千変万化の『ラメン』

 さて、三日後の夜である。

 私たちの前に出されたのは、白濁した茶色いスープのラメンであった。

 ドンブリからは食欲を刺激する、甘い脂と野性的な匂いが漂う。

 具はアジタマと少量のヤクミの他、大きなチャーシュと茹でたホウレン草に、正体不明の『黒い紙』が4枚である。


 レンが、腕組み顎上げポーズで言った。


「こいつは、『家系いえけいラーメン』! 豚骨スープに醤油ダレを混ぜた万人受けする味で、一世を風靡ふうびしたラーメンだぜ! 数あるスープの中でも『豚骨醤油』の組み合わせは、ラーメン界の大傑作のひとつだろうな……横浜発祥で『〇〇』って名前の店が多かったんで、家系って呼ばれてる」


 と、オーリが口を開く。


「あー、レン。食べる前に聞きたいんだが……今日はラメンの他に、ずいぶん色々と並んでる。こりゃあ一体、何なんだ!?」


 彼の言う通り、カウンターには複数の容器が並んでいた。

 その他にも変わった形の大ぶりのスプーンと、ライスが入った小さなドンブリが人数分ある。

 ブラドが、容器を手に取った。


「この香りはコショウですね。こっちはニンニク。刻みショウガに……ゴマ、漬物。そして、唐辛子の匂いのする赤いペースト……?」


「漬物はキュウリで、赤いペーストは豆板醤トウバンジャン。初めての客に一口も食べないうちからコショウとか掛けて欲しくねえし、カウンターに調味料はあんまり置きたくないんだが……今回ばかりは主義を曲げる! 家系に『味変』は不可欠だからな」


 マリアが首を傾げて尋ねる。


「アジヘンって、なあに?」


「ラーメンを食べながら、自分好みに調味料を足す事さ」


 その言葉に、ブラドが驚く。


「な、なんですってぇ!? お客が料理に手を加えちゃうんですかっ!」


 レンが頷いた。


「その通りだ。まあ、自由にやってくれと言いたいが……初めてなんで、勝手がわからんだろ? とりあえず、そのまま何口か食べてコショウを一振り。また食べて、飽きたらニンニクを足す。そこから先はショウガなり、ゴマなりを足してカスタマイズしてくれ。ただし、豆板醤は最後にした方がいい」


 私は、ライスを見ながら尋ねる。


「このライスは、どう食べたらよいのだね?」


 レンは大振りスプーンや、ラメンの黒い紙を指し示す。


「レンゲですくってラーメンに浸すもよし。海苔で巻いて食べるもよし。なんなら漬物で食べてもよし……好きなように食ってくれ」


 どうやらスプーンは『レンゲ』、黒い紙は『ノリ』と言うらしい。

 私たちは一斉に頷くと、ワリバシをパチンと割って、ラメンを食べ始めた。


 なるほど……これが『イエケイラメン』か!

 メンは太くてストレート、やや平べったくて少し固めでツルンとした口当たり、モチモチした食感だ。

 スープはトロリと濃厚で粘度が高く、メンによく絡む。こってりまろやかでクリーミー、豚の旨味とショーユの塩気が絶妙に混ざり合っている。

 脂っこくてしょっぱいが、クドさはあまり感じない。『ジロウケイ』も豚とショーユの組み合わせだったが、『イエケイ』はずっと食べやすい。

 鮮やかな緑のホウレン草は、葉はクタッと柔らかく、茎の部分はシャキシャキしてて、爽やかな苦みが心地良い。

 ヤクミは少なめだし、ナルトもメンマも入ってないが、ホウレン草が沢山あるので、口直しには十分だろう。


 コショウを入れてみるか。

 ふむ……コショウの香りで味の輪郭りんかくがはっきりして、今まで見えてこなかった要素が見えてきたぞ!

 表面に浮いてるキラキラした油の膜からは、鶏の旨味を感じるな。

 厚めのチャーシュは、表面を軽くあぶってあって香ばしい……とろけるような舌触りはないが、大きいので食べ応えがあって満足感がある。

 アジタマの黄身は半熟で、白身は淡白なショーユ味。ラメンの味を引き立てる、相変わらずの美味しさだ!


 よし、ニンニク追加。

 おお……まろやかなスープに生のニンニクのガツンとした辛みと匂いが加わって、これは絶品ッ!

 味のレベルが一気に上がった。やはり、ラメンにはニンニクだ。

 そろそろ、『ノリ』を試してみるか。4枚あるから、1枚はそのまま食べてみよう。

  乾いた部分はパリパリと香ばしく、湿った所は柔らかくほどけて磯の香りを感じる。どうやらノリは、カイソウを紙状にした物らしい。

 ゴマを足すには……この小さなレバーを回せばいいのか?

 ほほう、すり潰されたゴマがパラパラと出てくる!

 クルクルカリカリと、ちょっと楽しい……ゴマの香ばしさで、また味が広がったようだ。


 次は、ライスに行ってみるか。

 まずは、そのまま一口食べてみて……これ、米自体がとてつもなく美味いぞ!?

 もっちりほどよい粘りがあって甘味が強い。どうやら、我々が食べてる米とは品種自体が違っている。

 ならば今度は、スープでひたひたに湿ったノリで巻いて……む、むう! 濃い塩気と脂のまろやかさが染み込んだ磯の風味がライスにまとわりついて、これまた美味いっ!

 レンゲで掬ってスープに浸して食べると……コクのあるスープが米をコーティングして、またもや美味い!

 漬物と一緒に食べてみるか……コリコリの歯ごたえとサッパリした後口で、これも美味い!

 メンを啜ってチャーシュを齧って、ライスを口に入れて、間髪入れずにスープをズズっと……濃厚スープと肉の味、小麦の香りと米の甘みが合わさって、口の中が幸せだーッ!


 ショウガ、トウバンジャンと、調味料を加えるたびに『イエケイラメン』は新しい味へと変化する。

 その組み合わせは、まさに無限大っ!

 濃い味のスープはライスとの相性も抜群で、私は夢中で食べ続ける。

 しかし、そんな時……私は唐突に、ひどく乱暴な破壊衝動はかいしょうどうに襲われた。

 それは『この素晴らしいラメンに、ニンニクを山盛りドバっと入れたい!』という悪魔的な欲望である。


 ……くぅ。ダ、ダメだッ!

 味のバランスを考えろ、リンスィール!

 もしそんなことすれば最後、スープの味は強烈なニンニク一色に塗りつぶされてしまうぞ!

 こんなもの、『手を伸ばせばニンニク入れ放題』という特別すぎる環境に、心が浮かれてるだけだろうがっ!?


 私はまだまだ、『アジヘン』の可能性を試してみたい。

 まだ半分近く残ったラメンを、ニンニクで染めるのは勿体もったいない。

 だ、だが今……大量のニンニクを入れた『イエケイラメン』を、猛烈に食べたいのもいつわらざる事実である……ど、どうしたらいいんだ!?

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