心に火を点けて

 しかし、レンは即座に手を突き出す。


「おおっと! 悪いが、そいつは教えられねえぜ、オーリさん!」


 レンの態度は、いつになく拒絶的だった。

 オーリがムッとする。

 ブラドが慌てて尋ねた。


「そ、そんな……どうしてですか!?」


 レンは腕組み顎上げポーズで言う。


「だってよ。あんたらに教えたら、面白くねーじゃん?」


 面白くないから、教えない。

 オーリとブラドがポカンとする。

 レンは歯をむき出して、ニカッと笑った。


「言葉で説明するのは簡単さ。作り方を教えれば、ブラドの腕ならすぐ完成させちまうだろうな……でもよ、それって楽しいか?」


 レンは期待に満ちた目で、二人の顔を交互に見ながら言葉を続ける。


「俺は、見たいぜ。こんな異世界でラーメンを作り上げちまったあんたたちが、今度はどんなインスタントラーメンを作るのかを……な? 考えただけでもワクワクしちまうだろ!?」


 しばらくしてから、


「く、くく……く、ぐふふ……。がぁーっはっはっはぁー!」

「あ、ははは……あはははははっ! あーはははは!」


 オーリとブラドが同時に笑いだした。

 オーリが、ブラドの肩を抱いて楽しそうに叫ぶ。


「がっはっはぁ! なあ、ブラドっ! レンの言う通りじゃねえか!? 何の苦労もなしに作り方だけ教えてもらおうなんて、俺たちあまりにも虫がよすぎらぁ!」


 ブラドも笑顔で大きく頷く。


「あっははは! そうですね、義父とうさん! 世界に革命を起こすほどのラメン、すんなり手に入れたんじゃ面白くありません!」


 オーリが立ち上がって、レンに言う。


「おう、レン! 悪りぃが、これで帰らせてもらうぜ! 早速店に戻って『インスタントラメン』の研究を始めるからよぉ!」


 ブラドも不敵に笑った。


「ふっふっふ。レンさん、期待しててください……とびきり美味しい『黄金のメンマ亭製のインスタントラメン』を食べさせてあげますからね! うおおーっ、やるぞー!」


 二人は肩を組み、わいわい言いつつ去って行く。


「おう、タルタルの野郎も仲間に入れてやろうぜ! こんな面白いこと、誘ってやらなきゃかわいそうだ! 日が昇ったら、すぐに連絡しろ!」


「いいですねえ! タルタル先生なら頭がいいから、きっと力になってくれるはずです!」


 マリアが二人の後ろ姿を見ながら、嬉しそうに笑った。


「お義父ちゃんも、ブラド兄ちゃんも楽しそう……あんな二人を見るの、久しぶりだわ! レンさん、ありがとう!」


 レンは苦笑しながら言う。


「まあ、一朝一夕でできるもんじゃないと思うけど。それでもブラドとオーリさんなら、必ず完成させられると信じてるぜ!」


 マリアが立ち上がり、二人の後を追いかける。


「それじゃレンさん、あたしも帰るね! また明日の夜、ペジポタケイラメンを食べにくるから! 三日後も楽しみにしてるーっ!」


「ああ、またなーっ!」


 レンも笑顔で手を振った。


 楽しそうに遠ざかる三人を見て、私も目を細める。

 彼らが『タイショのラメン作り』に燃えてた頃を思い出すな……貧乏しててもああやって、楽しそうにラメンを作ってたっけ。

 こちらの世界で『インスタントラメン』が食べられるのも、きっとすぐに違いない。


 ……告白しよう。

 実は、オーリが『インスタントラメン』の製法を聞こうとした時、我らの友情を壊すような『不幸なやりとり』が起こるのではないかと、私は少しドキリとしたのだ。


 ドワーフは強欲な種族だ。

 二百年前、ドワーフの王は黄金の山に目がくらんで魔王と取引するという愚かな選択をし、自らの国を滅ぼした。

 以来、彼らは『流浪の民』となっている。

 苦労せず手に入れた金は、人を狂わす……しかし、ドワーフは気高き『職人魂』を持つ種族でもある。

 レンは、そんなオーリの職人魂に火種を投じてくれたのだった。

 オーリは二十人もの孤児を引き取ったり、ラメン作りに私財を投じたりと、価値ある金の使い方を知っている男である。自分の力で手に入れた金なら、身を持ち崩す事はないだろう。


「さて。それじゃ、私もそろそろ帰るとしよう。レン、今日は良い経験をさせてもらった。礼を言う」


 言いつつ立ち上がると、レンが真剣な顔で引き留めてきた。


「……あ、あのよ、リンスィールさん。ちょっと相談があるんだけど……いいかな?」


「相談だって……? なんだね、聞こうじゃないか!」


 私は真面目な顔で椅子に座り直す。

 レンはいそいそと隣の椅子に腰かけて、私の瞳をジッと見つめて言った。


「リンスィールさん。これは、『あくまで仮の話』なんだけどよ……異世界人との恋愛って……あんた、どう思うよ!?」


 その質問に、私は面食らう。


「む、むむむっ。な、なんだと!? い、異世界人との恋愛かぁ……っ!」


 私は腕を組み、しばらく考えた後でポツリと言った。


「うーむ、大変に難しい問題だな。ただ、よっぽどの覚悟がなければ、悲恋ひれんに終わるのは間違いなかろう」


 レンが、ハァーっと深いため息を吐きながら言う。


「……そ、そうだよな? やっぱリンスィールさんも、そう思う?」


 私は大きく頷いた。


「ああ。言葉、文化、家族、宗教……色々と問題あるが、一番の問題は、私たちが向こうの世界には行けないことだ。それは恋愛において、あまりにも高すぎる壁となる」


「だよなぁ! やっぱり、どう考えても難しいよなぁ……」


 ガックリと肩を落とすレンに、私は言う。


「結婚しても、悩みの種は尽きないぞ。ある日、世界を越えられなくなったら? 子供ができたとして、その子は行き来できるのか? 唯一の解決策があるならば……思い切って、『こちらの世界に移住』するしかあるまいね」


 レンは遠い目をして天をあおぎ、乾いた笑いを浮かべる。


「こっちの世界に移住か……ははは。リンスィールさん、はっきり言ってくれるぜ! やっぱ、異世界人との恋愛って、最終的にはそうなるよなぁ……あーあっ!」


 私は首を傾げて彼に問いかけた。


「レン……こちらの世界に、思い人でもいるのか?」


 レンは、首を振って否定する。


「別に。そんなんじゃねえ、最初に前置きしたろ。これは、『あくまで仮の話』だってさ!」


「む、むう。ならばいいのだが……なあ、レンよ。私たちは、何があっても絶対に君の味方だぞ! みんな、君のことが大好きなんだ。いつだって力になりたいと思ってる……それだけは、しっかりと心に刻んでおいてくれよ」


 私の言葉に、レンは晴れ晴れとした顔で嬉しそうに笑った。


「ふ、ふふふ。ありがとよ、リンスィールさん!」

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