみ、もっちりした食感から、サクサクトロリとした口当たりへと変化している。

 ニンニクやコショウを足したので味が薄まることもなく、スープのおかげで喉越しもよく、レンゲで豪快に食べられる。

 味の濃いアジタマの黄身がライスに絡んで、時折チャーシュやホウレン草の味わいも顔を出し、これは堪らん美味しさだ!


 私は夢中で、あっという間に『ラメンリゾット』を平らげたのであった。

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